ゼノブレイド3はなぜ「過去と未来をつなぐ、命の物語」なのか?

■イントロダクション

ソーマブリンガーのインタビューで高橋哲哉はこう答えた


高橋

「それと今回はシナリオの書き方でも初の試みをしているんです。 今まで据え置機で作るときは、シナリオが先にあって、それに対してシステムをこう作って、みたいな作り方だったのですが、今回はまず、ゲームとしてこういうものを作りたい、で、物量的にはこのくらいのものだったら作れそうだという大体の見積もりを出して、その上でこれだけの数の章、これだけの数のダンジョンができる、それに対してキャラクターを8人作って、さあ、どうシナリオを割っていこうか、と。 だからあるシナリオを見せたいがためにゲームの方を合わせるのではなく、今回は作りたいゲームの形がまずありつつ、その上に自然な形で今作のテーマや世界観のようなものを作り上げて行けたのではないかと思います」


ゼノブレイド2のインタビューでも同じ


高橋

「設定よりもシステム的なところを考えたのが先でしたね。 ゼノブレイドXには、アーツパレットを方向ボタンで選択して技を繰り出すというシステムがあったんですが、移動しながらだと操作しづらく、直感的にも分かりづらかったという反省点がありました。 今回はまず、Nintendo Switchの特徴である、Joy-Conが左右二つに分かれていて、それぞれにボタンがあるという仕様のもとで、直感的な操作ができるようにアサインしたんです。 ただ、それだけでは面白くないので、操作に対してキャラクターの個性付けができないかと考え、ドライバーとブレイドという関係を紐付けることにしたんです」


ソーマブリンガーを境にゲームデザインからシナリオを組み立てるよう高橋の中で明らかな変節があり、それにともなって高橋自身の過去作からのパロディでシナリオが構成されるようになっていった

パロディの多さに関しては最新作のゼノブレイド3も例外ではない

むしろ増えたと言っていい


高橋

「じつを言うと、子どもが生まれて丸くなってしまったなと、自分で思う部分はあるんですよ。 そこが自分ではそんなに好きではなくて。 昔のほうが好き勝手にやれていたなぁ、と思ってしまっている自分がどこかにいるんです。 またトガったことをやりたいなぁと思いつつも、どこかでブレーキを踏んじゃっているんですね。 この言葉を言ったら子どもが傷つくなぁとか。 そんな今の自分と、本当はこうありたいという理想の自分との狭間で、モヤモヤしている時はありますね」


しかし、ゼノブレイド3のゲームデザインはこれまでのゼノブレイドの集大成になっている

つまりゼノブレイド3のシナリオはゲームデザインから着想されていないのだ


高橋

「1作目って、僕にとっては優等生のような作品なんですよね。 2作目は優等生とまでは言わないけど、かなり明るい、ライトな始まり方ですし... 3作目では優等生な自分から外れたかったんです。 1、2作目をあそんでくれた方からどんな反応がくるかな、というのはチャレンジングだったのですが、未来に向けて新しい自分、新しい道を見つけていくというのが今作のテーマでもあったので、自分としても過去に戻ってはいけない、同じことをしてはいけない、というのがありました」


これはいったいどういうことか?

ゼノブレイド3のシナリオはなにから着想されているか読み解いてみよう


■弱き者の怨念

高橋の意図を読み解く前に、ゼノサーガで高橋がニーチェの著作を持ち出したわけを知る必要がある

ニーチェの講義を始めても話が脱線してしまうし、そもそも筆者は哲学の専門家ではないから、ニーチェに関してはひとまず宗教が人々の心の支えだった時代に宗教の教えを批判した人物程度の認識でかまわない

現実はゼロ和ゲームだ

ゼロ和ゲームとはプレイヤー全員が勝ったり負けたりせず、必ず勝者と敗者に分かれるゲームのこと

イス取りゲームに例えるとわかりやすいかもしれない

全ての人にイスは平等にあるというのが宗教の教えだが、ニーチェからすると勝者のいないゲームなんて温かったというわけだ


ゼノサーガで高橋はニーチェの思想から着想されたヴィルヘルムというキャラクターを創造した

しかし、モノリスソフトの当時の親会社であるナムコの意向により高橋と高橋の公私にわたるパートナーである嵯峨空哉はシナリオから外され、アークザラッドなどのシナリオを担当した米坂典彦が高橋と嵯峨の代わりにゼノサーガのシナリオを執筆することになってしまう

