第15話

 泣いて、泣いて、涙がもう出なくなって顔を上げたとき、葵は月明かりのように優しく、朝日のように柔らかい笑顔で俺を見つめていた。

「修也の返事。ずっと待ってるよ……」

葵はそう言うと、くるりと踵を返した。一歩、一歩と葵は俺から離れていく。やがて葵は、朝靄の中へと飲み込まれて行った。

「返事って……」

あの日。葵が東京に旅立つ日の、彼女の声を思い出す。少し震えていて、でも力強い真っすぐな言葉。


『修也……。大好き』


頭の中でシャットアウトされていた言葉が蘇ってきた。成長すればするほど、言葉にするのが恥ずかしくなる言葉。俺は恥ずかしくて言えなかった言葉を、葵は恥じることなく、純粋に、真っすぐ俺に伝えてくれていた。でも俺は、その気持ちから感情のままに目を背けた。

「ごめん、葵」

自分が情けなくて、恥ずかしくて、強く目を瞑った。

 申し訳なさ、贖罪の気持ちが心の奥底から湧いてくる。でも、それと同時に忘れていた。いや、逃げていた気持ちが暗く厚い靄の奥から浮かび上がってきた。温かくて、優しい。人間の感情の中で、最も複雑で簡単なその感情。

 目を開けると、眩い朝日が降り注いでいた。その、温かくて優しい光は、目の前の靄を溶かすように目の前を明るく照らす。

「今から。伝えに行くよ……」

胸を抑えて、優しく目を瞑った。ここに葵の想いへの返事が確かにある。すごく複雑で、でもすごく単純な気持ちが。

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