第9話遺留冒険者

「悩み相談に来ている信者の中にガオルド・ウィンディル公爵のメイドがいてね。

気になることを話していたんだ」


「ちょっと待て!それって俺たちに話していいことなのか?」


「もちろんダメだよ。だけど今回は特別。公爵の命がかかっているなら神様許してくれるだろう」


躊躇する俺をおいてスタルクが尋ねる。


「それで気になるメイドってのは?」


「名前は“セシリー” 本来は子爵令嬢だったんだけど、義理のお姉さんから婚約者だった貴族の長男を奪って自分と婚約したのよ」


「なかなかドロドロだな」


「ドロドロ?」


聞きなれない奇妙なニホンの言葉に俺は首を傾げる。


「俺は昼ドラが好きだったんだ。そういう話はもっとくれ」


「ヒルドラ⋯⋯?」


「奪った男と婚約したまではいいんだけど、その男はあちこちに女をつくるは暴力を振るうはで最後は借金をつくって首が回らなくなった。

見かねたウィンディル公爵が領地を召し上げて男は追放。そしてセシリーは借金の方にメイドとして公爵に引き取られた」


「公爵家に拾われたならそれはそれでいい話じゃないのか?」


「セシリーを追い詰める出来事がもうひとつあったんだ。それは義理のお姉さんだよ。義理のお姉さんは婚約破棄されたあとどういうわけか

隣国の王子と出会って結婚したんだ。それも相当溺愛されているみたいで」


「泣けるいい話じゃねぇか」


「どのあたりが?」


「それで嫉妬したセシリーは男を求めるようになった。金を使って男と遊ぶ店に出入りしてはいい婚約者を探し求めていたようだけど

生活は苦しくなるばかり。心配した公爵様が僕のところに相談に連れて来たわけだ」


「義姉よりいい男と結婚して見返そうって魂胆か」


「だけどこの話がどうカッシュと繋がるのか見えてこないぞ。スタルク」


「本題はこれからだよローグ。きのうセシリーが相談に来たときこんなことを話していたんだ」


『いい男ができたの。いまは王子の身分ではないけどパレードの日、彼は英雄になる』


「パレードの日⋯⋯」


「恋をしているっていうよりのめり込んでいる感じがした」


「決まりだな。それでセシリーにはどうやったら会える」


「彼女は今日もここへやってくる」


***


セシリーはたしかに今日も聖女パラドのところへ悩み相談にやって来た。


話のほとんどが付き合いはじめた男の話ばかり。


特徴からしてカッシュの可能性が非常に高い。


最近、男と一緒に生活しはじめたとも語っていた。


住んでいるのは地下で窮屈な思いをしていると溢していた。


『はやくカビ臭いところから出て、広いお庭のあるお家に暮らしたい』


なんて夢を語っていた。


一緒に話を聞いていたシルフィーは複雑な表情を浮かべていた。


しかし一緒に暮らしているなら好都合だ。


教会をあとにしたセシリーをつけていけば、カッシュのアジトにたどり着ける。


抜かりはない。探査能力で追っているから彼女を見失うはずがない。


女ひとりが歩くには少々あぶない繁華街をセシリーは慣れた様子で闊歩する。


「このあたりは反社会的な組織が経営している店が多いのか?」


「そのハンなんてのも“ニホン”の言葉か?」


「ああそうだぜ」


「こういうところはニホンにもあるんだな」


「もちろん。この治安の悪い感じなんかも一緒だ。うーんどの店も入ってみたいがいまは我慢だ」


「たしかにここなら身を隠すにはちょうどいいな。どいつもこいつも脛に傷を隠したヤツらばかりだ」


セシリーは角を曲がって路地に入ってゆく。


俺たち壁にはりつきそっとのぞきこむ。


「ローグ、彼女さっそく階段降りてくぜ」


「あたりをキョロキョロする気配もない完全に油断しているな」


「こんな路地裏に地下へ通じる階段。ビンゴだな」


***


「カッシュただいま〜お待たせーッ」


「つけられたなセシリー!」


