彼女の幸せを一人祈った。@柿本英治


 クリスマス。


 長かったような短かったような九ヶ月間。やっとここまで来た。


 今日はお友達とのクリスマス会に出掛けるという…嘘だと思う。


 昨日、イブにあげたプレゼントは細いチェーンのピンクゴールドのネックレス。


 桜色の唇にとても良く似合うと思う。


 僕のしたい事だった。


 でも留め具はきちんと壊している。なかなか物を捨てきれない彼女が可哀想だから。


 初詣の時に付けてあげたいと言った。だから気付くのは後だろう。



 本彼氏くんとの待ち合わせ場所はどこだろうか。


 偶然を装うために、買いたくもない参考書を買ってこの小さな街をぶらぶらと歩く。


 僕との待ち合わせや遊びに出掛けるのに絶対に選ばない三ヶ所。


 この九ヶ月間で浮き彫りになったそこをぐるぐると巡礼者のように歩く。


 今日の装備は花咲さんとお揃いのものばかり。この後を思うと、惨めな気持ちにさせられるはず。


 そして、手を繋ぐカップルの中、ついに出会えた。


 この約半年間、願った甲斐があった。


 神様、本当にありがとう。



「ぁ…あ…英治、くん…」


「やあ、偶然…」



 彼女は白いダッフルコートだった。長い髪は綺麗に纏めていて、お化粧も素敵でキラキラと輝いていた。


 気合い入ってる。


 可愛い。大好きだ。


 いいね。


 そして、僕とのお揃いのものは何も着けていない。


 これで僕はもっと惨めだ。



「…あ、ぇ、いや…ちょっと、離し、て! あの英治くん、これは、その、違って…」



 その曇る顔は見たくなかった。もっと女優して欲しい。彼女の悲しそうな顔は嫌いなんだ。


 でもこのチャンスは逃さない。


 伝えたい事は、はっきりと簡潔に、だ。



「花咲さんの彼氏さんかな? 格好良いね」


「花咲さん?! 彼氏さん?!」



 名前でなんて呼ばない。関係をしつこく聞かれたら彼女が可哀想だ。こう言えば彼女は誤魔化してくれるだろう。


 偶然街でクラスメイトに会った。


 この嘘偽りのない真実を使って。


 本彼氏くんは、僕と真逆の雰囲気だった。髪を明るく染め、堂々としている。格好良い。


 余計に僕は惨めだ。


 二人はお似合いだ。


 初めて見た時もそう思っていた。だからずっと僕は2番だと確信していた。


 そしてこの偶然によって、僕はただのクラスメイトに惨めにも成り下がる。


 僕は早足で通り過ぎることにした。



「あ! 英治くん! 待って! 聞いて! 違うの! 違うから!」


「メリークリスマス! 良いお年を! 花咲さん! お幸せに!」



 やっとクラスメイトになった彼女に精一杯明るく別れを告げ、僕は幸せ一杯の街中を走る。


 今日はクリスマスだからどこも一杯だ。


 予約を取ったであろう本彼氏くんには悪いことをした。


 ポケットの中で鳴りやまないスマホの電源を切りながら、ひたすらに走る。


 涙で滲む視界の中、チラリチラリと雪が降ってきた。これなら本彼氏くん的には盛り上がるかな。


 そして、気づけば初めて彼女に告白した公園に着いていた。


 息は真っ白で心臓が痛い。


 涙が風で途切れたことに気付き、それに気を取られたら滑って転んでしまった。


 頬は擦り切れ、地面に描いた血の滴りではっとした。


 地面は真っ白く降り積もっていた。


 そして、二人で座ったベンチにも。


 まるでそんな告白など無かったのだと言わんばかりに。


 なかなか気の効いた演出だ。


 神様ありがとう。



 なんて、なんて惨めなんだ。


 やっと、やっとこの惨めさと大好きな気持ちが、やっと釣り合い、揃った。



 これで諦めきれる。



 あはは、死にたい。もちろん言ってみただけで、そんな勇気ないんだ。


 振る勇気さえも。


 勇気は告白で使い切ってしまったんだ。



 最後の反応から、彼女は多分器用な人間で、きっと僕のことも嘘偽りなく大事だったんだろう。


 出来ればそう思いたい。


 僕も彼女が大事だった。大好きだった。


 だから決定的なことは言えなかった。



「とても綺麗だったな…」



 だから振るより振られる方が何倍も良い。


 だからあんな場面に遭遇した方が何倍も良い。


 雪に降られ、僕の告白が無かったことにされたベンチを見ながら、彼女の幸せを一人祈った。



「死んだらいいのに」



 あ、間違えた。あはは。

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