side シア(1)

「よーし、今日も頑張るぞ!」

 幼馴染であり、同じパーティを組んでいる男、アレスは朝から元気そうだ。

 昨日は私達が初めてギフトを得て、冒険者となった日だった。

 初めての狩りで、上位種たるホブゴブリンと遭遇するというイレギュラーな事態に遭遇したものの、みんなのギフトと連携によって無事勝利することができた。


「あはは、頑張れー」

 なんて他人言のように言うのはシオン。

 シオンは【アイテムボックス】というギフトを手に入れたらしく、狩ったモンスターの素材をたくさん持ち運べるのがありがたい。

 彼はギフトこそ戦闘用ではないが、そもそも私達の中でずば抜けた剣の才能の持ち主だ。体格で優るアレスがシオンと試合を行って勝っている姿を見たことがない。




「はあっ!」

「ちょっとキリがないんだけど! 【火矢ファイアーアロー】!」

「同感! アレスはともかく、僕の体力とシアの魔力がもたないよこれじゃ!」


 キリがない。本当に。

 倒しても倒しても次から次へ湧いてくるゴブリン。ダンジョンでもないのにこんなにモンスターの数が多いなんて聞いたことがない。

 何より厄介なのは上位種であるホブゴブリンまで混じっていることだ。

 アレスは大量のゴブリンのヘイトを一身に買いながら、時折反撃を行っている。だが、彼のギフトの性質上、防御と攻撃の両立が難しいのでほとんど受け身になっている。

 アレスがヘイトを買っているうちに、シオンが通常のゴブリンを倒していき、威力に優れる私の攻撃魔法でホブゴブリンを狙い撃つ。

 そういう戦法でゴブリンの大群を捌いているが、このままでは魔力切れでやられてしまう。

 一向に数が減らないゴブリンを相手にジリ貧に追い込まれていた。


 そんな時だった。

「おーい手を貸そうかー?」

 と、一人の青年がこちらに向けて言う。

 その両手には大量のゴブリンの耳を抱えているようだ。


「――冒険者!?」

 パーティではない。ソロの冒険者。しかし、その実力は両手に抱える大量のソレによって測り知ることができた。


「……お願いします!」

 前線で戦い、余裕のない他のメンバーに代わって私が返事をする。


 その実力は本物だった。ゴブリンもホブゴブリンも変わらないとでも言うように、一振り一振りで、確実に一体のゴブリンを仕留めていく。

 その姿は流れるように美しく、私の意識は一瞬奪われてしまった。


「大丈夫だったか?」

 全てのゴブリンを倒したあと、しゃがみ込んでいた私達に、彼は声を掛けてくれた。


「はい、助かりました……」

「不甲斐ねえ……ありがとう」

「ありがとう、助かったよ」

 口々にお礼を述べる。

 本当に助かった。ゴブリン程度相手であれば、最悪逃げることはできたが、その際の損失は大きい。それを防げたのは間違いなく、彼のおかげだった。


「ああ、それより、昨日もゴブリンの数はこんな感じだったのか?」

 彼は私達が昨日ゴブリンの森に来ていたことを知っている様子だった。まあ、昨日は珍しく上位種を討伐したということもあって、結構注目されたのでそれでかもしれない。


「いや、昨日は一度に数体程度……そのうち一回だけホブゴブリンが居たくらいだね」

「なるほどな……俺が聞いた話ではこの森で上位種と出会うこと自体が珍しいらしいから、昨日のソレは異常事態の前兆だったのかもしれない」

「……ツイてねえよなぁ俺達。まさか冒険者になって二日目でこんな事態に遭遇するなんてよ」

 なんてアレスが愚痴を零している。


「まあ、それでも助けがあって良かったじゃない……えっと」


 彼の名前はなんというのだろうか。そんな私の視線を感じ取ったのか、名前を教えてくれた。


 シュウというらしい。彼は見た目も名前もカッコイイようだ。



 ◇


「ふー、疲れたー」

 ゴブリンの森から帰還し、諸々を済ませて冒険者ギルドを出た後、シオンは身体を伸ばしながら言った。

 シュウさんは用事があると言ってついさっき別れたところだ。


「そうね……自分の実力不足を痛感したわ」

「それは俺もだぜ……ちょっと特訓してくるわ! じゃあな!」

 そう言ってアレスはどこかへ行った。よくあることだ。

 このパターンは大体怪我して夕方くらいに私に回復を求めてやってくる。一体どんな特訓をしているのやら。


「相変わらずだねアレスは……」

「そうね……シオンはどうする?」

「んー、僕も疲れたし今日はもう帰ろうかな」