と、フードの男が振り向き様、セシリーの背後にいた俺たちに右手に展開した魔法陣を向ける。


「それではさっそくパレードより前に俺たちとダンスを踊ろうぜ。カッシュ」


俺とスタルクは取り出した魔道拳銃をカッシュに向けて撃つ。


バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ


「無詠唱で攻撃魔法だとッ⁉︎」


カッシュはすかさずうしろに飛びさがる。


「なぜ俺がカッシュだとわかった⁉︎ ガオルド・ウィンディルの手のものか?」


「公爵の手のものかと言われたら違うぜ」


「俺たちは冒険者。アウトロー・ローグと」


「ダーティー・スタルクだ」


「冒険者だと!」


「俺たちは男に泣かされたレディの味方さ」


「シルフィーのこと忘れたなんて言わせねぇぜ。行くぞスタルク」


「任せな相棒」


「シルフィーだと⁉︎ こうなったら解き放たれろ“バンウルフ”」


床に展開された魔法陣からオオカミ型のモンスター“バンウルフ”が飛び出してくる。


「こいつテイマーか」


「なるほど。こうやって凶暴なモンスター操ってパレードを襲撃するつもりだったか」


バンウルフは魔道拳銃の弾を避けて向かってくる。


「すばしっこい!」


「ローグ、これは遠距離攻撃より斬って倒した方がはやいぞ。“魔道刀”!」


「攻撃してくるのはこいつらだけじゃない。いでよ“ショットホーク” 上にも気をつけるんだな」


クチバシが硬く鋭い鳥型のモンスターだ。


こいつらの習性は高いところから獲物に向かって垂直落下して来てその鋭いクチバシを刺すところだ。


カッシュはショットホークを使って馬車ごと公爵を殺す気だったか。ならーー


「“魔道ライフル” スタルク、上は俺に任せろ。一羽も逃さず撃ち落としてやる」


バンッ、バンッ、バンッ、バンッ、バンッ


狭い地下、攻撃してくる範囲は狭まる。


「だが、どんな場所だろうが俺の探知能力なら造作も無い」


バンッ


どサリと最後の一羽だったショットホークが落ちる。


そして最後の一体だったバンウルフもスタルクの一太刀でその場に倒れた。


「う、うそだろ⋯⋯強力なモンスターたちがこんなにあっさりと⋯⋯ありえない」


カッシュはその場にしゃがみ込んだ。


完全に戦意喪失。俺たちの勝ちだ。


ニホンの言葉でハイタッチというらしいが俺とスタルクは互いの手を叩いて称え合った。


『ローグさん!スタルクさん!』


「シルフィーどうしてここに?」


「僕だよ」


聖女パラドがシルフィーの背後からひょっこりと顔を出した。


「こいつがカッシュで間違いないか? シルフィー」


聖女様は確かめる。


「はいーー」


「ですってお嬢様」


「うむ。ご苦労。ではその者を引き渡してもらおうか」


突然あらわれた金髪縦ロールの少女。


「いったい誰だ⋯⋯」


「申し遅れた冒険者よ。キルリス・ウィンディル。ガオルド・ウィンディル公爵の娘だ」


てことはこの子がコルトの妹⋯⋯


「おっとこいつは俺たちが捕まえたんだ。引き渡すならなにかと交換だ」


「さすがは意地汚い冒険者。金か?」


「いいや」


「なにが狙いだ?」


おいおい女の子がする顔じゃないぜって顔で俺を睨みつけてくる。


「シルフィーのことは不問にしてほしい。この男とは関わりはない。公爵様を襲う計画も知らなかった」


「よかろう」


「ついでに俺たちがおたくの騎士さん殴ったことも見逃して」


よく言ってくれたスタルク。忘れるところだった。


「よかろう。ついでにさきほどの非礼は詫びる」


話がわかる子でよかった。


「さぁ来い」


カッシュは騎士たちに両脇を抱えられ力なく連行されてゆく。


『逃げてぇーーッ』


背後からセシリーの悲鳴。


俺は咄嗟にキルリスを庇った。


“グサッ”


