第44話 陽気な船旅!…おや?なんだか雲行きが…

せかせかと歩いている船員の後ろをついて行きながら私は何となく思っていた。


サードには国の関係者には近寄るなって言われているけど、相手は国の軍人なんだからこれって国の関係者に近寄ってるんじゃ?


でもサードも強く引き止めなかったし、もう後ろをついて行ってる状態だからとにかく後ろをついて行くと、船員はあるところを曲がっていって立ち入り禁止と書かれた戸を開けた。


戸の向こうには暗くて狭い空間の中に鉄製のはしごが浮かび上がっていて、船員はそのはしごに慣れた手つきで飛び移って私たちの方をわずかに振り向いた。


「少々不便な所を通りますが、あまり人目につくのもはばかれるので」


そうしてカンカンと音を鳴らしながら登っていく。

まずアレン、そして私、最後にガウリスの順番で登っていこうと…、


「うわっ、床がない!」


中に普通に進もうとしたアレンが慌てて飛びのく。


「このはしごは船底から最上階までつながっておりますので、飛び移ってください」


船員はとっくに上まで登っているみたいで、遥か上の方からくぐもった声が聞こえてくる。


「先に言ってくれよ、落ちるとこだったじゃん」


アレンがぶーぶー言いながらその長い手足ではしごを掴んで登っていく。


でも船底まで続いてるって…落ちたら死ぬわよね…。


ソッと下を覗き込むと、下は真っ暗で何も見えない。上を見ると登っていくアレンの下半身が見える。


はしごまでの距離はないから、ちょっと体を前に傾けただけですぐに掴める。でも下の真っ暗闇を見ると足がすくんだ。


「大丈夫ですか?」


ガウリスから心配そうに声をかけられて、ハッと我に返った。


「大丈夫よ、これくらい」


下を見ないようにして、えいやっとはしごに飛び移った。ひんやりとした固い手触りが手の平に伝わる。


ちゃんとはしごを掴めたならもう大丈夫。あとは前だけを見てひたすら登っていけば。


そうやってひたすら登ってたどり着いた所はのんびりと安らげるような客船の空間じゃなくて、質素な鉄製の壁と様々なスイッチにレバー、大きい舵やそれを操作する人、立派な椅子などがある軍部といえるような部屋だった。


「ここが、船長室?」


アレンに手を引っ張られながらはしごから離れると、あのカチッとした船長が振り向いて、


「そう!ここは船長室です、よく来てくださいました!」


と答えて、両手を広げて近寄って来た。


「いやあ、急にお呼びだてして申し訳ない。実は話したいことがありまして」


キビキビと動きながら椅子を三人分用意して座るよう促してくるからそのまま座る。船長は全員座ったのを見計らってから、


「そう言えば勇者様のご容体は芳しくないようですな?衛生兵…っと、失礼、医務の者からもう陸地に戻した方がいいとのことを聞きましたが」


やっぱり軍の関係者にはサードの容態は筒抜けみたい。


「もう二日ほど先に進んだら岬のある陸地に近い所を通ります、その時に船員を一人をつけますから脱出用の船で共に岬に向かってください、この岬はもう隣国ですから皆さまが立ち去ると同時に私が先に事情を通達しておきましょう、そうすれば不法入国にもならないはずです」


もしかしてそのことで私たちを呼んだのかしらと思っていると、アレンは、


「話ってそれ?それとも他に何かあったの?」


と切り出した。


船長は大きい鼻穴からフムー、と息を吐き出して、首を横に振った。


「実は少々雲行きが怪しくなりまして」

「天気が荒れるんですか?」


ガウリスが返すと、船長はハッハッハッ!と腹から笑った。


「いいえ、天候の事ではありません。実は数日前から少々、暴れまわっているという情報が他の船から入りましてね」


「何が?」


私が聞くと、船長は私の目を真っすぐに見て答えた。


「海賊です」

「海賊…」


そんな、海賊は数を減らしてるって言ってたのに…。


「海図は読めますかな?読めなくても構わないですが」


船長の言葉に私たちをここまで連れてきた船員の人が丸まっている大きい紙を一枚持ってきてテーブルの上に置いた。


「俺、少し読めるぜ」


身を乗り出しながら言うアレンに、船長は、ほう、とアレンに目を向けた。


「船に乗った経験が?」


「冒険者になるまで商船の手伝いをしてたから、親父から覚えとけって言われて」


「…なるほど。どうりで武道家というより荷揚げをしている者に近い体つきだと思いました」


アレンはその言葉にギクッと肩を揺らしたけど、船長は構わず、


「あなたほどの高身長でその程度の筋肉しかついていないのなら、中年期に腰を痛めやすくなりますぞ。僭越(せんえつ)ながら申し上げますと、もう少々背筋と体幹(たいかん)を鍛えたほうがよろしいかと」


