第43話 陽気な船旅!…おや?船長が呼んでるだって…?

私とアレンはサードの部屋を立ち去って元々サードの部屋だったガウリスの部屋に向かうと、三人組の女の子…全員薄緑色の髪の色で着飾った服装の女の子たちが、キャイキャイ騒ぎながらドアをトントンと叩いているのが見えた。


ガウリスが顔を出すと、三人の女の子たちはポカンとした表情を見せて静かになる。


「あれ…勇者様?」

「違うでしょ、勇者様黒髪だって噂だし」

「金髪も女魔導士のエリーさんしかいないはずだよ」


三人はヒソヒソと話していて、ガウリスは、


「何故かこの部屋に勇者様がいると噂になっているようで私も困惑しているのですよ」


とだけ言った。


「ええー、せっかく服も決めてきたのにぃー」

「誰?勇者様がこの部屋に居るって言ったのー」

「マジありえねーし」


サードのあの酷い状態を見た後だから、そんな軽い気持ちで訪れて自分勝手なことを言っているその三人組にムカッとした。


「申し訳ありません」


しかも全然何も悪くない、むしろサードを守ってるガウリスが謝っている…。


「けど四階にいるんでしょ?」


「うん、船長が初日に四階まで来てこの辺りの部屋に行ったって聞いたもん」


「その部屋ってどこなのよ、あんた知らないの?」


女の子の一人が偉そうな態度でガウリスに指を突き付けて聞いている。


何て失礼な人なの!それが人に何か聞く態度!?


私の怒りは沸点に達して歩き出そうとすると、後ろからアレンが私の肩を掴んで引き留めてきて、私の頭に自分のオレンジ色のパンダナを巻き付けてからサササッと私を引きずるように曲がり角の影に隠れた。


多分私の金髪を隠そうと思ったんだろうけど、正直私より自分の赤毛を隠した方がいい。


「申し訳ありません、私は知らないのです」


曲がり角の向こうからガウリスの声が聞こえてくる。


「うそ、だって同じ四階でしょ?勇者様だけじゃなくて御一行の二人も見ないの?どんだけ部屋に引きこもってんのよ」


「同じ階なんだし、一回ぐらい見たでしょ?どっちの方向からきたとかも覚えてないわけ?」


「こっちは高い金だして売店で服も買ったんだから、それぐらい教えてくれたっていいでしょ」


女の子たちはヒートアップしてきて、まるでガウリスが全て悪いとでも言いたげに責め立てている。


何なの、あの人たち!

サードは具合が悪いのにそんな軽い気持ちでやってきて、サードがいないからって今度はガウリスに当たり散らすなんて!


文句を言ってやると飛び出そうとするけど、アレンは私の肩から手を離さない。


「離してよ、あんなふざけた人たちなんて追い返すわ!」


「ダメだって、今出ていったらサードの部屋に案内しろとか言われるかもしれないだろ?さすがに俺らじゃ知らないって言っても嘘なのはすぐばれるし、あんな興奮してる状態の相手が三人じゃまともに話も通じないよ」


「…」

アレンの言葉で少し冷静になる。


確かにあの三人組はサードが目当てっぽいから、今私が出て行ったらサードの部屋に連れて行くまでずっとあの状態のまま喚き続けるかもしれない。私はきっとそれに対してキレてしまう。


…勇者御一行という立場で船の中で客と言い争い合いをするのは避けたいかも。でもそれじゃあガウリスにあの三人組を押しつけるがままになっちゃう。

どうしよう、廊下で喚いてる人が居るって近くにいる船員に助けを求めに行こうかしら…。


「ならばここで勇者様に会えるよう神にお祈りをしましょうか」


船員を探しに行こうとしたらそんなガウリスの一言が聞こえてきて、私も、女の子三人組も一瞬考えが止まったのか静かになった。


「…はあ?」


女の子の一人から戸惑ったような、馬鹿にするような反応の声が漏れ出る。


「私は神に仕える者です。神は皆平等に愛を捧げ、人々の祈りを聞きどけます。あなたたちが心の底から勇者様に会いたいと願うなら、それを神に祈りましょう。そうすれば祈りは神に届き、あなたたちに祝福の道があるのならきっと勇者様に会えるはずです」


