第10話悪役令嬢 キルリス・ウィンディル

私の兄、コルト・ウィンディルの埋葬が終わった。

その帰り道、杖をつきながら目の前を静かに歩くお父様に事実を告げる。


「お父様、お兄様は私の身代わりになって殺されたのです⋯⋯」


私の言葉にお父様が立ち止まる。


「それは⋯⋯どういうことだ?」


「あの日、あの馬車には私が乗るはずだったのです⋯⋯」


「なにがあった?」


「パレードに参加なさる貴族の方々のところへあいさつに回ろうとしていたのですが、あろうことか私は体調を崩してしまい

どうしても馬車に乗ることができませんでした。ですが自分が代わりに回るとお兄様が⋯⋯」


「なるほどーー」


「ドトム国の王子はとんでもないことをしてくれました⋯⋯」


自然と握った手に力が入る。


「お父様! お父様の跡を継げる世子はもう私しか残っておりません! 私に、私に家督をお譲りください!

私と勇者ハルティス様でこのウィンディル領を守っていきます!」


「キルリス、俺はまだ隠居する気などない」


「お父様! そのお身体でなにをおっしゃるのですか! 日に日に歩けなくなっているのは

誰の目にもあきらかなのですよ。当主の体調不安は家臣や支えてくださっている貴族たちの不安を招きます!

領内を安定させるためにも私とハルティス様におまかせを」


「キルリスよ。この際だから言っておく。俺のは跡目はすでに決まっている。お前ではない」


「お父様、ターラスお兄様は亡くなったのですよ」


「“ルシルス”だ」


「! ルシルス殿⋯⋯あの方は叔母上の子、私たちのいとこでは?」


「お前たちには黙っていたがルシルスはコルトと双子の兄弟だ」


「⁉︎ 兄上⋯⋯」


「産まれてすぐに養子に出したのだ。ルシルスはコルトと違い優秀だ。いまも王宮騎士として活躍している」


「し、知りませんでした⋯⋯あの方が私の兄上だったなんて」


「キルリス。いくらお前とてルシルスの命を奪うのはそう容易くはないぞ」


「⁉︎」


父上はすべてお見通しになれてーー


「くっ⋯⋯」


「ウィンディル領のことは案ずるな。そなたはハルティス殿と末長くな」


そう言い残し、お父様は立ち尽くす私を置いて去っていきました。


***


お父様は間違っております。


優秀だったターラスお兄様もコルトお兄様もはじめっから跡目の資格はありません。

ましてやルシルスなんて。


お父様は大事なことをお忘れになられています。


3人のお兄様は所詮、側室の子。


私のお母様こそがお父様の正室なんですよ。だからこそ私が正当な後継者。


なのにお父様は男児を産んだ側室の方ばかり大切に扱った。


お母様は正室であるのに子ができないという理由だけで蔑ろにされ、ようやく産まれた私が女だからとお母様に無能の烙印をおされて

離れの屋敷にひとり追いやられた。


私はひとりさびしく亡くなったお母様のためにも女の身でありながらウィンディル家の当主にならねばならないのです。


これは私とお母様による復讐(リベンジ)ーー


とにかくウィンディル家に従う貴族たちに、“後継者ここにあり”とハルティス様のお力をお示しにならなくては。


ちょうど今日はローテス伯爵とルクリス子爵が起こした訴訟に裁定を下す日。


ハルティス様の手腕をご覧に入れましょう。


『勇者様、シクトラン山地はルクリス家先祖代々の土地です』


『なにを言っているシクトランは期限付きでルクリス家に貸し出したもの。

その期限を10年以上過ぎているのに返すどころか自分たちのものだと言いはるとは!』


おふたりが言い争っているのは両家の境界線にまたがる小高い山の領有権について。


わずかな棚田があるのとその季節になるときのこが採れるくらいのたいした山ではなかったのですけど

鉱脈が見つかった途端に、ローテス伯爵が自分のものだと主張しはじめたので今回はルクリス子爵の方が

言い分が通っています。しかしーーローテス伯爵は私たちに与(くみ)してくれています。

今回は伯爵の言い分を通しましょう。


ハルティス様も私の送った視線に頷きましたしこの件は無事、落着ですね。


「両者の言い分はわかった。100年昔の約束などどっちが正しいかなんて今となっては誰にも分からぬ。

ここは運に任せて決めるぞ!」


「は⁉︎」


ハルティス様なにをおっしゃって⋯⋯


どうしてそこで地図を広げるのですか⁉︎


どうしてそこで筆をお取りになるのですか⁉︎


どうして筆を地図の上に走らせているのですか?


「よし、今日から線を引いたこのあたりがお前たちの領地だ!」


「!シクトランがルクリス家側に、なんと!ローテス領だったイクス湖まで、ありがとうございます勇者様」


「よかったなルクリス子爵。これが運の力だ」


『納得いかん!』


そう言って壁を叩いたローテス伯爵は出ていきました。


「はぁー」


私としたことが思わずため息を⋯⋯


***


「どうだったキルリス?俺の裁きは」


「最悪です⋯⋯」


「なぜだ? 俺はキルリスが喜ぶように沙汰を下した。キルリスだって俺を信じるというような顔で

俺の顔を見たじゃないか」


「違います!全然違います!ハルティス様は全然、私の考えを汲み取れていません!」


「しかし、どちらの言い分も決め手になるような確証なんてない。あの場はあのようにするしか収まらなかった」


「どうやらハルティス様は貴族というものをまだわかっておられないようですね。あの場は自分に利する者の肩を持つべきなのです。

ローテス伯爵はハルティス様と私の大事な後ろ盾。それなのにルクリスにシクトランどころか与えなくてもいいイクス湖まで与えてしまって、

ローテス領は大幅に領地を減らしてしまいました。いったいどうやって伯爵に謝れば⋯⋯」


『お伝えします!』


騎士が慌てた様子で部屋に入ってきました。


「ローテス伯爵が兵を従えてルクリス領に向けて出発しました」


「恐れていたことが⋯⋯」


「どうして貴族ってのはそれほど領地にこだわるものなんだ」


「それが貴族なのです!」


「⋯⋯考えがある。ローテス領には未攻略のダンジョンがある。ダンジョンが解放されればローテス伯爵は領地として活用できる」


「たしかに⋯⋯そこから資源や高価なアイテムが見つかればローテス領は潤う」


「もう貴族の真似ごとはやめた。勇者らしいやり方で争いを解決してやる」


「急ぎ、ローテス伯爵に勇者ハルティス様のお考えを伝えて」


「はっ!」


「武力行使までの時間稼ぎは出来ました。ハルティス様、お気をつけて」


「さぁて、ガルマにリリ、ケレン、そういえばシオン⋯⋯なんて役立たずもいたな。

こういった日はアイツを殴るとせいせいするんだが。まぁいい3人を集めてひさびさのダンジョン攻略にいくか」


つづく













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