第17話 視えなくなった未来

 ──話は試合後に戻る。そらは敵高校の大将戦に勝利し、総有効打突数でも勝利を収めた。いまは監督と思われる強面の顧問らしき人の隣に座る、優しそうな大学生くらいの男子と肩を並べて座っていた。


「お姉ちゃんがこうやって眺めているのも忘れて……恋かなぁ。恋っていいねぇ」


「お前絶対そのニヤニヤした顔、妹さんには見せるなよ」


 パイプ椅子にもたれかかり、疲れきった妹の姿からは先程の試合のような覇気は無くなっていた。いまは安心しきっているということだろう。それだけ、そらの隣に座っている男子に心を許しているということだ。

 そらが男子からピンク色の水筒を受け取る。今朝私がそらに渡した水筒だ。そらはそのピンクの水筒を受け取り一口飲むと──遠目でハッキリとは見えないが、そのまま体がゆらゆらと揺れているように見えた。


「……そら?」


「おい、なんだか妹さんの様子おかしくねえか」


 倉橋先輩はカメラのレンズ越しに違和感を感じて言葉を漏らす。私は肉眼でそらの異変に気付くと、衝動を抑えきれず観客席から飛び出した。

 観客席から場内に辿り着いたとき、そらは既に生気を失ったように片膝をついていた。隣に座っていた男子はそらを抱きしめるように体を支え、何度もそらの名前を叫んでいる。

 熱中症ならまだ元気になれる。でも……でも……。


「そら、おい大丈夫か!」


 よく見ると、私服からしてOBなのだろうか。そらの隣に座っていた男子は、すかさずそらの頭の下にタオルを添え、手早く仰向きに寝かせる。近くに置いてあった冷感スプレーを首や腕に入念に振りつけた。

 騒動に気付いたのか、近くにいた生徒も何事だと近寄ってくる。顧問らしき強面の男性は「早く医務室から人を呼んでこい」と近寄ってきた高校生に指示をして、見世物じゃないぞと人を立ち寄らせなかった。その穴をかいくぐるように、剣道着を着た女子高生が一人近付いては、そらのもとに駆け寄って声をかける。


「そら、しっかりしな。そら!」


「梨、奈……?」


 そらも完全に意識を失ったわけではない。おぼろげな意識のなか、自分を呼ぶ声に反応して目を開ける。


「熱中症みたいだね、担架がいまから来るから安心しなよ」


 梨奈と呼ばれた生徒はおそらく先程の大将戦の相手だった子だ。他校の生徒はずだが、近くにいた他の部員にも的確に指示を出すと、そらの脇に冷たいペットボトルを挟む。熱中症時の処置で、関節部分や内股を冷やしているのだ。流石は体育会、私一人では焦ってしまっていたことだろう。


「梨奈……どこ?」


「どこって、なにか落としたの。それとも浩一先輩のこと?」




「梨奈――どこにいるの」




 ふいに伸ばされたそらの右腕は、梨奈の右頬をかすめるように伸びた。そらの手を取ろうとした梨奈の手が止まる。梨奈の視線が腕から顔に移ると、そっと、そらの目にかかっていた前髪を払いのける。


「そら、なによそれ。あんたのその左眼、どうしたんだ!」


 驚きと怒りの入り混じった声に、周囲に散らばっていた生徒や先生も集まる。私はそらの眼を隠すこともできず、ただ呆然と目を見開くことしかできなかった。次第に集まってきた人がそらの眼を見て「うわあ」、「なんだこれ」と口々に思ったことを口に出す。動揺が広がるなか、誰かがボソッと「キモっ」と呟いた。

 梨奈は黙って立ち上がると、体育館に響き渡るようなとてつもなく大きな声で叫んだ。


「それが頑張ったやつに向かって言う言葉かよ! ふざけんじゃねえ!」


 顔を真っ赤にして梨奈は目に涙を滲ませた。すぐに担架が運び込まれ、憔悴しょうすいしきったそらが体育館の奥に設けられた医療室に担ぎ込まれた。

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