第29話 絞首刑の山で

オアシスでの雨の一件でドラゴンの表面は艶(つや)やかさに磨きがかかって、生き生きとしている。

そのおかげか空を飛ぶのも危なっかしくなく安定した飛行を続けていた。


最初はケルキ山まで一ヶ月半もかかると踏んでいたのに、今日の一日、ドラゴンと出会った山間部の村から目的のケルキ山付近まであっという間に来てしまった。

それも王都の上空を突っ切ってドラゴンが現れたと騒ぎが起こるのは避けたいからって王都を大きく迂回(うかい)しながらでも一日で。


私はドラゴンのトゲのようなたてがみをなでる。当初はゴワゴワしている感触が強かったけど、今は艶々と触り心地がとてもいい。


「お腹が空いてるのもあったけど、乾燥でも弱ってたのね、きっと」


「こいつは水辺に居るのが普通だからな」


またサードは自分だけが何でも知っているとばかりのことを言うから、何度目かの同じ質問をした。


「サードの生まれ故郷にはこういうドラゴンがいたのよね?」


「伝説上にはな。本当にいるって信じてるやつの方が珍しいんじゃねえの?」


またはぐらかされるかと思ったけど、サードは今回あっさり答える。やっぱりさっき殴ったことを少しは悪いと思っているんだわ。サードにも悪いと思うそんな気持ちなんてあったのね。


「けど伝説上のモンスターでもモンスター辞典には載ってるはずじゃね?何でこのドラゴン載ってなかったんだろ」


アレンも気になったことを聞くと、サードは鼻で笑う。


「知らねえなら載せようもねえだろ」


「…?」

私もアレンも頭に「?」マークを浮かべて首を傾(かし)げた。


モンスター辞典は世界各国のモンスターが載ってるものなのだから、伝説でも存在したという話があればモンスター辞典に載っているはず。


そうなると何でサードはこのドラゴンのあれこれを細かい所まで知っているのという疑問に戻るんだけど…。


するとガクンッとドラゴンが降下を始めて、私たちはドラゴンの毛にしがみついた。


「これがケルキ山?」


眼下に広がるのは緑の山だ。


あれ?と周囲に広がる果てもない赤茶けた砂漠の光景と、熱気で揺らいで見える王都を見てからケルキ山に目を戻す。


この国はここまでずっと砂漠の広がる大地が続いてきていた。それなのにケルキ山には砂漠に似つかわしくない緑が映えている。


でももう少し地上に近づくと王都付近にもパヤパヤと緑色の木が生えているように見えるけど、どうみても雑草のようにしか見えない。


ドラゴンはケルキ山の頂上に到着して、私たちは降りて辺りを見渡す。

思ったよりもケルキ山は小さい山で、ドラゴンがその長い体で山にグルリと二巻きしたらもう巻き付けないくらいの大きさだ。


それに上から見たら赤茶けた砂漠の中の緑の山に見えたけど、降り立ってみると木は思ったより小さいし、木よりもゴツゴツとした石と岩の方が目立っている。


と、岩の向こう不穏な物が見えてウッと引いた。


「ちょっとあれって…」


木の階段、階段を上った先にあるステージ状の板、その板から高く伸びる四角形の枠、四角形の枠の天辺からぶら下がる荒縄。


あれはどう見たって…。


「絞首刑用の台じゃねえか」


サードがこともなげに言うから私はゾワッとした。


「ウソ、やだやめてよ」


「ウソでもなんでもねえだろ、どう見たって処刑台じゃねえか」


そりゃあ冒険しているんだから、こと切れた人が行き倒れているのを見ることだってある。

でもこうやって人が死んだ(というより処刑された?)地にくるとやっぱり怖い。


よくよく見ればその絞首刑用の台は一つだけじゃなくて、高さの違うものが点々と四つ設置されている。


するとサードがふいにある方向に首を動かした。


私とアレンも首を動かすと、そっちは道が一本あって、妙に騒ぎながら誰かが駆けて来る足音が聞こえて来た。


サードはドラゴンに目を移し指を動かす。


「隠れろ、見つかると面倒くせえ」


隠れろと言われたドラゴンはウロウロと首を動かしてどこに隠れればと困惑している動きをしていたけれど、どんどん近づいてくる声に時間はないと山の斜面にズズズズ、と頭を引っ込ませた。


