ep2 ヤバいもの飲んだけど、多分大丈夫!

「……うわぁああ!? 間違えたぁああ!? ……って、あれ?」


 うっかり、開発中のマグネットリキッドを日本酒と間違えて口にしてしまったアタシ。

 一升瓶に開発物を入れておき、仕分けしていなかったのがマズかった。アタシって、ホント馬鹿。


 ――と思っていたのだが、気がつけば夜が明けていた。

 辺りを見回してみると、どうやらアタシはそのまま床の上で寝てしまったらしい。


「こ、これって、大丈夫なもんなのかね~? マグネットリキッドには、色々とヤバい材料も入ってたけど……」


 ただ、アタシがマグネットリキッドを飲んでしまった事実は変わらない。近くに中身が入ってた一升瓶が転がってるし。

 何よりマズいのは、マグネットリキッドの原材料だ。

 あれには磁石を溶かすための特殊精製アルコールやら、インピーダンスを安定させるために入れたトリチウムやら、アドバンテージ向上のために入れたプルトニウムやら――


 ――早い話が、人が口にしていいものなど入っていない。

 むしろ放射性物質満載。ゴジ〇にでもなるんじゃないかな? アタシ。


「い、いやいやいや。それは流石に大丈夫っしょ? アタシ、特級放射線技能士の資格持ってるから分かるけど、流石にこれで死ぬことはないっしょ?」


 アタシは冷や汗をかきながらも、とりあえずはパソコンにある設計データから、マグネットリキッドの成分を確認する。

 とってて良かった、特級放射線技能士。工業高校主席は伊達じゃない。


 ――むしろ、そんな資格を持ってたせいで、こんなものを作っちゃったんだけど。


 ともあれ、成分に含まれている放射性物質は致死量には程遠い。

 起き上がって体を軽く動かしても、特に問題なく動いている。


「ま、まあ、この調子なら、いきなりバタンキューってことはないっよね? ……って、やっば! 今、何時!?」


 そうして、一応は我が身の安全を確認したのだが、今度は別の問題が発生。

 時計を見ると、すでに時刻は午前八時半。今日は九時からの案件があるのに、これでは間に合わない。


「あー、もう! 変なものを飲んじゃったから、気絶はするし、混乱するし! アタシの馬鹿! と、とにかく仕事に急がないと!」


 本当に最悪な朝だ。こんなことなら、変なものを開発するんじゃなかった。

 ウチの工場はただでさえクライアントが少ないんだから、遅刻なんて厳禁だ。

 とにかく工具箱を用意して、後は汚れたままの作業着も着替えて――


「だあああ!? そんなことしてる時間もないってば! もう仕方ない! どうせ今日のクライアントはタケゾーだから、ちょっと不格好でも問題ないっしょ!」


 ――なーんてしてる余裕もなし。工具箱だけ手に取ると、そのまま工場を飛び出す。

 相手はアタシとはよく知った仲だ。別に見栄えを気にする必要もない。

 いつもスッピンであれこれ言われるけど、多少服が汚れてるぐらいなら問題なし!





