その14 墓場での対決 後編

『だから?』

 彼は少しも表情を変えず、俺の顔を見つめながら煙草を咥え、火を点けた。

『美紗子さんは今から三年前に自殺をした・・・・いや、正確に言うと自殺ではなく、心中だった。奥さんと心中を図った男は生き残り、そのまま逃げた。逃げた男は間もなく見つかり、殺人容疑で逮捕され、裁判に掛けられたが、微罪で済んだ。』

『乾さん、でしたな』

 馬淵は煙草を喫い終わると、ポケットから携帯用の灰皿を出してその中に投げ込んだ。

『微罪で済んだ。といっても、男は未だに塀の中だ。私が元警官だといっても、それじゃ手も足も出ない。それに』

 そこで言葉を切って、今更気づいたように煙草の箱を俺に突き出し、

『どうですか?』と言った。

 俺は何も答えず、シガレットケースを出して、シナモンスティックを一本出して咥える。

『私は煙草はやらないんです。どうぞ先を続けて下さい』

 俺が促すと、五十嵐氏は二本目を咥え、また火を点けた。


『・・・・私は家内が心中なんて真似をするずっと前から、彼女の不倫を知っていたんです。だからそうなることを半ば想像していた。だから私が今更男を恨んでいるなんてことはありません。全部過去の出来事です』

 そう言って煙を空中に吐き出す。


『なるほど、ならこっちはどうです?』

 俺はスティックを噛み、残りを唇の端で揺らしながら、これまでの経緯いきさつを話してやった。


『・・・・面白いですな。でもその二人と私がどう結びつくんです?』

『二人には犯行時刻、どう考えても家から動くことが出来なかった。アリバイって奴がありましてね。

それに幾ら何でも東京まで行くのには遠すぎる。

 しかし貴方にはアリバイがない。それにこいつです』

 俺はポケットを探り、手帳の端に書き留めたあのマークを見せた。

 ハートに大きく✖をした、あのマークである。

『二人のところにも同じ本、そして本にはこのマークがあったんです。』

 今度は俺がそこで言葉を切り、スティックを齧り尽くすと、

『・・・・すみません。一本頂けませんか?』

 俺は五十嵐氏に向かって声を掛けた。


 彼は妙な顔をしながら、煙草の箱を俺の方に向かって出す。

 俺は一本摘み、口に咥えた。

 彼が火を点ける。

 俺は煙を喫い、一気に吐き出した。


『・・・・あの二人はRYOUというあの漫画家の漫画を読み、義憤にかられた。浦島太郎を名乗って批判のコメントをブログに載せた。一番憎んでいたのは

”結婚云々”の書き込みをし、自分達に罵倒の反論を返してきた被害者ガイシャ二人だ。しかし二人とも当日は地元を離れる事が出来ない。そこであんたに頼んだ。あんたも興味本位だが、あの掲示板に書き込みをしていた。そしてそれを受けた‥‥違うかね?』

 俺の喉と頭の中は、久しぶりのニコチンに、めまいを感じながら喋った。

『証拠は?証拠はあるんですか?』

 



 








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る