と一方的に話しながら海図を広げた。


茶色い紙の隅には陸地の絵が描かれて、そして方角を示すギザギザの白黒の模様、あとは点々とした線が海っぽい場所に張り巡らされている。


「本来この海図は軍のもの以外には見せてはならないのですが、勇者御一行なら構わないでしょう。今、我々はこの線上を順調に航海中です」


国の機密情報だとサラッと言いながら船長は地図の上に指をスッスッと這わせる。


まあ、見たって海の地図らしいということ以外何が何だかよく分からないけど…。でもアレンは、へえ~と言いながらあちこちを見ている。


「そして他の船からこちらの海域の方に海賊が出て、我が国と隣国の商船を連続で襲っていると情報が入りました。ここは大体商船が行き交う航路です」


今進んでる所とは少し離れた別の線の上をトントンと叩く。


「そして今、我々の乗っている船が一番近い所に居るのです」


船長はまるで私たちのまるでこちらの反応を窺(うかが)っているような目つきで一人ずつの顔を覗き込んでくる。


「まさか戦うとでもいうのですか?一般人も乗せたこの船で?」


ガウリスが心配そうに言うと、船長はバリッと背筋を伸ばした。


「ここ数日の間に我が国隣国の商船が続けて四そう襲われました。そのうち死者二十二名、負傷者三十八名。行方不明者六名。

そのうち一艘は未だに行方知れずで乗船している者たちの安否は分かっておりません。この船は名目上客船となっておりますが、モンスターや海賊の攻撃に備えた装甲船でもありますし、戦いに適した造りになっています。私の立場上、情報が入ったのに無視するというわけにはまいりません」


「…」

ガウリスは口を開きかけたけど、何も言えないような顔で口を噛みしめた。

一般人を巻き込んで戦うのは納得いかないけど、実際に死者もけが人も出している海賊の討伐と言われるとそれ以上は何も言えなくなったみたい。


「お二方の意見は」


船長が私とアレンに目を向ける。


「その海賊ってどれくらいの数なの?」


とアレンが聞いた。


「生き残った者たちが言うには商船そのものだったそうです。もしかしたら商船を装った外観にしているか、行方不明の商船を乗っ取っているのかもしれません。

普通、どの船にも救難信号を発信する魔法陣の装置があるものですが、未だにその信号が送られていないようなので乗っ取られた線が大きいと私は睨んでいます。大きさ的には最大で四十人ほどが乗れる大きさだというので、人数はそれなりですな」


「手口とかわかんねえの?」

「手口は…」


アレンはもう討伐しにいくので決定と思っているのか話をさくさくと進めている。


サードもやると言ったら他の意見は聞かない男だからアレンは一度決められたことは覆しようがないと思っているのかもしれないけど、サードがあんな状態なんだから、できるならそんな海賊討伐なんてやらないでさっさとその岬の近くまで進んでほしい。


でも船長が示した海図だと海賊の出る海域の方が陸地に近いから、結局海賊のいる地域に向かった方が岬も近くなるのかしら…。

地図すらろくに読めないんだから、こんな海の地図を見たってよく分らない…


「お嬢さんも、それでよろしいかな?」


ハッと海図から顔を上げて、慌てながら、


「ごめんなさい、話を聞いてなかったわ」


と謝った。


船長はそんな私の様子を見て、ふふふ、と表情をデレッと崩す。


「いやあ、あなたを見ていると娘を思い出しますなあ。うちの娘も妻に似た金色の髪の毛の可愛い子でねぇ。

先日誕生日だというので服を送ったのですが、仲間内の女性らにこのような服を送ったと言ったらダサいだの、時代遅れだのと散々けなされたので娘も気に入らなかっただろうと落ち込んでいたのですが、この船が出航する前に手紙が届けられたのですよ。