微妙に毛と角が見えるけど、ある程度周りの木に擬態できいるから大丈夫、…多分。


少し黙って待っていると、バタバタと足音を立てて駆けて来るのは白くゆったりとした服を着た浅黒い肌の若い男の人だった。


何故か手には分厚い本を何冊か持っていて、頂上にいる私たちを見つけると驚いたような顔をして息を荒げながら立ち止まる。


「どなたですか?」


若い男の人は汗を袖で拭いながらこちらに問いかけて来た。


そして後から遅れて黒い肌に白いヒゲを生やした老人が息も切れ切れによろよろと登って来る。

老人の方はあまりにも疲れてゼエゼエとしか言えないみたい。


「あなたがたは?」


サードが表用の爽やかな表情になって逆に問いかける。

意訳すると「てめえらが先に名乗れ」ということだろう。


若い男の人はムッとすることもなく、居住まいを直してまだゼエゼエ言いながらも背筋を正して腰を九十度に折り頭を下げた。


「これは失礼を、私たちは王都の者です。こちらの方はシャマーン・アウゼル大臣、私はその見習い補佐で名乗るほどの者ではありません」


大臣という言葉で、サードから警戒の混じった空気がピリッと流れる。


一つの国と親しくなると良くも悪くも他の国から目をつけられる。国の権力争いに巻き込まれたら身動きがとれなくて面倒だ。だから絶対に国を動かす権力者とは関わるな。


これがサードのモットーだ。


だから今まで国や貴族からの依頼には一切手出しをしていないし、お金を積まれて強く頼まれ脅されても断ってきているから、私たちは「権力になびかない=庶民の味方」という風に世間に思われている。

まあ国の依頼を受けないで一般人からの依頼だけを受け続けていれば、そう思われるのは当然だろうけど。


「ところで国の大臣らが息を切らしてまでどうしてこの山に?」


サードはあたりさわりもなく聞き返す。


大臣見習いの人は頭を上げて、


「それにしてもどうやって私たちより先に頂上に?私たちの前に人はいなかったはず…いえ、それよりモンスターのようなものが降り立ってきたので急いで駆けつけた次第なのですが、あなたがたも見ませんでしたか?」


