せめてもの感謝を口にしよう。@柿本英治

 彼女とのおよそ三ヶ月間、待ち合わせに選ばなかった場所をぐるぐると巡っていた。


 狭い町だからそんなに苦じゃ無い。それに彼女とは同じ町内だ。それに僕には経験もある。


 だからあたりはつけていた。


 今回の神様の出番は早かった。


 ありがとう神様。



「英治!?」


「奇遇だね、雨谷さん」



 彼女は僕が好きだった長くて黒い髪を明るく染め、柔らかいポニーテールにしていた。


 明るい服と可愛いメイクが手を繋いで横に居る私服がお洒落な本彼氏さんと良く似合っている。


 彼女はとてもキラキラしていて本当に綺麗だ。


 これが恋とか愛とかのもたらすものなのだろう。


 女の子はすごい。


 黒の学ランのままの僕はなんだか幸せな家庭に突然現れたゴキブリみたいで凄く惨めだ。


 事実、痛いくらいきつく結ばれた、恋人繋ぎが、僕に対する恐怖を演出しているように見える。


 いいね。


 僕は惨めだ。


 これで諦めきれる。


 固まっていた彼女が再起動すると、ワタワタと現況を語り出した。



「え、なんで…? あ、あ、そう、そう! これはデートの練習で! 根暗な私を変えたくて! これで花咲さくらに、も……雨谷…さん…?…」



 もちろん名前でなんて呼ばない。ただでさえワタワタしてるんだ。この後本彼氏さんに説明しないといけない彼女が可哀想だ。


 だから精一杯明るく仕上げる。


 伝えたい事は、はっきり簡潔に、だ。



「彼氏さんとすっごくお似合いだね。じゃあね」


「え…?! あ…違う違う! 違う! 彼氏は、あ、手?! なんで! 離してください! 離して! 離せっ! この! あ、あ、待って! 英治! 違うの! 違うからっ! 私脅さ─────」



「結婚式には呼んでね! お幸せに!」

 


 最後に僕の拙い恋愛感を伝えて精一杯走り出す。


 雨谷さんが何か言おうとしたけど、彼女の毒はジワリと染み込んでくるタイプだ。


 最後まで聞いちゃいけない。


 またいつの間にか満たされてしまう。




 辿り着いた先は、昔よく遊んだ小さな公園だった。


 ブランコに乗り、一息ついた。


 正直なところ、花咲さんに言われてたからか、そこまでショックではなかった…と、思う。


 事実、花咲さんの時とは違い、涙は出なかった。


 いや、花咲さんという第三者に突きつけられ、さらにお似合いだと実際に遭遇して改めて確信し、その上自分がゴキブリにも思えて、惨めさと大好きな気持ちが釣り合っただけなのかもしれない。


 それは経験済みだった。


 だから涙は出なかったのだろうか。


 そうだ。


 こうやって人は成長するんだろう。



 どうやら僕は好意には弱いみたいだ。好意には、120パーくらいの好意で返してしまう。


 彼女との三ヶ月間は、とても楽しかった。だんだんと性格が、表情が、明るくなっていくのが嬉しくて、彼女も喜んでくれているんだと思っていた。とても満たされていた。


 花咲さんに空けられた心が一杯になった。


 結局彼女から告白されたけど、結果彼女より好きになってしまっていた。



 大好き。


 またしても僕の持てる全てがこれだった。


 みんなは、他の人は、何を装備して彼女と向き合うのだろうか。


 疑うなんてコマンド、選びたくない。


 他人の軌跡なんて、歩きたくない。


 復讐なんて剣、振いたくない。

 

 別れの呪文は、勇気が足りない。


 いや、そんなこと…どうでもいいか。



 やっぱり僕には恋も愛も早すぎたのだ。


 好きという気持ちを向けられても答えるべきではなかった。


 それを教えてくれた雨谷さんに、せめてもの感謝を口にしよう。



「死んだらええねん」



 あ、間違えた。あははははは。


 

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