#7

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「こりゃ治らんな」


 武器屋の親父さんは、折れたあたしの細剣レイピアを見て言った。


「どうしても無理……?」

「無茶言うな。継いだところでどうせまたすぐ折れるわ。戦場で命取りになるぞ?」

「あまり無理を言うな、リン」


 ハイジも呆れた様子だ。


 しかし、近々傭兵として招集があると聞いた。

 できれば愛用の獲物は変えたくない。


 それに――


「でもこれ、アンジェさんの形見なんでしょ?」

「うん? そんなことを気にしていたのか」


 ハイジがフッと笑う。


「折れたって形見には違いないだろう。気にする必要はない」

「いや。それだけじゃないけど……」


 あたしにとってもこの剣はこれまでずっと一緒だった相棒なのだ。

 人を除けば、この世界にこれ以上執着のあるものはない。


「仕方ない。『黒山羊』よ、金はかかるが方法なくもない」

「えっ!? 直るの?!」

「直すのは無理だ。なら一度溶かして打ち直せばいいじゃろ」

「じゃあぜひお願いするわ! ……ハイジはそれでもいい?」


 チラリと顔色を伺う。

 たとえ素材が同じでも、作り直してしまうともう同じ剣とは言えないかもしれない。あたしには、思い出の品をそんなふうに扱っていいものかどうかはわからなかった。

 しかしハイジは気にした様子もなく、


「お前がいいなら構わない。だが獲物を変えても戦えた方がいいぞ」

「それはそれで訓練するからいいわ。それよりこれは『黒山羊』のトレードマークみたいなもんよ。手放してたまるもんですか」

「ならもっと大事に使え。薪割りに使うやつがあるか」

「なにぃ!?」

「う」


 確かに、剣で薪割りをするなどあり得ないことだった。

 あたしの剣の扱い方を聞いて、武器屋の親父が目を三角にして怒る。


ところで、とハイジが声を落とす。


「『黒山羊』の二つ名に抵抗はなくなったのか?」

「んー、ちょっと不吉だし、好きにはなれないけど……」


 あたしは「お前がそこ突っ込むのか」と思いつつ言い淀む。


「う、うる……『麗しの黒髪の戦乙女』よりは、千倍マシなのよ……」

「そうか」


 ハイジはニヤリと笑う。

 同時に武器屋の親父もニヤリと笑った。


「な、何よ」

「『戦乙女』といえば、ペトラ食堂の店主もそんな二つ名だったな」

「よくご存知で。ま、大袈裟な二つ名も、ペトラならお似合いよね」


 あたしには似合わないけど、と呟く。

 なんせこの世界の女性たちと比べたら、あたしときたら女っぽさが皆無である。

 チンチクリンだし、髪の毛ボサボサだし、細っこいし、陸上向きな体型だし。


 ふんだ。

 いいんだ、見た目よりも性能だ。

 ふんだ。


 百面相をしているあたしを面白そうに観察しながら武器屋が言った。


「あの女傑の手斧もうちの作だ。『歴代戦乙女御用達』と看板に書いていいか?」

「やめて!」


 冗談はともかく(冗談だよね?)、ペトラも英雄の一人だ。

 その武器を作ったと言うのであれば、よほどの腕だと言える。

 さすがはミッラのおすすめである。


「それなら安心して剣を任せられるわね」

「心配せんとも、元よりもよほど丈夫にしてやるわ。……ただし、もう薪を切ったりするなよ。剣が泣く」

「す、すみません……」


 薪だけじゃなくて、出先だと料理につかったり、伸びて鬱陶しくなったら髪も切ったりしているけど、それは黙っておこう。


 とりあえず、剣は元通りになるらしい。


* * *


「これ、査定お願い」


 ギルドに到着して、ドサッと毛皮をおろす。


 最近では、少しでも足腰を鍛えるために荷物持ちをやらせてもらっている。


 何でもありの剣技であれば、あたしの実力はハイジに迫る。

 だけど、地力のなさだけはどうしようもない。こう見えてめちゃくちゃ鍛えているつもりだけど、どうやら筋肉がつきにくい体質らしい。

 できればニコみたく、腹筋をバキバキにしたいのだけれど。

 ままならぬ。


「ギルドへようこそリンさん。お預かりしますね」


 ミッラが足早にやってきて、聞き慣れない口調で対応した。