とサードの問いかけには答えずに質問をぶつけて来た。


「…さあ?分かりません」


サードは心の底からの爽やかな笑顔で一蹴した。

あまりに輝く爽やか笑顔オーラに大臣見習いの人も言葉が継げなくなったのか口を閉ざす。


すると後ろの老人…いや、シャマーン大臣が大臣見習いの人の腕を掴んで後ろに引っ張った。


「バカ者、見て分からんか、この人らは…勇者御一行だ」


まだ息も絶え絶えにシャマーン大臣が一喝して、背筋を伸ばしながらこちらに大きい目を向けた。


「このような山に、何の御用でしょうか…。この山は…」


とまで言うとシャマーン大臣はむせはじめて、大臣見習いの人が背中をさする。そこでようやく落ち着いたようで再び背筋を正して私たちを見た。


「この山は昔、罪人を絞首刑に処した地で勇者御一行がいらっしゃるような場ではありませんが。まさか観光でもありますまい?何か依頼でも受けなさったか?」


昔ということは今はあの処刑台は使われていないのね。

でもカラカラに乾いた縄が風に揺れている様は妙に生々しくて、やっぱり嫌な気持ちになる。


「実はこの山に素晴しい知識を持つ方がいるとある筋(すじ)から聞きまして…」


サードがそう言うとシャマーン大臣はわずかに片眉を上げたけどあまり表情を変えないで黙っている。


「けど家っぽいのないよな」


アレンはそう言いながら見渡す。

周りにあるのは石、岩、木、絞首刑用の台がいくつかだけだ。


「…このような処刑跡に住む悪趣味な者などおられませんよ」


シャマーン大臣はそっけなく言って、サードはそんなシャマーン大臣を見てから大臣見習いの人の持つ本に視線を移して指さした。


「ところでなぜこの山に持ち歩きが不便そうな本を何冊も持ってきているのです?」


大臣見習いの人は一瞬目が横に動いたけど、すぐに笑顔で、


「これは我々大臣の見習い補佐が使う教育本のようなものです。見習いに必要なことが書いているのでいつも持ち歩いているのですよ」


でも二人の妙に一拍間を置いてからのそつのない言い方に笑顔は、何かを隠しているようにも見えるような…。

サードも妙なものを感じてる。だって二人の表情を伺うようにじっくり見てるから。


サードは疑いの心が湧いたらこうやって相手は今何を考えているのかとじっくりと相手を観察する。


そうやってじっくりと二人を見た後、サードは微笑んだ。


「王都の大臣見習い補佐は『つよい植物』『雨はどこからやって来るの?』『さばくのナゾにせまる』という子供向けの本を教育本としておられるのですか?変わっておられますね」


大臣見習いの人はギョッとした顔で本を慌てて背中に隠した。


大臣見習いの人とサードの距離は五、六メートルほどは離れているのに、本のタイトル…それも背表紙の小さい文字部分を全て読み取ったらしい。


「…」

「…」


お互いに無言の時間が過ぎていく。


何度か乾いた風が吹き抜けた時、らちがあかないと思ったのかアレンが口を開いた。


「何隠してるのか分かんないけど、俺ら聞きたいことがあって来ただけだから、別にここにいるのが魔族だからって倒しに来たわけじゃないよ」


その言葉に大臣見習いの人もシャマーン大臣もギョッとした顔をしてアレンを見て、大臣は渋い顔になりながらうつむいて、ため息を一つついた後に口を開いた。


「なるほど、その者が魔族だと分かったうえでここまで来たということですな」


その言葉に今度は私たちが驚く表情になる番だ。


「知ってたの?ここに住んでるのが魔族だって」


シャマーン大臣は頷く。


「知っているもなにも、本人がわざわざ宮殿まで赴いて『あの山を使ってないなら貸してくれ』と直談判しに来なさった」


「ええ、魔族が?わざわざ?兵士のいる宮殿に?」


アレンも驚いて聞き返す。シャマーン大臣も頷き、


「最初は頭のいかれた者が来たと兵士らも追い返しておりましたが…何度もあの山を借りたいと宮殿に来るので反省させる意味で牢屋に入れたそうなのです。

そして見張りの兵士が話をよくよく聞いてみたら自身は魔族だといい始めたと。また変なことをと対応しますが相手は至って正気で我々の知らない前魔王のいた頃の魔界の話をし始め、大昔に人間界にあった魔法だと見たこともない魔法を見せつけてきます。

その話を聞いても軽く百年以上生きているようですが見た目は若い。まさか本物の魔族かと、魔族をまんまと宮殿の中に入れてしまったと宮殿はパニック状態でした」


シャマーン大臣は一旦そこで区切って、話を続ける。


「そこで残り寿命もわずかな私が殺される覚悟で話に応じることにしました。その魔族は特に脅しも暴れもせずただ牢屋に留まっているのみで、話の通じる者と話したい。これのみを繰り返していて何が目的か分からなかったので…。

しかし対応してみるとその知識の深さと教養に驚かされました。それにこんなに人と対等に話をする思慮深い魔族もいるのかと。そして『山を借りる代わりにあなた方が必要な知識は最大限ご教授しましょう』と言って来た」


その言葉とさっきサードが言った本のタイトル、そして王都を囲むように生えている雑草のような木を思い出してハッと気づいた。


「もしかして、砂漠の緑化?」


シャマーン大臣はため息をつきながら深く大きく頷いた。


「ここ数十年でこの砂漠の緑はみるみる少なくなりました。干ばつや木の伐採、水を吸うモンスターの増殖で木が枯れるなど様々な原因はありましょうが、近ごろでは王都の町中にも砂が侵食してきております。

都の郊外ですと家の中に入る砂をかきだすのが一番の労働になって本来の仕事に支障が出て貧困に陥る家もあります。それに加えて飲み水の量も年々少なくなる始末…」


「けど、木が生えてたじゃないの」


雑草みたいなのが、と続けそうになって慌てて口をつぐむけど、シャマーン大臣は嬉しそうに首を縦に振った。


「これも全てその魔族の助言のおかげというものです。魔族の指示通り砂地や乾燥に強い雑草を植えることから始め、その植物が定着したら砂地に良いという低木を少しずつ増やしていきました。

