第10話 ゴブリン大氾濫

 俺は家に帰ってから御飯を作った。

 鍛錬『料理を作る』も開始していたが、一品毎にカウントがされるようで晩飯だけで鍛錬は達成できた。


 今日残っている初級ミッションは『100MPを使う』のみだ。俺のMP自体は100を超えているので、あとは魔力を消費する手段さえあれば解決する。


 そして、それは今日のシアとの練習で感覚を掴めてきていた。

 彼女のギフト【魔力共感】によって、通常よりも楽に練習できたおかげでもあるのだが、今の俺は魔力を体内で操作する程度であれば出来るようになっている。


 恐らく、これを体外に放出することさえ出来れば、MPを使うというのを達成できるのではないだろうか。

 魔力を魔法に合わせて精錬する必要もなければ、属性を付与する必要もない。それくらいであれば、今の俺にも出来るかもしれない。


 俺はそう考え、『MPを使う』の鍛錬を開始してから集中する。


 身体中に巡る魔力……それをただ外に押し出していく。

 最も外に出やすいのは胸辺りにある魔力貯蔵庫から最も近く、身体に空いている穴。口からだ。


 それはシアによって魔力を注がれ、呼吸と共に抜けて行った感覚からなんとなく把握している。


〈MPを使う 1/100〉


 出来た。未だに魔力操作はぎこちないので、ゆっくりとではあるが、確実にMPを消費することが出来ていた。


 一時間ほど経過した時、


〈鍛錬:MPを使う100MPが完了しました。報酬としてMP10が与えられます〉


 ついに完了することが出来た。


〈鍛錬:初級鍛錬を全て完了するが完了しました。報酬として初級スキルが与えられます〉


『スキル『魔力操作』が手に入りました』


 それに伴い全ての初級ミッションを完了することが出来たので、新たなスキルを取得した。


 ……ほう? 試してみると、先ほどまでぎこちなかった体内魔力の操作が、一気にやりやすくなっていた。

 これはデカい。体外に放出してしまうとすぐに霧散してしまうので操作することはできないが、鍛錬の達成がよりスムーズにできるようになったのは大きな進歩だ。

 放出するだけならば手や足からも行えるようになったのも変化だな。


 初級鍛錬が完了したこともあり、俺はその日は寝ることにした。



 ◇



 異変が起きたのは深夜。


 ――ウゥゥゥン…ウゥゥゥン…


 大音量のサイレンによって強制的に目が覚める。


「……これは」

 街に危機が迫った時に鳴る防衛設備の一つ。

 すなわち、街に脅威が迫っていることを示すサイレンだ。


 ――ゴブリンか!?


 俺は直近にあった異変からこの事態を推測する。


 このサイレンが鳴った時、その街に居る冒険者は直ちに冒険者ギルドに集合する義務がある。

 ただ、戦力として当てにならないF級冒険者はその限りではない……のだが、俺の実力はジャイアントゴブリンとの戦いを経たことで並のF級ではなくなっている。


 ならば、と俺は急いで装備を整えて冒険者ギルドへ急行した。


 ギルドへの道中は非常に慌ただしかった。避難所へ逃げる一般人の波と、俺と同じくギルドに向かっているらしき冒険者など。

 その喧騒は昼間よりも激しかったかもしれない。


 俺は回避スキルを駆使しながら走る。



 冒険者ギルドの前につくとスピーカーの魔道具から説明がなされる。

『――冒険者各位に通達。現在東の森にてゴブリンの大氾濫が発生。複数の上位種を確認。将軍ジェネラルキングも確認されております。現在はB級冒険者を筆頭に対処に当たっていますが、戦力が不足しています。力を貸してください』

『――緊急依頼――推定危険度B』


 それは、絶望の通達。これが恐ろしいからギルドは恒常的にゴブリンの討伐依頼を出しているのだ。本来、起こり得ないはずの事態。

 将軍ジェネラルキングは俺でも知っている……有名な英雄譚にも登場する怪物。その危険度は単体でBに分類され、群を持つ王はAとして扱われることすらある。


 この国にそれに対処できる都市がどれだけあるか? それこそ、この国に10人ほどしか居ないA級冒険者を有する街と、上級冒険者が数多く集まる迷宮ダンジョン都市くらいのものだろう。

 少なくともこんな小さな街にそれに対処できる戦力はないはずだ。


 ――俺はどうするべきだ?