 そんなわけで今日は解散となった。



 私は家に帰り、『瞑想』を始める。失った魔力を回復させるためだ。あ、魔力というのは体内魔力……MPのことね。

 口を少し開けて空気ではなく、魔素を吸い込む。それを自らの魔力に変換し、MPを回復させる。

 二時間ほどそれを黙々と続けると、MPは半分ほどまで回復していた。


 よし、もういいかな。


 私は瞑想を止めると、私服に着替えて外に出る。

 目的は日課の本屋通いだ。


 つい昨日冒険者となったばかりの私に、自由に本を買えるような財力はないが、本のタイトルを見ているだけでも楽しいのだ。

 何度も通っているうちにその店の店主であるおばあちゃんとは結構仲良くなったと思う。


 そうして本屋に着くと、見覚えのある顏が見えた。


「――あれ、シュウさん?」


 さっき別れたはずの青年、シュウさんがそこに居た。

 用事というのはこの本屋での買い物だろうか?


「……あれ、魔法書ですか?」

 彼の手元を見てみると、魔法の入門書が握られている。


 どうやら魔法を覚えたいらしい。


 ――これは、チャンスだ。


 そう思った私は咄嗟に「うちに来ませんか? 私が使ってた魔法書があるのでそれをあげますよ」と、今日初めて会ったばかりの彼にそんな提案をしてしまった。


 ――やってしまった。


 彼の返事を待たずして、私の中では後悔が駆け巡る。軽い女だと思われたのではないか。下心丸出しなのがバレるのではと。


「いや、それは流石に悪いよ……」

 と、彼は申し訳なさそうに言った。


 そう、引き気味ではなかったのだ。ただ魔法書というそこそこ値が張るものを貰うことに抵抗と遠慮を抱いているだけで。


 ならば、と

「これくらい気にしないでください! シュウさんは命の恩人ですから」

 私は分かりやすい理由を付けて追撃を行った。


「シアがそう言うなら、今日は好意に甘えようかな」




 そんなこんなで、シュウさんは私の家に来た。

「お邪魔します」

「どうぞどうぞ……お父さんとお母さんは今仕事で居ないので気楽に上がってください」

 私の両親は冒険者だ。仕事の都合上、他の街を行ったり来たりするので居ないことが多い。明日は珍しく帰って来るらしいけど。

 とはいえ、別に人をよく連れ込んでいるわけではない。断じて。これまでうちに来たことがあるのはこれを除けばシオンとアレス、それと友達の女の子一人だけだ。


 シュウさんを家に招き入れ、私の部屋に案内する。

「ここが私の部屋です」


 扉を開き、中を確認した瞬間に思い出す。

 全く片付けをしていなかった。勢いで誘ってしまったせいで完全に忘れていた。

 私はシュウさんに一言だけ残して咄嗟に部屋の中に入って扉を閉める。


 急いで片付けを済ませる。

 いけないいけない。危うくズボラ女子の烙印を押されるところだったあ。


「――ふう、ごめんなさい。もう大丈夫です、シュウさん入ってきてください」

 そう言って待ってくれていたシュウさんを部屋に招き入れる。



「私はちょっとお茶を入れてくるので、これを読んで待っててください!」

 シュウさんに説明をし、魔法書を渡してから私は部屋を出ていく。


 お茶を入れることによって必然的に長居することになる……という作戦だ。


「お待たせしましたー」

 お茶を持って部屋に帰ると、シュウさんは本を読んでいた。

 凄く集中しているようで、私の声には気付いていないようだ。


 邪魔をしても悪いので、私は自分用の魔法書を取り出し、勉強を始める。

 それは範囲魔法を主に扱う中級魔法書で、これを習得できれば今日みたいな対多数の戦闘に役立つはずだ。

 お母さんが買ってくれたものだけど、難度が高いのと、冒険者を始めたばかりならしばらく多数の敵と戦う機会などないと考えて、放置していたものだ。



 大体一時間くらい経った時だろうか。

「……あ」

 と呟いたシュウさんはやっちまった。みたいな顏をしている。

 やっと戻って来たらしい。


 彼は申し訳なさそうに謝る。

 だが、私にとって気にするほどのことではなかった。むしろ彼が本に集中しているからこそ、私の勉強も捗ったので感謝したいくらいだ。



 その後は彼は実際に試してみたくなったらしく、私のギフト『魔力共感』を駆使しつつ実践練習を行った。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る