第5話はぐれ次男 純情派

ウィンディル公爵家の屋敷


どこまでもつづきそうなほどの長い廊下を息を切らして走る金髪碧眼の小太りの男。


「父上!父上!」


次男コルト・ウィンディルが父であるガオルド・ウィンディル公爵に詰め寄る。


「なにごとだ。血相をかいて」


ガオルドは入ってきたコルトに顔も向けず書類に目を落としたまま。


「父上、いったいどういうことですが訴訟の取り扱いをキルティスの婚約者に任せるとは!

俺は納得いきません!」


「騒がしく入ってきたと思えばそのようなことか」


「父上は家督をキルリスに譲るおつもりですか?」


「くだらない。ハルティス殿は勇者だぞ。ふさわしい役目を与えたまでだ」


「父上は簡単におっしゃられていますが、父上の今回の差配でコルト派の貴族がざわついています」


「驚きだな」


「そうですよ父上! むしろいまさら驚かれても遅いんです。取り返しのつかないことになる前にいますぐ判断のお取下げを」


「そうじゃない。お前を支える貴族がいたことに驚いたんだ。気の毒だなその貴族たちも」


「なにをおっしゃいます父上! 兄上亡きいまこの家の家督を継ぐのは俺しかいないでしょう!」


「候補は決してお前だけに絞られたわけじゃない! それだけは伝えておく」


「わかりました父上。俺は教会から聖女様を呼び寄せました。

そのまま聖女様と婚約するつもりです。それなら父上も俺のことを放っておけないでしょう」


「それで妹と張り合ったつもりか?」


「なんとでもおっしゃればよろしい。後悔するのは父上ですから」


「愚かな」


「“聖女の生き血” これは俺のものですから」


「それがどうした」


「不老不死の力を手に入れ究極の魔術の継承者に俺はなります」


***


一方、そのころの荒野ーー


俺たちが乗った馬車を中心に盗賊と思われる集団が取り囲む。


「“聖女の生き血”目当てにわらわらと。そんなにほしいものかね」


“バンッ”


「そんなのものよりディナーで飲む聖女様のワインの方がよっぽどいいとおもうけどな」


“バンッ”


「スタルク、聖女様のあられもない姿を見てまだそんなことが言えるのか?」


『あっハハハ』


巨大な斧を片手で振り回す聖女様はダンスを踊るように鮮やかに盗賊の首をはねてゆく。


「命を!命をもっと!もっと僕に!僕は人を殺したいんだ!」


聖女様は『邪魔だ』といってローブを脱ぎ捨て、長いスカートを引きちぎる。


あらわになったの割れた腹筋に硬く粒々とした筋肉で覆われた肉体だ。


「俺はいける口だぜ」


「その守備範囲の広さには感服するぜ。だけどーー」


“バンッ”


スタルクの背後を狙ってきた男を撃ち抜いた。


「背中の方にももう少し注意を払った方がいい」


「そっちは相棒に任せてるから安心だ」


「やれやれ」


「だけどもう⋯⋯聖女様ひとりでいいじゃないか?」


聖女様は『ハハハッ』と笑い、一振りで3人の首を跳ね飛ばす。


「ほらほらもっともっともっと僕に命を!命を!」


「なぁスタルク。教会が頑なに聖女様を敷地の外に出そうとしなかったのは、命を狙う輩から聖女様を守るためじゃなくて

命を狙う聖女様から輩を守るためじゃないのか?」


「同感だ。だけどあれは聖女の癒しの力から来る反動なのか?」


「かもな。だけどどこのどいつだ。あんな獣(けもの)外に出すって決めたやつ」


「今回の依頼主だろ」


「公爵家のぼっちゃんにははやすぎるおもちゃだな」


「いくつになってもアノおもちゃはゴメンだがな」


「アレは全員殺すまで止まらなそうだぜ」


「全員?って俺たちもか?」


スタルクと俺は顔を見合わせて肩をすくめる。


「全員? 待てよ。シルフィー? シルフィーはどうした?」


聖女の予想外の行動に馬車の警護に疎かになってしまっていた。


「そこまでだぜ。冒険者と聖女様」


遅かったか。


スキンヘッドの男にナイフを突きつけられてすでに人質だ。


「⋯⋯」


迂闊だった。声も出ずに悲鳴すらあげらない子を⋯⋯


「武器を捨てておとなしくするんだ。さもないとこの子の首に穴が開くぜ」


「おとなしくするのはそっちじゃないのか? 自分が置かれている状況をもう少し冷静に見たほうがいいぜ」


「は? 女を人質に取られて気でもおかしくなったか。どう見てもお前らの方が不利だろ」


「だから騒ぐなって」


「おとなしくしろよ」


「だからどこを見てーー」


俺とスタルクの頭上をぐるぐると回転していく物体が飛んでゆく。


聖女様が投げた斧だ。


そしてそれは男の右腕に直撃。


「ぐあああああ! 俺の腕が」


「大丈夫かシルフィー」


「⋯⋯」


俺が抱きかかえるとシルフィーはコクリと頷く。


そしてスタルクは銃口を向けながら男に駆け寄って

「痛いか?」と尋ねる。


「うああああ」


「すぐ痛くないようにしてやるぜ」


“バンッ”


「容赦ないな」


「これは慈悲だぜ」


「あとは⋯⋯」


俺は振り向きざまに銃口を聖女様の喉に突きつけた。


聖女様も斧を振りかぶった状態で停止した。


「俺の命を奪うより俺が聖女様の命を奪う方がはやいぜ」


「そのようだね⋯⋯」


聖女様の顔に冷や汗が滲む。


「降参だ。生き血は充分に吸ったし僕の魔力は満たされた」


「⁉︎ “聖女の生き血”ってまさか!」


「そうだよ。そういう噂を流しておけば相手の方から生き血を差し出しにやってくるだろ」


「なるほど」


「じゃあ帰ろうか」


聖女の言葉にスタルクは焦る。


「おいおい。公爵家の方はいいのか?」


「はじめからこうなることが目的だったし。公爵家の次男との結婚には興味ない」


「け、結婚⁉︎」


なぜかその言葉に俺は妙に動揺した。


「公爵家の屋敷に連れてかれるってそういうことだろ?」


「そ、そういうこと⋯⋯なのか?」


俺はわかった風を装う。ハードボイルドに⋯⋯


「さぁ、婚約は破棄した。帰るぞ!」


「婚約すらしてないのに?」


「どっちも同じ」


「じゃあ、帰りますか」


「ちょっと待て! いい感じ風に解散しようとしているけどこのクエストどうなる?」


「失敗だね。ハハハッ」


「おのれ聖女ッ!」


***


一方ウィンディル公爵家の屋敷では


「キルリス様⋯⋯」


「またしても冒険者ですか。だけど兄上も聖女との婚約に失敗したようですし

これでよしとしましょう」


***


数日後ーー


「リラちゃん。またあの2人、ポーズとりながらチラチラこっち見てるわよ」


「たく⋯⋯」


『おっふたりさん。冒険者やってる?』


「せ、聖女!」


「おいおい」


「どうしてここにいるんだって顔してるね。そうだよ。冒険者登録したんだ。

まだオリハルコンだけど2人を目指してよろしくね」


「お、おう。アダマンタイトには簡単になれると思うなよ」


「そ、そうだぞ」


「あいつら⋯⋯」


つづく

















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