田中久仁彦や光田康典といったゼノサーガの主要開発者はナムコの決定に反発、主要開発者の入れ替えを強行したナムコは当時のユーザーから大いに顰蹙を買った

そのため──サブタイトルこそニーチェの著作からの引用だが──ゼノサーガのシナリオにニーチェの思想はほとんど反映されなかったのだ


岩田

「高橋さんのものづくりでは、そのようにキャッチボールでつくられることが多いんですか?」


高橋

「いえ、そんなに多くはありません。 というのも、キャッチボールをしようとしても、投げた球が、期待通りに返ってこないこともあるので」


岩田

「そっちじゃないでしょと言いたくなる方向にボールが返されることも、過去にはあったんでしょうね」


高橋

「はい。 どこに投げたの? みたいに。 ですから、キャッチボールをしようとすると、相手が自分と同じか、それ以上の経験値を持っている人でないとなかなかうまくいかなかったりするんです」


ニーチェは敗者の勝者に対する怨みをルサンチマンと言い宗教の教えを批判した

宗教の教えは敗者の味方で、人々が勝者になることを阻んでいるというのだ

勘のいい読者ならもうお気づきだろう

ゼノブレイド3において敵となるメビウスはニーチェが言うルサンチマンから着想されており、ゼノサーガで高橋と嵯峨がやり残したシナリオの再現になっているのだ


■私達の内なるメビウス

クリス

「君達は、力ある者だけが到達できる地平へと往こうとしている。 君達の言葉は強い者だけが持つ言葉──勝者の論理だ。 では、力無き者はどうすれば良い? 置き去りにするのかい? その人のすべてを断じ終わらせてしまうのかい?」


高橋作品ではルサンチマンにつけこまれ人間を止めてしまう人物が度々描かれる

ゴンドウのようにならないと承認欲求を満たせないと思い込みエックスの甘言に踊らされるシャナイアは、まるでSNSでしか自分を表現できないと思い込んでいる若者だ

アイオニオンの外に自由が広がっていることを、ゴンドウはシャナイアに気づいて欲しかった

ゼノブレイド3は承認欲求で人々を縛りつけるいき過ぎたSNS社会の寓話なのである


エックス

「人間ってさ、常に目的が必要じゃない。 ブレイドをグレードアップしたいとかぁ、美味しいご飯食べたいとかぁ──長生きしたい、とか? 私達はそれを与えてあげてるだけ。 上がってる最中ってさ、すんごく輝くんだよ、命。 もう最高。 だけど、上がりきっちゃったら──後は下がるだけぇ。 そしたら役に立たないもんね。 だから刈り取るの。 最後の抵抗を見せる、最期の命の輝きをね」


前述したニーチェの思想は選民思想を掲げたナチスによって歪んだ解釈がなされた

ヒトラーを選んだのは都合のいい嘘を信じ見たいものしか見ない大衆だった


イチカ

「現実って、つまんないよね。 だから誰も見ようとしないし──きれいな夢を追いかける。 夢だけ見てれば良かったのに」


現代のSNSも都合のいい嘘を信じ見たいものしか見ない大衆で溢れかえっている

誰かが言ったことを鵜呑みにした方が楽だから、自分ではなにも考えなくて済むから、選ぶ責任を放棄できるから、誰かに責任を擦り付け転嫁できるから

アイオニオンの中で永遠の今を生きるしかない登場人物達は、SNS社会を生きる私達プレイヤー自身と重なる


ミヤビ

「違うよ。 生きるために、戦うしかないからだよ。 ミオは、ケヴェスの人の粒子に触れたことある? 私達と同じだった。 あの人達も、私達と同じ想いで生きている。 哀しい運命。 でも──私達は生きなきゃならない。 変えられないなら、せめて──」


SNS社会における勝者は大衆から支持を集めることができる人物だ

大衆から最も多くの支持を集めるには敗者から支持を得なければならない

なぜなら勝者になるより敗者になる方が簡単で楽だからであり、ピラミッドの頂点にいる勝者より底辺にいる敗者の方が数が多いからである

見たいものしか見ない大衆は都合のいい嘘を信じ独裁者だって支持してしまう


ゼット

「結果に満足できればそれで良い。 しかし、満足できない場合は、どうする? 打ちひしがれて嘆くか──怒りを滾らせるか──時が止まれば──と願ったことはないか? 永遠に"今"が続けばと──」


高橋はなぜこれほどまでSNS社会を風刺しなければいけなかったか?

