第9話 仕切り直し

 僕とトニーは今、2人で喫茶店にやって来ていた。


メイドたちの話を盗み聞きしていたら、思いもかけない話を耳にしたショックですぐにあの場を退散してきてしまったからだ。


「……知らなかった。まさか……シェリルが病気でもう長くは持たないなんて……」


すっかり生ぬるくなってしまったコーヒーを口にすると、ため息が漏れてしまった。


「ええ、本当にそうですよね…私もショックです。しかし、ローレンス様。シェリル様は仮にも許婚の方ですよ?15年間も一緒にいられた方なのに異変に気付かれなかったのですか?」


トニーが僕を責めるが、流石に何一つ言い返すことが出来なかった。


「シェリルは…自分の命が短いことを知っているんだろうな。だから突然僕のことを大嫌いだと言って、婚約破棄を言い出してきたのかもしれない」


「ええ、恐らくそうに違いありません。シェリル様は本当にお優しい方ですね……。ローレンス様の為を思って婚約破棄を言い出したに違いありません。それで?これからどうされるおつもりですか?」


そしてトニーはパンプキンタルトを口に入れた。


「まずは、彼女に内緒でシェリルの両親に面談を申し込む。そして本当にシェリルの寿命が短いなら…‥婚約破棄は受け入れない」


「え?それはどういう意味ですか?」


首を傾げるトニー。


「決まっているじゃないか。僕は15年間もシェリルの許婚でありながら何一つ彼女にし許婚らしいことをしてあげたことはないんだ。デートと言う名目で月に2回は会っていたけれども互いの屋敷を行き来して、せいぜいお茶を飲むくらいだ。2人きりで何処かに出かけたことすらない。それどころか手を繋いだことすらないんだ。まぁ小さな頃は手を繋いだことはあったけれども、あんなのは数にカウントされないからな」


「何ですって?それでは一緒にパーティーに参加したことも無いのですか?」


「ああ、僕はパーティーは嫌いだから一度も参加したことは無い。シェリルは自分の兄と参加していたようだけどね」


「シェリル様のお兄様ですか……。確か今は別の国でお仕事をされていましたよね?」


「そうらしいが‥‥かれこれ5年以上会っていないから良く知らないんだ」


そして皿の上に乗ったキャロットケーキを口に入れた。


「成程……つくづく最低な許婚だったのですね。ローレンス様は」


「うっ!」


中々トニーは鋭いところをついてくる…が、悔しいことに僕には何一つ言い返せない。


「とりあえずトニー。一度屋敷に戻ろう。まずは仕切り直しだ。そしていつもの服に着替えたら、再度シェリルの屋敷に向かうとしよう」


「分かりました。お供させて頂きます。どうやら、今度ばかりは本当にシェリル様のことを考えていらっしゃるようですからね」


「ああ、そうだ。もし、仮にシェリルの命が残り僅かなら…今までの罪滅ぼしとしてシェリルに尽くすつもりだ。そして彼女が天国に召され時は傍にいてやりたいと思っているよ」


そうだ、これは僕の贖罪なのだから。


「ローレンス様…今の言葉…感動致しました。かくなる上は、私もシェリル様が心置きなく旅立てるように協力させて頂きます!」


「よし!ならすぐに屋敷へ帰ろう!」


「はい!」


シェリル‥‥もし君の命が本当に短いなら、何があろうと最期まで傍に寄り添うからな!


僕は心に誓った――。

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