第7話 実演考証 上


「さて、無理難題を押し付ける為に君を雇っているんだ。今から無理難題を押し付けるよ。

 使うライフルは2丁。市販のやつを調整した物と私が君のためにカスタマイズした物だ。

 そして、弾丸は4種類。市販の338ラプア・マグナム弾、300ウィンチェスター弾。それに調整したそれぞれの口径の“高精度長距離射撃用弾だ」


 社長は信じられないほど涼しい顔でそう宣った。


 あれよあれよという間に、私はゲーム終盤のジェンガのようなスカスカの単管パイプの櫓の上にいた。地上26mの高さ。

 この高さはシカゴ、ボストンどちらでも狙撃可能範囲内で、民間人が立ち入れる建物の最大の高さから算出された高度で、標高差や地形の模倣は不完全ながら、未来に行われるであろう狙撃に関して、その現実性を担保する証拠としては充分なデータが得られる。


 もし、この狙撃を一度でも成功する事が出来れば、暗殺者も同じ事が出来る可能性が証明できる。


 想定してみて分かったのは、ボストンやシカゴで実際に狙撃が行える距離は想定より短く1300m以内だった事。言い換えればこの範囲内でしか狙撃は目的を達成しないと結論づけた。


 櫓の上で、壮大なウェストバージニアを見下ろしながら無線を口元に近づける。


「ライフルの調整は済んでる。完璧な状況ならこのM700狙撃銃から放たれた弾丸は、1300km先でスコープの十字線の交点から半角6cm以内に必ず命中する」


 返答は私の集中力を気遣ってシンプルだった。


「よし、やってみて」


 ライフルを構えると、頬を柔らかく風が撫でた。モルガ山脈を吹きおろす草木の香るそよ風だ。この風は弾道に影響を与える要素。

 風が吹くと、弾丸は十時線よりも風下側に流れて1300mに到達する。

 また、ターゲットの位置には、最低でも約24mの高低差がある。

 実際には地上の隆起も加味して、22mから28mの高低差が存在する。

 ターゲットを撃ち下ろす形になると弾丸は重力の影響を水平射撃時とは別の形で受け、十字線の下側で1300mに到達する。


 この高低差のズレはレーザー測距器で測定し、修正を加える必要があるな。

 

「修正完了。外れたら弾丸とライフルのせいだ」


 構えたレミントンM700狙撃銃は、1999年に製造された最高級モデルで、銃身は精度を重視して分厚く、ボディフレームも熱変形を受けないように開発されたグラスファイバー製。

 スコープは対象を24倍に拡大するズーム機能を備えた。


 狙い、引き金が引く。


 指がトリガーに掛けた圧力により、フレームの内側で撃鉄が解除される爪楊枝を折った様な音が響き、撃鉄が撃針を叩く。

 撃針の鋭い先端が、薬室に保持された.338ラプア・マグナム弾の雷管を叩いた。

 その火花が弾薬内に充填された工場規定量の無煙火薬を爆燃させ、爆発エネルギーが銃身から弾頭を押し出す。

 

 一連の動作は瞬きより早く作動、


銃身から0.338インチの弾丸が飛び出した———。


「命中……………ちっ……」


 1300m先で、スイカの左側面下部がささくれ、皮が千切れ飛ぶ。

 ひったくられるように回転したスイカは、高さ調整用台座から転がり落ちる。


「命中だけど、有効打ではないね。

 ターゲットがよほどエラの張った二重顎だったら、非常に危険な脂肪吸引手術って感じだ」


「うるさい。難しい狙撃だ」


「どうして外れた?」


「引き金が重い分を恐れて左に過剰に修正し過ぎたんだと思う。慣れてないライフルだからな」


 この銃でもう一度撃てば、必ず命中させる自信があった。

 それに対し、社長はデータ収集の観点から補足する。


「それに火薬もメーカーが工場で作った誰でも100%発射できる量だ。その分威力にムラが出る。今回のはほんの少し威力が低かった可能性もあるね」


「狙撃は失敗だ。それ以下でも以上でもない」


「いや、ターゲットの運が悪ければ命中してたよ。ほぼ市販品でもそこまで可能なわけだ」


 失敗を認めるのは癪に触る。さらに、その原因の一つにこのライフルには、社長が手を加えられていないから、という事実にも敗北感を覚えた。


「チャンスは一度きり。この狙撃は失敗だ。それ以下でも以上でもない」


 硝煙の混じったウェストバージニアの空気を吸いながら、期待と情けなさが混じった感覚を味わっていた。

 

 私は兵士として終わった人間だ…………でも、今の方がスナイパーとして完成度は高い。スナイパーが生命を奪わずに自己実現できる機会なんて、この仕事以外に存在しないだろう。


「まぁ、これが本番ならね。さて2時間後に次の射撃をやる。出来そう?」


「問題ない…………」


「ゆっくり休んで。今から合わせた弾薬を作るよ」

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