煙草無料配布の志賀さん

「志賀さん。いる?」


 まるで城のような豪邸の入り口から呼びかける。焚き火の煙が見えるから、志賀さんはおそらくいるだろう。


「はいはい。ああ、君か」


 生え際が後退した白髪混じりの老人は、にこやかに現れた。柔和な笑顔のまま何度も頷き、歩いてきた方向に帰っていく。


「君の煙草はこれだったね」

「二カートンもいいの? 志賀さん。いつもありがとー!」


 村一番の地主の志賀さんは、毎日焚き火に煙草を放り入れている。煙草が欲しい人は志賀さんの家に行くと無料で貰える。どうせ焼くだけだから。ということで煙草を配っているらしい。


「なんで毎日煙草燃やしてんの?」


 ふと、聞いたことがなかった疑問が頭を過ぎり、口に出した。志賀さんは少し思案するように空を見つめ、少し不気味な笑いを浮かべる。

 

「ここで話すのもなんだから、焚き火を見ながら話そうか」


 と、俺の手を引き、豪邸の庭へ引っ張ってくれた。入って左側にある空間はかなり広い庭で、自分の家ならば庭に建てれるのでは? と首を傾げるほどだった。

 焚き火に煙草を一箱ずつ放り込み始めた隣にしゃがみ込み、煙草に火をつける。


「で、なんでなの志賀さん?」

「妻が、煙草が好きでな。肺ガンになった後も、毎日隠れて吸っていたんだ」

「それってダメなんじゃない?」

「ダメなことだよ。そして妻はそのまま帰らぬ人となった」

「ああ……」


 暗い話になったのでちらっと顔を確認すると、なぜか志賀さんは笑っていた。


「煙草を焼いている理由、だったな。簡単だよ。あれだけ煙草を愛した妻に煙が届くようにだ」

「優しいね志賀さん」

「そしてもう一つ。喫煙者なんて山ほどいるだろう? なのに妻だけ肺ガンになったんだ。理不尽な気がしないか?」

「そう……かな?」

「私が金を出して、煙草を無料で配布すれば、みんな吸う量が増える。そして、肺ガンになればいい」


 俺は咥えていた煙草を手に持ち、煙草を見ながら少しの恐怖を覚える。


「君も早く肺ガンになりなさい。苦しめば苦しむほど、私が救われる。うちにある煙草全部持って帰るか?」

「いや、ちょくちょく貰いにくるよ。置く場所ないし」

「そうか、いつでも来なさい。君が早く肺ガンになるための手伝いをしたいからね」


 煙草のカートンを持ち直し、じゃあ、と言い俺は豪邸を出た。振り返ると焚き火の煙は細く上がり続けている。

 無料で貰った煙草が邪悪なものに感じながらも、家に帰ったら吸うんだろうな。と感じていた。

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