「え、神官なの!?その体格で?」

「はい、とりあえずは」


ガウリスは簡単に肯定してから続ける。


「ではまず神はどのような存在だと考えていますか?」


「え、ええ…?」

「知らねーし…」


女の子たちから戸惑っている声が聞こえる。

そりゃあいきなりそんなこと言われたら私だって戸惑う。


「神は全ての者を守り愛を与えるために存在します。そして愛とは何でしょう?神が人を、人が人のためを想い、与えるのが愛です。自分の願いを周りに押しつけるのは愛ではありません。それはただのエゴ、自己満足です、ここまでは大丈夫ですか?」


「…」


女の子たちはもう無言だ。でもガウリスは続ける。


「そして勇者様たちは今まで数々のモンスターに魔族を討ち果たしてきました。そして今はどうですか、船の中は?モンスターもいません、魔族もいません」


「そりゃいるわけないでしょ…」


しどろもどろに女の子の一人が返答する。


「愛を持って考えてみませんか?勇者という立場になってからずっと移動し続け戦いに身を投じていた勇者様とその御一行は、今ようやく落ち着いた環境でくつろげているのではないでしょうか?」


女の子たちは何も言わない。


「勇者様たちはきっと訪れたあなた方を受け入れてくださる優しい方たちです。しかし勇者様たちも人間です、今しばらくは船の中でゆっくりしたいと考えているかもしれません。特に勇者様は皆から一番注目される存在ですから、特に一人になりたいと考えているのかもしれません。

勇者様がいると噂になるだけでこのように私の部屋にも引っ切りなしに人が訪れるのです、私からしてみたらもう少し放っておいてもよろしいのではと思えますよ、どうせもう一ヶ月以上同じ船にいるのですから」


ガウリスはそこで口を閉じたみたいだけど、女の子三人組からの返答はない。

何となく冷静になったのかむっつりと黙っているのかもしれない。


「…あなた方が神に祝福され、勇者様に会えることを祈ります」


というガウリスの言葉が聞こえてくる。

あの妙に恥ずかしくなる祝福をしているのかもしれない。


その少しあと、女の子たちの、


「…戻ろっか」

「うん…」


という声が聞こえて三人分の足音が遠ざかっていった。


その音が完全に遠ざかってから、アレンと私はダッシュでガウリスの元に走って行き、扉を閉めかけていたガウリスに横からタックルするように抱きついた。


私たちの急なタックルを受けてもガウリスはビクともせずに、でも驚きながら受け止める。


「な、何ですか!?」

「ガウリス、すげーじゃん!」


アレンはバシバシとガウリスの広い背中を叩いて、私は、


「あんなに失礼な態度の人たちを上手く追い返すなんてすごいわ!」


とガウリスの太い腕をペンペンと叩く。


いつもだったらああいう面倒な人はサードの偽善的な言葉で受け流して離れているけど、今みたいに興奮していた相手を諭すように冷静にさせてから追い返すなんて…すごい!


ガウリスは笑って、


「宗教的な話にすりかえると大体の方は我に返るので、冷静になっていただくのにちょうどいいんですよ」


といいながら三人組が去っていった方向を見た。


「しかしあの方々は私の言葉に耳を傾け、それを考え、自らの行動を反省できる心根があるからこそ引き下がってくださったのです。あの方々は神から祝福を受けられるでしょう」


ガウリス…あなた良い人どころじゃないわ、もしかして聖人?聖人なの…!?


聖人と呼ばれる人に会ったことなんてないけど、きっとガウリスこそが聖人と呼ばれる人に近いんだろうなと私は思った。


* * *


ガウリスの聖人ぶりをみてから数日がたった。


どうやら酔い止めの薬は効いているみたいで前より戻すことも少なくなったし、「うぶっ」と不吉な音が漏れ出ることも少なくなった。


でも基本的にサードの容体は変わってなくて、未だにろくに物を食べられていない。それでどんどんとやつれてきている。


サードの部屋に訪れると先にアレンがいて、アレンが私に説明してきた。


「今まで医務室の医者に診てもらってたんだ。とりあえず栄養不足だからって栄養剤打ってもらって今日の分の酔い止めの薬をおいて行ったんだけど…。

次の港まで持たなそうだから脱出用の船に乗って陸地に戻った方がいいって言われたよ。もう二日進んだら少し陸に近い所通るみたいだから、その時に船員の誰かと一緒に行きなさいって」