「フゥー……間に合った~」


 そうして大慌てのなりふり構わぬ全力疾走のおかげか、予定時刻の十分前に到着できた。

 いつもは走っても三十分はかかる道のりなのに、それが今回はニ十分もかかっていない。


 ――人間、死ぬ気になれば何でもできるものだ。

 おまけにあれだけ走ったのに、息切れもほとんどない。

 火事場の底力って、スゲー。




「お? 空鳥じゃないか。 いつもはギリギリに来るのに、今日は早い到着だな? ……って、なんだよ、その恰好は?」




 己の馬鹿力に感心していると、目の前からセミロングの髪を括った人物が声をかけてきた。

 顔立ちも含めて女っぽいけど、こいつはれっきとした男。

 そんでもって、今回のアタシのクライアントだ。


「よっす! タケゾー! そうやってエプロンをしてると、相変わらず可愛い女の子にしか見えないね~」

「客にかける第一声がそれかよ……。そっちこそ、女のくせに化粧もしてなければ、服装も汚れっぱなしだし。……後、俺の名前は武蔵むさしだ。タケゾーって呼ぶな」


 タケゾーはアタシの言葉に顔をしかめてくるが、もう十年以上の付き合いだし、こんなことは今に始まった話でもない。

 本名は赤原あかはら 武蔵むさし。でも、なんだか名前のいかつさと見た目がマッチしてないから、アタシは昔からタケゾーと呼んでる。

 おまけに現在は保育士をしており、なんだか余計にムサシって感じがしない。アタシの偏見だけど。


 ――そして、そんなタケゾーの勤める保育園こそが、今日のクライアントだ。


「まあ、タケゾーは昔から可愛らしかったからねぇ。保育園の先生をしてるのも、なんだか納得もんだ」

「昔からガサツだったお前も、今じゃ町工場の工場長なんていう男社会だけどな。……まあ、お前の方は俺とは事情が違うけどよ」

「事情が違ったって、アタシも自分の意志で工場長をやってることは変わんないさ」

「お前って、本当に昔からブレないよな。女だてらに、男の工業社会で生きてないってか?」

「お? そいつは今のご時世だと、差別発言にもなるっしょ?」

「だったら、俺のことを『らしくないから』って理由でタケゾーなんて名前で呼ぶなっつの」


 アタシは出迎えてくれたタケゾーの案内で、園内へと入っていく。

 その際にお互い、昔話も少し交えて軽口を叩き合う。

 幼馴染の間柄だ。今更遠慮する必要もない。

 口ではお互いを小馬鹿にしながらも、自然と表情は笑顔になる。


 高校からは別の道を歩んだが、タケゾーは今でもアタシが気を許せる親友だ。

 専門学校を出たての新人保育士だが、こうしてアタシの仕事のパイプラインにもなってくれている。

 持つべきものは友人だとは、よく言ったものだ。




「あー! ジュンせんせーだー!」

「ジュンせんせー! このオモチャ、なおしてー!」




 そうやって園内を歩いていると、早速園児達が駆け寄ってくる。

 タケゾーはあくまでパイプ役。本物のお客さんはこちらさんだ。

 園児からしてみれば、園内にいる大人は全員先生に見えるのだろう。

 そんな純真無垢な園児達は各々のオモチャを手に取り、アタシに修理を依頼してくる。


「いつも悪いな、空鳥」

「いいってことよ。それにしても、最近のオモチャはレベルが高いもんだ。ナノカーボンアクチュエータなんて、こんな三歳から五歳の子供のオモチャに使うかね?」

「だからお前でないとメンテもできないんだよ。俺なんて、その『ナノカーボンうんたらかんたら』が何かすら分からん」


 園児達から渡されたオモチャを見ても思うのだが、科学の発展とはすごいものだ。

 近頃のオモチャは安全性を意識しつつ、その機能が馬鹿みたいに向上している。


 小型ながらも高出力のアクチュエータを搭載した電車とレールの組立キット。

 液晶パネルを用いてプログラミングもできる知育玩具。


 ――色々と技術競争が激化したことで、ここまでの急成長をしたらしい。

 でも、技術レベルを上げるならば、同時に耐久性能も考慮して欲しいものだ。

 子供はオモチャの扱いだって乱暴になるし、もっと相手に応じた商品開発が第一じゃないか?


 まあ、そんなよく壊れるオモチャのおかげで、アタシも稼ぎ口があるんだけど。


「どーれどれ……。うん。これなら問題なく直せるね」

「お前って、本当にこういうの強いよな。……やっぱ、大学に進学した方が良かったんじゃないか? 技術力なら並みの学者にも負けないだろ?」

「そうかも知んないけど、アタシは工場を受け継ぐって決めたの。そのことに後悔はしてないし、今更道を変える気もないさ。こうやって仕事探して、借金返済が第一ってなもんよ」

「この間工場で見た『宙に浮く物体』みたいなのを量産すれば、すぐにでも完済できそうなものだがな……」

「エレクトロポリマーのこと? あれはまだ駄目だね。試作段階だし、浮遊できるだけの電界を発生させる電力源の設置に難がある。ある程度の小型化には成功してるけど、まだアースといった安全面も――」

「うん、もういい。俺には何が何だか、サッパリ分からん」


 壊れたオモチャの具合を確認する時も、タケゾーは余計な茶々を入れてくる。

 いや、別に悪気がないのは分かってる。こいつは単に、アタシの心配をしてくれてるだけだ。

 だが、技術者の世界は簡単じゃない。アタシの発明だって、まだまだ課題が残って特許申請にも行かない。


「まあ、そっちはそっちで、今も色々考えてはいるさ。ともかく、今はこの子達のオモチャを直してあげないとねぇ」


 それに何より、今は目先のクライアント様の依頼をこなさないといけないね。

 高性能とはいっても、アタシに直せないレベルじゃない。

 早速、工具箱から取り出したドライバーで、まずはオモチャのネジを取り外して――



 カチッ―― ピタン



「……はえ?」




 ――その時、奇妙なことが起こった。

 オモチャから取り外したネジが、何故かアタシの手の甲にくっついてしまった。

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