キノコカット眼鏡のあいつが××したら

天崎 剣

キノコカット眼鏡のあいつが××したら

 好きな人がいる。

 小学生の頃からその人のことばかり考えて、高校でも偶々一緒になって。

 だけどその人には彼女がいる。

 好きになっちゃいけない人。


「でも、諦めきれないんだよなぁ……」


 思わず声に出してから、ハッと両手で口を塞いだ。


怜依奈れいな、どうしたの?」


「あ、ううん。何でもない。進路。やっぱり志望校変えたくないなって。四年制大学行きたかったけど、うち、シングルだしお金もないから無理だなあって思って」


 何とか誤魔化せた。

 好きな人の彼女に恋愛の相談なんか出来るわけないし、悟られちゃダメなのに。ヤバいヤバい。注意しないと。


「行きたいなら、奨学金借りてでも行かなくちゃ。給付型も併用すれば、少しは楽に行けるんじゃない?」


 美桜みおは何の気なしに返してくる。

 私がりょうのこと好きなの知ってて、美桜は私と友達でいてくれる。

 メンバーが四人しかいない同好会の、厳密に言えば同好会は解散したんだけど、その仲間で図書室通い。AO入試、推薦組がどんどん進路を決めていく中、模試の結果と睨めっこしながら最終進路に悩む日々。

 高校3年、これからどうしたらいいのか迷いに迷って、まだ進路が定まってない。ホント最悪。


「ま、まぁ、そうなんだけど。美桜は良いよね。お金の心配要らないもん」


「お金の心配より、自分がこの先、伯父さんと上手く付き合えるのか、そっちの方が心配よ。自由にさせて欲しいって言ったんだけど、金は出すから、口も出させろってうるさくて」


「ヨシノデンキの社長さんは、姪には良いところに入って貰いたいわけ?」


 窓際のテーブル席で、私達はよく自習している。

 今日も隣同士に座って、コソコソ話をしながらテキストをめくる。

 分からないところを教え合って、図書室が閉まるギリギリまでここにいるのが最近の日課。


「有名私立大? 学部はさておき、入って貰いたいらしいわよ。2つ3つ候補挙げてきて、どこでも良いぞって」


「頭も良いし、美桜なら簡単でしょ?」


「仮にそうだとしても、肩書き欲しさに入るみたいでちょっと癪じゃない?」


「なに? もしかして、凌と同じところに入りたいとか?」


 軽い気持ちで言うと、美桜は分かりやすく赤面した。

 可愛い。

 柔らかな赤茶の長い髪の毛も、青色の混じった不思議な色の目も、整った顔も、仕草も、美少女“芳野よしの美桜”を綺麗に作り上げていて、本当に羨ましくなる。

 ……そばかすで悩んで、地味な顔に辟易してる私とは大違い。


「凌はそんなこと、望まないわよ。彼は自分が誰かの足枷になること、嫌うから」


 ノートに視線を落として、美桜が言った。


「うん。私もそう思う」


 小学校の時、虐められていた私を助けてくれたのが、隣の席に居た凌だった。

 彼は常に周囲の人間の幸せを願っていた。そして、自分を犠牲にすることは厭わない。 そういうところに惹かれたのは多分美桜も一緒で……、だから、激しく同意する。


「ところで凌は、どっちに進みたいって言ってるの? 美桜は何か聞いてる?」


「経済学部」


「うわっ、流石。哲弥てつやは法学部狙いだし、なんか急にしっかりし出したよね、男子達」


 芝山しばやま哲弥は同好会の仲間の中でも勉強好きの変態で、キノコカット眼鏡のダサいヤツ。

 変に理詰めしてくる辺り、かなりウザい。でも、根は良いヤツなんだ。

 問題は見た目。残念なことに。


「芝山君、そっち方面なんだ。怜依奈、詳しいね」


「まぁね。4人のうち、美桜と凌が付き合ってて、そしたら私と哲弥があぶれるじゃない? 必然的に一緒にいる時間が増えちゃって。哲弥のヤツ、なんだかんだ優しいから、相談に乗って貰ったり、勉強教えて貰ってたりしたの。進路のことも親身になって聞いてくれるし、まぁいっかなって。この前も学校案内資料、一緒に眺めたんだよね。まぁ、哲弥は頭でっかちだから、法律とか行政とか、そういうの似合ってると思う」