木を薪にされないよう国から厳重に国民に注意し、兵士も見回りを続け、なけなしの水を木にかけ続けました。それを繰り返してようやくここまでになったのです。

それにこの山は王都からよく見える山だからと本人自らこの荒山だった所に木々を植え、国民に緑化を呼び掛けております。

そして本人が集めた本も一冊コイン三枚を払い二週間で返すという条件付きで貸出もしてくれます。この本も今返しに来たところなのです」


と言いながらふと表情を引き締めて、私たちの顔一人ひとりを見る。


「しかし本当に倒しにきたというのではないのですな?」


「本当に聞きたいことがあってここにきたんだよ」


アレンが頷きながら言うと大臣見習いの人は興味を持ったのか、


「聞きたい事とは?」


と質問してきた。


「実は…」


私はかいつまんでここにくることになった成り行きを説明する。


水にしか見えないモンスターが現れたこと、水に混じったそのモンスターに触れた手で食べ物を掴んで口に入れるだけでその表面の毒で頭痛腹痛が引き起こされること。

それをどうにかしたいけど現状じゃどうにもできないこと、天敵がいないから爆発的に増える可能性があること、だからここに住む知識のある魔族にどうにかならないか聞きにきたこと。


二人は途中からゾッとした表情で話を聞いていた。


「それは…どうにかせねばならない案件ですな」


「遠い地の話とはいえ飲み水が毒に侵されるなんて…今の我々には絶望しか感じられない話ですね」


水が年々減っているこの砂漠の人には、水がまともに飲めなくなるのは恐ろしい話だったみたい。


「しかしその魔族の住む所はどこなのですか?あなた方の話ぶりから考えるに何度か訪れているのでしょう?」


サードが質問した。


本を返しに来たのだからやはりここにその魔族が居るはず。でもどこをどう見ても誰かが住んでいるような場所はどこにもない。


するとシャマーン大臣は少しニヤリと笑って、ある方向を指さした。


「そこに立て札がありますでしょう」


今まで気づかなかったけど、見ると白い看板が立っていて何か文字が書いてある。


少し近づいてそれを見ると、


『三は滑って首が折れる、五は落下し肺が潰れる、十はよろけて地面に当たる、十三ついに首吊った』


「…なんだこりゃ」


アレンが看板に近寄って屈みながら文字を見る。


「魔族の住む場所に行くヒントです」


「ヒント」


アレンがおうむ返しするとシャマーン大臣が頷いた。


「魔術に詳しくない私にはよく分からんのですが、こことは別の場所に住んどるらしいのです。

ですが興味本位でここに来る者が多くなって迷惑だとこの立て札を立てとりました。この謎かけを解いた者だけが来れるようにと」


シャマーン大臣はいかにも手作りという簡素な看板をペンペン叩いている。


「…つまりあなたたちはこれを解いたということよね?」


分かってるなら教えてよとばかりに聞くと、シャマーン大臣も大臣見習いの人もニヤニヤ笑ってるだけ。


「お教えはしませんよ。本人曰く『こんな雑な問題すら解けない奴と会う気は無い』とのことですので。それでは」


シャマーン大臣は背中を向けて元来た道へ歩き出して、大臣見習いの人もその後ろをついて行く。


「帰っちゃうの?本は?」


聞くと、シャマーン大臣はこちらを振り向いた。


「私たちはすぐそこに住んでいるのでいつでも来られますが、勇者御一行様は冒険する身ですからお先にどうぞ。まだこの本の返却期間も余裕がありますから」


ゆっくりお考えくださいと白い歯を見せながらシャマーン大臣は去っていき、大臣見習いの人も最後に一度頭を下げてから大臣の後につき従った。


今まで国の権力者といったら下級貴族を見下し、価値があるとみるや目の色を変えて奪いにかかって来るような人しか知らなかったけど、あんな風に礼儀正しくて大らかな人もいるんだなと私は二人を見送った。

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