高橋がスクウェア時代に携わった、FFやクロノ・トリガーは一過性の流行で一瞬盛り上がって直ぐに忘れられるようなゲームではなかった

20年以上経った今でもゼノギアスのプレイヤーは持続的に現れる

はたして現代のSNSで支持を集めているゲームは20年後も生き残っているだろうか?


ダンバン

「──ああ、それを進化と呼んでいいのなら俺達はいつだって進化している。 劇的な変化なんか望まないよ。 ──なあ?」


アルヴィースによって再現されたダンバンの模擬人格は、神となり世界を創り変える力を手にしたシュルクを優しく諭した

(ゼノブレイド)


レックス

「そのために──そのためにあんた達がいるんじゃないか。 そして、それを一緒にやり遂げるのはオレじゃない。 誰かだぁ」


命を受け継ぐことができる亜種生命体として生まれたシンに、己が死んだ後の世界を誰が守るか問われたレックスは潔くも力強く答えた

(ゼノブレイド2)


SNSは今を生きている人々のためだけにある

過去を生きた人々と未来に生まれる人々はSNSに存在しない

今を生きている人々のための一過性の流行を未来に生まれる人々は憶えてくれてなどいないのだ


エヌ

「子供だと? 違うな。 あれはただの障害だ。 我らが今を生きるのに不要な者どもだ。 そもそも、この俺がいなければなかった命。 生殺与奪の権利は、創造者たるこの俺にあるのだから」


プレイヤーは良くも悪くも過去作に固執する

永遠の今に固執し今を変えることを怖れるメビウスは私達プレイヤーの内にもある

高橋はゼノブレイド3を今までのプレイヤーのためのゲームで終わらせたくなかった

ゼノブレイド3は未来のプレイヤーのためのゲームだからだ

それはゲームデザインにも表れている

3DRPGは2DRPGのように街の数を多く作ると似たような街のコピーだらけになりがちだが、ゼノブレイド3は街そのものを鉄巨神というキャラクターにすることでひとつひとつの街の個性を出している

ある意味、ゼノブレイド3の主役は鉄巨神とそこに生きるNPCと言っていい

ウロボロスの6人が主役になるメインストーリーは、今までのプレイヤーのためにJRPGタイプのストーリードリブンになっている

鉄巨人とそこに生きるNPCが主役になるヒーロークエストとノーマルクエストは、未来のプレイヤーのためにオープンワールドタイプのプレイヤードリブンになっている

ストーリードリブンとプレイヤードリブンを共に高い次元でインタリンクさせたRPG──それがゼノブレイド3なのだ


■参考リンク

https://nlab.itmedia.co.jp/games/ps2/xeno/staff/01/index.html

https://dengekionline.com/soft/recommend/xenosaga/index.html

https://www.bandainamcoent.co.jp/cs/list/xenosaga1_2/interview/


http://web.archive.org/web/20080329131206/http://touch-ds.jp/crv/vol9/001.html


https://www.nintendo.co.jp/wii/interview/sx4j/vol2/index.html

https://www.nintendo.co.jp/wii/interview/sx4j/vol3/index.html

https://www.nintendo.co.jp/wii/interview/slsjsx4j/vol1/index.html

https://www.nintendo.co.jp/3ds/interview/cafj/vol1/index.html


https://www.nintendo.co.jp/wiiu/interview/ax5j/vol1/index.html


https://www.4gamer.net/games/368/G036837/20171130058/

https://news.denfaminicogamer.jp/interview/180202

https://www.4gamer.net/games/368/G036837/20190416018/


https://kotaku.com/from-xenogears-to-xenoblade-the-history-of-monolith-so-1845759844


https://www.nintendo.co.jp/interview/az3ha/index.html

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