「ふぅん。そう言えば怜依奈、最近芝山君と一緒のこと多いもんね。他の人と一緒なの、見たことないかも」


「他に気が合う人がいないから、渋々だよ? 他の連中よりは哲弥がマシってだけ」


 パラパラと模試の練習問題をめくりつつ、適当に答える。

 と、美桜がシャーペンを持つ手を止めて、私のことをじっと見ているのに気が付いた。


「――付き合ってる?」


「誰が?」


「怜依奈と芝山君」


「……はぁ?」


 寝言は寝てるときにいって欲しい。

 私は首を大きく傾げた。


「何でそうなるの?」


「友達にしては、結構くっつきすぎかな、とか」


「くっついてないし。キノコカット眼鏡と何でくっつくわけ?」


「悪口言ってる割に、一緒にいると楽しそうじゃない」


「別に悪口じゃないし。本当のことだから。この前も言ってやったんだよね、『キノコカットダサいからやめたら』って。あいつ、アレが自分のベストスタイルだと思ってるらしくて。ダサすぎるって鼻で笑ってやったら、凄い顔してた。見せたかったな。なかなか見れないよ、あいつの変顔」


「芝山君に面と向かってそんなこと言っちゃったの?」


「言ったよ?」


「怒らなかった?」


「さぁね。さっきも言ったけど、変顔はしてたかな。怒ってたかどうかは分かんない」


「芝山君、容姿からかうのNGだったはずなんだけど」


「からかってない。指摘。誰も言わないからダサいって分かんないんでしょ? だから教えてあげたの」


 ふぅとため息。

 髪型だけじゃなくて、哲弥は私服もかなりダサい。一昔前のオタクみたいで、その辺もどうにかして欲しいんだけど、それを言うと美桜はまた変な誤解しそう。

 顔の作りは悪くないから、多分、髪型と服装なんだよ、あいつの場合は。


「なるほどね。確かに怜依奈に言われないと、大人になってもあのままかも。彼、変なことにこだわって人の意見聞かないことがあるから」


 クスクスと、女子二人で笑い合う。

 大人になってもキノコカットのままスーツを着てる哲弥を想像して。


「――誰が変なことにこだわってるって?」


 と、急に件の哲弥の声がして、私達はハッと息を呑んだ。

 マズいマズい。本人に聞かれて困ることでもないけれど、一応気は遣わないとね。


「誰って、それは」


 顔を上げながら言いかけたところで、ドキッと心臓が激しく鳴った。

 目を疑う。

 声は確かに哲弥だったのに、哲弥じゃない誰かがいる。


「え、芝山君?」


 美桜も顔に手を当てて驚いている。


「どどどどうしたの、その髪」


 図書室の中、なるべく静かにしなくちゃいけないのに、美桜は珍しく大きな声を出してしまっていた。


「切った」


「きき切ったって。ええっ?! えええっ?!」


 声も出せないくらい驚いている私の代わりに、美桜が変な声を出した。

 静かにって本当は注意しなくちゃならないところだけど、待って。無理。理解が追いつかない。


「この前、怜依奈に馬鹿にされたんだよ。切りたくない理由があるのかとか、切れば印象変わるのにとか言われて、ムッとして切った」


 キノコカットじゃない哲弥がいる。

 サイドをスッキリさせて、全体的に短く切って、額をしっかり出している彼は、哲弥だけど哲弥じゃなかった。


「美桜も怜依奈も、何そのリアクション。似合わないからって言っても戻せないから、変なリアクションされると余計イライラするんだけど。髪伸びるまで結構かかるんだよ?」


「――も、戻さなくて良いから。芝山君、どうして今まであの髪型だったの? ね、ねぇ、怜依奈」


 美桜が同意を求めてこっちを見てくる。

 私はもう、どう反応したら良いのか。

 キノコカットの哲弥が、一体どうしたらこんな。

 あれ? 元々こんな顔だっけ?