それが娘からで『誕生日プレゼントありがとう、パパ大好き』と書かれていて…。今年で十六になる娘なんですが、普通パパが嫌いという年齢なのに何て素直ないい子に育ったんだと感激して…。あ、うちの妻と娘の絵姿がそこに…」


とウキウキと絵姿を取ろうと腰を浮かせる。


でも私たちをここまで連れてきた船員の冷ややかな視線に気づいたのか、子煩悩な顔は引っ込んで、カチッとした軍人みたいな表情に戻って椅子に座り直した。


「話がそれましたな。別に全面的に戦うわけではありません、海賊を再起不能に陥れる、つまり船をある程度破壊できればいいのです。この船の一階には大砲も積んでおりますので、商船程度の船ならマストに一発命中させればもはや航行不能でしょう。

ついでに海賊を全員捕えられたら最高の極みなのですが、これは我々が行いますので、あなたたちにも冒険者たちの手も煩わせません。いかがでしょう?」


それなら私たちが戦いに出ることもないし、船に乗っている一般の人に危害もいかなそう。


サードも心配だけど、連続で四艘の船が襲われてるんだからここで行かない、と言えばこれからも被害に遭う人たちが増えるかもしれない。

勇者一行としてここで首を横に振るわけにもいかないわ。


「分かった、行きましょう」


私がそう言うと、船長は白い歯を見せてニカッと笑った。


* * *


「…っていうことなんだって」


アレンが船長室での話をサードのいる部屋に戻って全部伝えた。


すると聞いているうちにサードの表情は段々と曇って行って、アレンが話終わる時にはまるで哀れみすら入っている表情になった。


「三人で行ってこのざまか?」


「だって被害も出てるんだし、勇者御一行としては見逃せないことでしょう?」


国の関係者には関わるなと口を酸っぱくして言われているけど、それと同じように勇者という肩書に見合う仕事をしないといけないってサードは言っていたはず。

間違った選択じゃないはずだわ。


「はぁ…」


サードはため息をついてから船の外に視線を向けて、ぽつりと呟いた。


「船長にしてやられたな」

「船長に?どういうことですか」


ガウリスが聞き返すとサードはのそのそと私たちに向き直って、休み休み話し始めた。


「国の軍部は海賊討伐に力を注いでいる、だが完璧に戦闘向きの軍艦を出すと海賊がすぐに気づいて逃げていく。だから客船の体(てい)を装って一般人を乗せて、戦闘に慣れている冒険者も乗るよう仕組んでいざという時の海賊討伐に臨んでいる。

だが一般の奴らはおおかた旅行だのバカンスだのでこの船を利用しているから、急にモンスターや海賊に襲われたならまだしも、わざわざ近寄っていくなんて言ったら嫌がって文句を言う奴らもいる」


うんうん、と私たちは頷いてサードの話を聞いている。


「だが、俺ら勇者一行にも相談していくことにした、と言ったらどうだ?」


ガウリスがそこで何かに気づいたようなハッとした顔で、


「ワンクッションおかれましたか…!」


と呟いて、アレンも、


「俺はそうかなーって思ったんだけどさ、何言っても無駄そうだから行くしかないかなって思って。別に俺らなにもしなくていいみたいだし。駄目だった?」


と頭をかいた。


二人は何か分かってるみたいだけど、私は良く分らなくてアレンとガウリスとサードの顔をキョロキョロと見渡す。


「…どういうこと?ねえ、何がワンクッション?」


サードは私を見る。

何も言わないけど「まだ分かんねえのかこいつ」と馬鹿にしている目だ。


アレンは私を見た。


「一般の人が『そんな危険なことをしに行くのか、ふざけんな』って船長たちに文句を言ったら『勇者御一行にも相談して、その結果行くと言いましたよ』と言ったとするだろ?そうなったら俺らも船長たちと話し合って討伐に行くって決めたんだなって皆思うじゃん?」


ガウリスも続けた。


「勇者御一行は国のみならず、民衆からは絶大な支持と人気、知名度を誇っています。そんな皆さんが行くと決めたと言ったなら、表立って上層部の船長たちに文句を言う人はまずいないと思います」


そこまで言われて私はようやく分かった。


「…それって自分たちに文句を言われないように、私たちの立場を利用してるみたいじゃないの」


「利用してんだよ」


とだけ言ってサードはまた窓の外を眺めた。


「…それだけで済めばいいけどな」


…何かサードが不穏なこと言ってる…。

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