「さん付けはやめてよミッラ。なんで敬語なのよ」

「それが、ギルド長から『お前が馴れ馴れしいから他領の連中に舐められるんじゃないのか』って言われちゃって」


 肩をすくめながら、ミッラがヴィーゴさんのモノマネをする。

 無駄に似ていて笑ってしまった。


「じゃあ『あたしがアンタに馴れ馴れしいのは誰のせい?』って伝えといて」

「無理よ! リンちゃんが直接言ってちょうだい!」

「あ、元に戻った」

「あたしだって、よそよそしいのは好きじゃないわよ」


 二人して笑う。


 こうしている間にも、他領から稼ぎに来た冒険者がこちらをチラチラ伺っているが、ミッラにわからないように威圧している。

 殺気のコントロールはあたしの十八番である。

 これのおかげで妙なのに声をかけられることはめっきり減った。


 そしてハイジといえば、興味がなさそうにさっさと二階に上がってしまった。

 信頼されていると言えば聞こえはいいが、この状況を見て何の反応もないというのはどうなのか。


* * *


 ハイジとの勝負に負けたあの日。

 その日は一晩泣き明かしたが、翌日には吹っ切れていた。

 ハイジも平然としている――ように見せかけて、実はちょっと気まずいらしく、いつもに増して口数が少なくなったので、後ろからゲシッと蹴っ飛ばしてやった。


 あの時、本来なら勝っていたのはあたしだった。


 でも武器が破壊されたのはあたしのミスだ。

 だからあたしは物言いをつけたりはしなかった。

 潔く、約束通りその件については一切口に出していない。

 おかげで、二、三日もするとハイジとの関係は元通りになった。


 その代わり、あたしは自ら『黒山羊』を名乗るようになった。


 ――戦うのが嫌なら、お前はここに残るといい。


 これが挑発なのは言うまでもないが、それでもちょっとしこりが残っているのだ。

 言っていいことと悪いことがあると思う。

 だからあたしは、何があろうと一生傭兵でいることを心に決めた。

 その覚悟を周りに表明しているつもりである。


 ハイジが戦うというのなら、もう止めはしない。


 きっと、もうしばらくは大丈夫なはずだ。

 それに、大丈夫じゃなかったとしても、ハイジは戦場に出向くことをやめはしないだろう。


 ならば、あたしはそれについていく。

 ハイジの横が、あたしのいるべき場所なのだから。


* * *


「戦場で死なない限り、ヴァルハラには入れない」


 と、ハイジは言った。

 ヴァルハラは天にある戦士のための館なのだそうだ。

 戦場で戦い、散った戦士たちはヴァルハラで再開する。

 だから、戦死することは戦士のほまれなんだそうだ。


「ヴァルハラで会おう」――と師匠と約束したハイジにとっては、戦死することすらも織り込み済みで、愛すべき日常なのだ。


 逆に武勲を上げた戦士であっても、戦うことを辞め、人を殺して稼いだ金でのうのうと生き延びれば、この世界の戦士たちはそれを軽蔑する。


(バッカじゃないの!?)


 気持ちはわからないでもないが、それじゃ戦場がなくなったら困るだろ、と思ったりもする。

 だって、平和が訪れて戦う場所がなくなれば、みんな軽蔑されることになってしまう。

 そんなだから戦争がなくならないんじゃないの? と、この世界の常識に文句をいいたい。


(まったく、この世界の連中ときたらガキなんだから)

(ハイジだってそうだ。バカハイジ、改め子供ガキハイジめ)


 四十を過ぎて、何をセンチメンタリズムに浸っているのだ。

 少年か。

 戦争は殺し合いだぞ。妙なことを期待するな。

 いや、あの男。リアルに中身が子供のままなのだが。


(でも、それがハイジなんだよな)


 いつかハイジは戦死する。

 英雄としてではなくイチ戦士として死ぬことを選んだ馬鹿野郎。

 でも、あたしが好きになったのはそんな頭の硬い、幼く、バカな、そして誇り高いハイジなのだ。


 あたしもいつか戦死した時、ヴァルハラとやらでハイジと再会できるのだろうか?

 それならあたしは、愛しく思う全てを捨てて、戦場へ赴こう。


 あたしは戦士だ。

 運命と戦おう。

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