 どうしよう。いつもは前髪で隠れてる額が見えて、耳元がスッキリして。

 ちょっと待って。

 普通に。


「か、カッコいい……」


 自分の口から零れ出たセリフに、私が一番ビックリした。

 そして私のセリフに哲弥も驚いて、顔を真っ赤にしている。


「あ、ごめ……。でも、いやホントに」


 ドギマギしている私の席の真ん前に、哲弥は座った。目線が一緒になる。

 チラリと見ると、いつも前髪で隠れている目元までハッキリ見えて、それだけで胸がキュンとしてしまう。

 眼鏡はそのままなのに。髪型が変わるだけで、こんなに変わる?!


「怜依奈大丈夫? 顔真っ赤なんだけど」


 美桜に言われて、益々恥ずかしくなった。

 最悪。

 凌じゃなくて、今私、哲弥にキュンッてした?! 哲弥に?!


「全く、調子狂うな。来澄きすみは? まだ来てないのかよ」


 哲弥は無理にいつも通りにしようと、ちょっとわざとらしい言い方をした。

 ヤバい。髪型で修正がかかって、哲弥なのにまたキュンッてしてしまう。

 いけないいけない。

 呼吸を整えよう。私、何をドキドキしてるの? 目の前にいるのは、ダサダサ男の哲弥なんだよ? 私は凌みたいな、ストイックな男が好みなのに……!


「何だよ怜依奈。ボクの顔に何か付いてる?」


「ひぇい?!」


 変な声が出た。

 慌てて口を塞いで、ブンブン顔を横に振る。


「付いてない付いてない! い、いつ切ったの?」


「昨日は早めに解散しただろ。そのあと」


「てことは、今日はその髪だった……。クラスも違うし、気付かなかったわ。ねぇ、伶衣奈」


 うんうんと、美桜に向かって必死に相づちを打つ。

 哲弥と凌は2つ隣のクラス。私と美桜は同じクラス。2年の時はみんな同じクラスだったけど、3年でクラス替えしてからは、学校でも顔を合わせる時間が減った。それが寂しいのもあって、こうして放課後、遅くまで図書室に入り浸っている訳なんだけど。


「日中何度か擦れ違ったのに、怜依奈、完全無視だった」


「え?! 嘘?!」


 哲弥がムスッと私を睨む。

 その顔だって、いつもと同じはずなのに、雰囲気全然違って見えて。


「凌はその髪型、何か言ってなかった?」


 美桜の言葉を聞きながら、哲弥はリュックの中から分厚い参考書を何冊かテーブルの上に置く。その手つきが、何だかいつもよりちょっとイライラしているような、落ち着かないような。


「来澄と一緒に行ったんだよ。床屋」


「凌と?」


「イメチェンするなら思い切れとか何とか。理容師さんと一緒になって、人の髪見て楽しそうにしやがって。サラサラの髪質、気に入ってたのに。幼稚園の頃から一度も短くしてないんだぞ。全く、短すぎて落ち着かない」


 極端に怒っている様子はないけれど、何だか気恥ずかしさを隠すように言い放つ哲弥に、私のキュンキュンは止まらなかった。

 哲弥だよ?

 いつも頭がいいの鼻に掛けてて、優等生面してる、キノコカット眼鏡の哲弥だよ?

 髪型だけで何キュンキュンしてんの?! 落ち着け、私の心臓……!