どうやら医者もサードはこれ以上船旅はできない判断したみたい。


「でも私もそれで良いと思う。サードもそれでいいでしょう?」


「…。くっそ、金払っといてこれかよ…」


サードからは度々悪態が飛び出してくるようになった。少しでも元気になっている証拠だわ。


「一応、すりおろしりんごと、ついでにオレンジを貰ってきたの。食べましょう?」


毎日三回厨房に行っているからか、今日はついに一番偉そうなコックさんに声をかけられて、


「今日も勇者様はすりおろしりんご?オレンジたくさんあるから持って行って汁だけでも吸わせてやりな?」


とオレンジをもらった。


そこでその一番偉そうなコックさんの肩に勲章がつけられているのに気づいて、よくよく厨房にいる人たちを見てみると全員の肩に勲章がついていた。どうやらその場の全員が軍人だったみたい。


今のところサードが船酔いでダウンしているのは船の関係者に筒抜けになっているみたいだけど、乗客の人や売店の人(勲章はついてなかった)からはサードの容態を訪ねられたことはないから、一応勇者の立場を気遣ってサードの具合の悪さを言いふらしていないのかもしれない。


「はぁ…」


サードはため息をつきながら私の手からすりおろしりんごの入った器と木のスプーンを受取ってモソモソと食べる。


前みたいに何口か食べてあらぬ方向に顔を向けて戻しそうなのを我慢する素振りも無くなったみたいで、間をかけながらでも完食する。


オレンジは食べられるかしらと思いながら皮をむいて、はい、と一房サードに渡した。


サードは無言で受け取って口の中に入れる。


ああよかった、すりおろしたりんごだけじゃなくてこういう果物も食べられるようになって。


「美味そうだな。俺にもちょうだい」


アレンが手を出してきたからアレンにもはい、と渡して、ついでに自分の口の中にも一房入れた。


固い薄皮の触感の後に、酸っぱい酸味が口の中に広がっていく。


「んん~、酸っぱい!」

「エリー、楽しい顔になってる」


想像以上の酸っぱさに足をダカダカと動かしているとアレンにアハハ、と笑われる。


すると、コンコンコンとドアがノックされた。アレンが素早く立ち上がってドアの丸い穴から外を見て、ドアを開けた。


そこにはガウリスが立っていて、中に入って来る。


「あ、ちょうどよかったわ。ガウリスも食べて」


オレンジを一房ガウリスに渡す。ガウリスは「ありがとうございます」と受け取ってから、全員の顔を見た。


「今私の部屋に船員の方がいらっしゃいまして…。皆さんに船長室まで来てほしいそうなんですが」


「どうしたの?何かあったの?」


「いえ、まず来てほしいとだけ言われまして、何があったのかは…」


私とアレンが目を合わせて、サードとも目を合わせてから三人で頷いた。


「とりあえずサードはまだ体調が悪いから、俺とエリーとガウリスで行こうぜ」


「いえ、私は勇者御一行ではありませんから」


ガウリスは手を前に差し出して首を横に振った。


「ガウリスは勇者御一行じゃないって言うけど、今は一緒に旅してるんだから同じようなものじゃないの。大体にして船員だってガウリスに声かけにいってるんだからほとんど仲間だって思われてるじゃない」


私が言うとアレンも続けて、


「そうそう。勇者御一行って、勇者とその仲間って意味なんだし。それにサードがこんなに裏の顔見せたり、エリーと二人で船のチケット買わせに行ったのも信用してるってことだし…」


すると後ろから空を切る音が聞こえてきて、アレンの頭にゴインッと何かが当たった。


「いっで!」


アレンの頭に当たったのはすりおろしりんごの入っていた木の器だ。


「いいからさっさと行って何があったか聞いて来い」

「酷ぇなあ。頭にぶつけることねえじゃん」


アレンが悲し気な顔をしてから器を拾って机の上に乗せ、外に出る。


私は渋るガウリスを促して外に出ると、部屋の外には勲章のついた軍服を着た人が立っていて、


「こちらへどうぞ」


と素早く歩き出した。

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