 考える。


 緊急依頼は冒険者ランクに関係なく受注可能だ。それは極稀に居る冒険者ランクと実力が乖離している隠れた英雄に、縋るような気持ちだろう。


 俺はジャイアントゴブリンとの戦いを経て確かに強くなった。だが、それは昨日冒険者になったばかりとしてはという話で、実力自体はE級程度が妥当なレベル。

 俺は隠れた英雄ではないのだ。


 そんな俺がこの戦いで戦力になるか? いいや、ならない。

 俺が通常種のゴブリンであれば何十体居ても意に介さないように、俺程度が何十人居ようが意味をなさないだろう。


 であるならば今回の緊急任務は受けずに他の冒険者に任せ、他の街から援軍が来るまで頑張ってもらうのが理想だ。


〈新たな鍛錬が発生しました〉


〈緊急鍛錬:ゴブリンを倒す100体 報酬:全能力値10&ギフト『英雄の卵』 失敗によるペナルティはありません〉


〈緊急鍛錬:ゴブリンを倒す100体 残り時間23:59:58〉



 何だこれは。

 ギフトが手に入るギフトなんて聞いたことがない。それに、緊急依頼が発生するタイミングが恣意的だ。

 これではまるでギフトにこのゴブリンの軍勢と戦うことを強いられているようだ。ギフトに意思があるのか?

 ギフトは神によって与えられるものだが、まさか神自身が俺個人の行動を見ていると? 毎年何百万人とギフトを与えているであろう神が俺なんかを?


 疑問は尽きなかったが、だからと言って今それを気にしている暇はなかった。


 どうする? 上位種を倒す必要はないから理論的には俺でもクリア可能だが、実際は王に統率された軍団を相手にしなければならず、その中には当然上位種も含まれるだろう。

 100体もとなると、今この街に迫っているゴブリンの軍勢を相手にするしかないだろうからな。


 だが、その報酬が魅力的なのは間違いのない事実。『英雄の卵』というギフトの効果は不明だが、名前からしてゴミということはないだろう。

 それを抜きにしても全能力値が10上がるというのは凄まじくデカい。



 ――やろう。


 なるべく上位種との戦いは避け、上位の冒険者に任せる。俺は雑兵を倒すのに専念する。

 これで行く。


 そう決心した俺は冒険者ギルドに入る。


 どうやら依頼板が緊急依頼仕様に切り替わっており、その中から自分に合った仕事を選べるようだ。

 街の防衛ラインを築く防衛部隊、ヒットアンドアウェイを繰り返し数を少しでも減らす遊撃部隊、王の暗殺を狙う少数精鋭の部隊、回復魔法や補助魔法などによる部隊支援部隊などが貼り出されている。


 俺は自身のステータスを確認する。


 ――――――――――

 年齢:15

 レベル:10

 HP:295/295

 MP:170/170(+10)

 力:39

 耐久:29

 敏捷:25

 技術:27

 器用:21(+1)

 魔力:17(+1)

 抵抗:19(+1)

 ギフト:修行

 スキル:『剣術Lv4』『体術Lv3』『毒耐性Lv1』『回避Lv2』『不屈Lv1』『集中Lv2』『魔力操作Lv1(New)』

 称号:【強敵殺しジャイアント・キリング

 ――――――――――


 支援部隊に属するようなスキルは持ち合わせておらず、少数精鋭の暗殺部隊に加われるようなレベルでもない。

 つまり、防衛部隊か遊撃部隊が俺が受けられる候補なわけだ。

 俺の能力を考えれば、前衛が撃ち漏らしたゴブリンを倒す防衛部隊が無難な選択ではある。

 だが、緊急鍛錬の達成を考えるとそれは現実的な策とは言えないだろう。

 防衛部隊に属してゴブリンを100体倒す機会が訪れるということはすなわち、前衛の瓦解……上位種が大量に雪崩れ込んできて防衛部隊も死ぬことを意味するからだ。


 ――遊撃部隊。推奨ランクC以上か。


「こちらの依頼は受け付けかねます。シュウ様はF級ですよね? 本来は今日の緊急依頼を受けることすら止したほうがいいと思いますが、どうしてもと言うなら防衛部隊にしませんか? そちらであれば比較的安全ですので……」


 受付の職員に止められてしまう。

 妥当な扱いだ。規則上は受注可能だが、それはほぼ存在しないような『隠れた英雄』のための制度。思い上がった新人を死地に追いやるための制度ではないのだ。


 だが――

「いいえ、遊撃部隊でお願いします」

 俺も退くつもりはない。


「ですが……」

「何してんだよ、ちんたらしてる時間はねえだろ!」


 受付の人はまだ拒否しようとしたが、後ろの冒険者が口を出したことで、渋々依頼を受領してくれた。


「ありがとうございます」


 俺はお礼を述べてから、遊撃部隊の集合先である東の門へと向かった。


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