「惚れ直した?」


 赤面する私に、哲弥は言った。

 しかもサラッと。


「は、ハァ?」


「ボクの新たな魅力に気付いたか」


 顎に手を当て、ちょっと気取ったポーズをしてくる哲弥を、私は凝視できなかった。


「べ、べつに最初からほ、惚れてないし」


「素直じゃないな、怜依奈は。ま、そこが良いんだけど」


「やっぱり、付き合ってるのよね? 2人とも、いつの間にか下の名前で呼び合ってるし。前は名字だったような……」


 美桜が口を挟む。


「だから、違っ」


 否定しようとしたところで、


「付き合ってるって聞いたけど」


 バッグを肩に引っかけた凌が現れる。

 小さく手を上げ、美桜と目配せ。美桜もニッコリして凌の合図に答えている。

 空いている美桜の前の席によいしょと腰を下ろして開口一番、


須川すかわに嫌われたくないから髪型どうにかしたいって、芝山が泣き入れてきたんだよ。で、思いっきり切ったら爽やかイケメンじゃん。成功成功」


 私に、嫌われたくない……?

 凌のセリフを聞いて、私はまたドキドキした。

 え? え? え? どうなってるの?!

 誰が誰と付き合って。


「やっぱり付き合ってるんじゃない。髪切った芝山君、カッコいいし。お似合いよ?」


 待って待って。

 哲弥のヤツ、勝手に私と付き合ってることにしてたの?

 告白もされてないのに?


「違っ! 付き合ってない。哲弥とは単に」


「あ……、そうか。ずっと怜依奈と一緒にいたから、てっきり言ってたのかと思ってた」


 ンンッと咳払いして、眼鏡の端をクイッと上げ、哲弥はいつになく真剣な顔をして姿勢を正した。

 私はビックリして肩をすくませてしまう。


「怜依奈。ボクは君のタイプじゃないのは何となく分かってるけど、それでも言うよ。君の女子力の高さと、可愛らしさに救われる。こんな目つきの悪い、彼女持ちの訳あり男なんかより、ボクの方がずっと君のことを大事に出来る自信がある。正式に、ボクの彼女になってよ」


 真剣な目をして、哲弥が私のこと、じっと見つめてる。


「何さりげなく人のことディスってんだよ」


 凌が何か言ってて、いつもならそっちに目が行っちゃうんだけど、今は違う。

 人前で堂々と、こんな風に告白できるなんて。

 もしかして哲弥って、めちゃくちゃカッコよくない……?!


「わ、私で良いの? 美桜みたいに美人でもないし、頭もそんなに良くないし、凌のこと、彼女出来ても諦めきれなかったような女だよ?」


「そんなのはどうでもいいよ。で? 返事は? オッケー?」


 私はこくんと頷いた。

 途端に、


「――よっしゃあッ!!」


 ガタッと音を立てて立ち上がり、哲弥が今日一番の声を上げた。


「そこの3年生! さっきからうるさいよ!」


 間髪入れず、図書委員から注意され、哲弥は恥ずかしそうな顔をしてゆっくり席に座り直した。






 *






 好きな人がいる。

 自分が一番カッコいいつもりで、でも全然カッコよくなくて。

 だけど一生懸命相手のことを思いやってくれる人。

 私の嫌なところも、笑い飛ばして好きでいてくれる人。

 かなりダサいのが玉に瑕だけど、まぁそれは、これから少しずつ直していけばいいや。


「そういえば、怜依奈は髪型以外で芝山君のこと、悪く言ったりしなかったわよね?」


 帰り道、美桜に言われてハッとした。


「そ、そうだっけ?!」


 自覚はなかった。でも、そうかも。思い出してみれば……。


「ってことは、もう嫌みったらしく髪型がどうの言われなくて済むわけだ。良かったな、芝山」


 美桜の隣で凌が、哲弥の頭をポンポンしている。

 うるさいなと凌の手を払いのけ、哲弥はフンと鼻を鳴らした。


「こんなことで怜依奈の心が掴めるなら、もっと早く切っとくんだった」


「そうよ、芝山君。元は悪くないんだから。だいぶあの髪型に拘ってたみたいだけど……」


「ま、まぁ。母の希望で。サッパリ切ってショック受けてたけど、怜依奈が喜んでくれるなら、いい……かな」


「なんだ、母親かよ」


「芝山君らしい」


 髪型ひとつだけど、拘りを捨てて一歩踏み出した哲弥が、いつもよりずっとカッコよく思えて嬉しかった。



<終わり>

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