「「ローグッ!」」


「ローグさんッ!」


俺はその場に倒れた。


「いてぇ⋯⋯」


「待っていろすぐに止血してやる」


「カッシュ、逃げて!逃げて!」


「お前たち、この女を外に連れて首を斬れ!」


「「はっ!」」


「ローグしっかりしろ! なにが刺さっている」


聖女が俺の背中を確かめる。


「さっきのショットホークのクチバシだ。こいつには毒がある」


「クソッ! 毒のせいか」


「はやくギルドに連れてって回復薬を!聖女様、馬車を!」


「わかった!」


「はやく!」


「相棒⋯⋯俺はこんなところで死ぬのか⋯⋯」


「こんなところじゃ死なせないぜ。俺はこんな状況から生き残った仲間を何人も見てきた。日本でだけどな」


「ハハハ。相棒がいうなら大丈夫だ」


「はっ!」


「どうした?」


「ローグお前、田舎でスローライフしたいって言っていたよな」


「そんなこともあったな⋯⋯たしかに悪くないーー」


「それ以上言うな! それは死亡フラグってやつだ」


「またわけのわからんこと」


「死ぬぞぉ。こいつ死ぬぞぉ」


「⁉︎ 俺もうダメなの?さっきは大丈夫って」


「死んじゃうぞぉ」


「ほんのちょっとくらい希望はあるでしょ。ちょっと」


「⋯⋯」


「黙るなよ! ああもうこんなことならリラと一回くらいデート行けばよかったな⋯⋯」


「ほらまた」


「スタルクさん! 代わってください!」


「シルフィー⋯⋯」


「ローグさん、ありがとうございました。あなたのおかげでしゃべれるようになれましたし、

いろいろ救われました。向こうで父と姉に会ったら私が謝っていたと伝えてください!」


「その依頼は全力で断る!」


「ローグさん!」


シルフィーの溢した涙が邪悪龍の鎧に当たった瞬間、全身が緑色に発光した。


「あれ? 痛くない⁉︎ 苦しくないぞ⁉︎ 傷も回復している!」


「ローグさんッ!」


シルフィーは喜びを爆発させて俺に抱きついた。


「シルフィーにヒーラーの力が⋯⋯そうか!ローグ!聖女様が言っていた俺たちの役に立つってこのことだ!」


「正解」


「聖女!」


「まさかこんなにはやくシルフィーの力が覚醒するとはね」


「シルフィーに力があること見抜いていたのか?」


「当然。これだけの魔力量を内包していたら聖女なら誰だって気づくよ」



***


次の日ーー


キルリス・ウィンディルの屋敷


キルリスが見つめる中、上半身を縛り上げられたカッシュが無造作に連行されて来て

無理矢理座らされる。


「お嬢様⋯⋯あんただったんだな。俺の計画を裏で勝手に糸を引いていたのは」


「なんのことだ? 知らぬ」


「俺の話は最後までーー」


「お前にさっそく罪状を言い渡す。貴様は我が兄、コルト・ウィンディルの乗った馬車を襲撃し

ショットホークのクチバシで刺して殺した。」その罪で斬首とする」


「おいちょっと待て! 俺はそんな小物知らないぞ! 俺の狙いは公爵ガオルド・ウィンディルだ!

コルトなんて知らない! そんなやつ殺したところで王子としての名誉が回復しない。それどころかただの罪人だ!

ガオルドを殺させろ!それで俺をドトム国王子として殺してくれ!」


「さっさと首をはねろ」


「それではお庭が汚れてしまいます」


「かまわん」


「俺はドトム国第一王子カッシュ・ドトムだ! 俺はーー」


キルリスは転がったカッシュの首を静かに見つめる。


「近くの街に晒したあと犬餌にでもしておけ」


つづく



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