第3話 森での採集

 先ほどの川のほとりから見える範囲だけでは薬草が十分に繁殖はんしょくしているかを判断することが難しいため、森へ分け入って観測する。

目印をつけることが難しい森で迷子にならないために、麻紐あさひもを川辺の木に固く結んで手から垂らしながら周囲を探索する。

ダーラム交易都市国家の方角は森の南西なので、森の奥に向かうには北東に向かえばいい。

川は北に向かって上流に続いているようで、進路を川から45度くらいの角度で進むことにした。

手持ちの麻紐の長さは約200メートル。

川辺付近を観察するなら十分だろう。

麻紐がきるまでに辺りを観察したところ、紫の薬草はいたるところに繁殖していることがわかった。

既知きちの種類の薬草もいくつかあり、いずれも十分に繁殖している様子がうかがえる。

見たことのない種類の草木や苔、菌類もあった。

背負い鞄リュックから植物でんだザルを取り出して、来た道を戻るついでに採集を開始した。

ほどなくしてザルにはこんもりと薬草が積み上げられた。

研究用に少しだけ新種たちの一部も集めておいた。


 ザルを手に、川のほとりまで戻ってきた旅人は、採集した薬草が落ちないように、回収した麻紐でザルを包み込むように結ぶ。

日はまだ高い。

日のかげ夕刻ゆうこくまではまだ時間はあるが、今日は収穫があるため野営地跡に戻ることにした。

戻る道のりの途中で本日の晩御飯に小魚でも調達ちょうたつしたい。

森の中を歩く上で集中力の持続が体力をぐのだ。

何かせいのつく食事を、タンパク質を補給しなければ、明日も探索し続けることは難しいと感じていた。

頭の中で、来た道の途中の川の地形を思い出しつつ、魚の捕獲地点ほかくちてんしぼり込む。

少し川幅が広くなって流れもゆるやかな地点があったはずだ。

そこなら日があたるので、目視での捕獲に最適だろう。

小魚は、流れが緩やかなところで休息をとることも多い。

川底が深ければ中型や大型の肉食魚も小魚を狙ってやってくることもある。

目的地を通り過ぎないように川沿いを下流に下り始めた。


 今朝歩いてきた川沿いを引き返しながら、捕獲方法を模索もさくする。

一度通った道なら、少しの考え事をしながらでも歩くことが出来るので、明日からも積極的に探索範囲を広げていきたいところだ。

覚えていた川幅が広くて流れが緩やかな地点まで戻ってきたが、残念ながら中型や大型の肉食魚が入って来ることがない浅い流域であることはすぐにわかった。


 気を取り直して獲物の痕跡こんせきの有無を調べる。

水面に目をらすと、水流に逆らって泳ぐ小さな魚の背がキラリと光を反射した。

かなり小さい。他の魚がいないか辺りを見定めると、数種類の魚の背姿が見える。

植生が豊かな森は生き物の多様性もまた豊かなのだろう。


 見つけた魚達の中で、泳ぎ方の特徴から草食魚らしい種類に当たりをつけて小一時間程、行動を観察していた。

彼らは浅瀬あさせ水苔みずごけが豊富なところを中心に泳いでいる。えさが豊富にあるためか、体高はこの浅瀬の中では大きい方に見える。

動きはそれほど俊敏ではないが、何度か視線を外されて探し直すこともあった。

他の魚よりも大きさがあるのですぐに見つかる。

この水域すいいきでの生息数せいそくすうもなかなかのようで、少なくとも20尾ほどの個体を目視できた。

もう捕獲に取り掛かろう。


 背負い鞄リュックから麻紐を編んで作った小網こあみを取り出す。

荷物の関係で持ち手はないので、現地調達する。

木の小枝を見繕みつくろって網が広がるように結び付ける。

さらに長い木の枝をにして手持ちの長網ながあみに早変わり。

衣服を脱いで乾いた岩場に置いて、出来立ての道具を手に川の下流から魚のいる水苔の辺りに向かう。

水に入った時点で視界の範囲内でも数匹の小魚たちは岩陰いわかげに回避行動をとったようだが、上流から近づいてしまうと全体の魚が逃げていただろう。

できるだけ獲物を残すには下流から入るのが良いことを経験から知っていた。

残った魚をどのように捕らえるかが重要だ。

旅人は下流側で水苔の生い茂った平たく軽そうな小石を手に取り、長網の中に数個置いた。

その長網を水苔の少ない浅瀬に、できるだけ旅人から離れた上流側の水面に向かって差し込んだ。


 長網を差し入れてから、じっと待つこと30分程で旅人の長網に獲物がかかった。

狙い通りの草食魚が一尾、網の中に入ってきたので、素早く網を引き上げた。

網の中では小魚が跳ねている。

川岸に上がり、背負い鞄リュックから素早く小刃物ナイフを取り出し、小刃物ナイフを起点に魚の頭から近い首の骨を手折たおる。

一つの命をうばい自らのカテとすることは、決して軽く受け止めてはいけない。

なるべく苦しむ時間を与えずに、そしてその命を無駄にしないよう、過剰かじょうに奪うことのないように、その土地の生態系を崩さないように、様々なことを思い、考えることが重要であることを、その小さな旅人は知っていた。

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