第16話 必死の抵抗

「マズイ。奴らは六人だけじゃない! 他に数十人いるらしい! この移民船を奴らの理想の『神の国』にするって言ってる。邪魔な奴は殺すって!」

 クリスからの視点でコントロールルームの状況を把握したマコトは、すっかり狼狽していた。

 サムにもわかるように状況を伝える。

「おい、マコ、どうすんだよ!」

「どうしよう」

 狼狽と恐怖は、サムにも感染し、マコトはさらにうろたえることになった。

 先ほどまでサムは比較的冷静だったが、とうとう彼もキャパシティを超えたらしい。

「だいたい、なんで地球連邦宇宙軍の奴らは助けに来ないんだよ! 助けは呼んだんだろ!」

 恐怖は不満となって、サムは他者に攻撃の矛先を向けた。

「シールドに、はじかれちゃったんだよ!」

「はぁ?」

 サムは苛立った視線をマコトに向けた。

「光の速度の一〇パーセントで航行する宇宙船にとって、小さな星間物質でも大変な脅威だろ。だから、船の周囲に強力なシールドが展開しているんだ」

「そんなこたぁ知ってるよ! じゃあ、何か? シールドを切らない限り、レスキュー隊は入ってこれないってことか!」

 サムは、ようやく状況を理解した。

「こればっかりは、コントロールルームに行かないと、僕はどうにもできないよ!」

 通信装置に関しては専門家だったため、正規ではない手段で相手を出し抜くことができた。

 しかし、シールド設備は専門外なので、同じような反則技をマコトは思いつくことができなかった。

「あとは、内部に助けを求めるかだな」

 多少落ち着きを取り戻したサムは、左腕の携帯端末を操作し、ロイド型眼鏡のメタルフレームに指を添えた。

「おい、ベン!」

 サムが希望する話し相手はすぐに応答した。

「なに?」

「テロリストだ。コントロールルームが乗っ取られた」

「はっ? えっ? 何それ?」

 話の振り方があまりに唐突すぎたので、ベンは全く話題についてこれなかった。

「イグナチェンコ評議員の一行な、あれはテロ教団『神の国』の連中だったんだよ。やつら、この移民船を奴らの理想の『神の国』にするつもりらしい」

「マジ? じ、自警団長のダルは? 周囲を航行している地球連邦宇宙軍は?」

「ダルはやられた。あのダルがだ! それに地球連邦宇宙軍の宇宙護衛艦は、移民船のシールドに阻まれて近づけない!」

「えっ、じゃあ、どうすんの?」

 明らかにうろたえている様子が伝わってくる。無理もない。

「公安委員長に連絡してくれ! 居住ブロックにいる自警団の連中と、あと誰でもいいから戦える奴をかき集めるんだ」

「わかった!」

 ようやくベンとの意思疎通に成功した直後、居住ブロックに流れる船内放送がベンのマイク越しに漏れ聞こえてきた。

「現在、船内各所で不具合が発生しています。安全確保のため、各街区の隔壁を閉鎖しています。誠に申し訳ありませんが、住民の皆様は、そのまま待機願います。繰り返します」

 偽イリーナの取り澄ました声だった。

「これって?」

 ベンは困惑している。

「フェイクだよ! くっそう余計な船内放送入れやがって、みんな、この放送の方を信じちゃうだろうが!」

 サムは苛立ちを隠さなかった。マコトは偽イリーナの嘲笑が聞こえたような気がした。


「この移民船の運営は間違っているわ。人種、宗教、文化もバラバラな、こんな雑多な人間たちを集めたら、いつか深刻な争いが起きるに決まっているじゃない。あなたたちは遠く離れた宇宙にまで争いの種を撒き散らすつもりなの?」

 コントロールルームでは偽イリーナが胸をそらし、船長たちを冷たい視線で見下ろしていた。

 圧倒的に有利な立場で一方的に相手を糾弾する、そんな嫌な態度だ。

 エドは偽イリーナから目をそらし、アイーシャは静かな怒りを偽イリーナに浴びせている。

 クリスは偽イリーナに視線を向け、船長は何事か思案している様子だ。

「そうかも知れません。しかし、人種、宗教、文化が同じ集団でも争いは起きますよ。それは歴史が証明しています」

 船長は黙っていられなかったらしく、学者らしく反論を開始した。

「人はいろいろな理由をつけて、自分は人とは違う価値ある特別な存在だと考えます。資産、職業、学歴、血統、容姿など、本人の努力に起因するもの、または起因しないもので格差を設け、差別し、それを固定化しようとします。そして、それが争いの種になっていくのです」

 反論を想定していなかったらしく、偽イリーナに苛立ちの表情が浮かぶ。

「私たちはね、適正な競争まで否定しているわけじゃないのよ。人種、宗教、文化を同じくする人間が、同じ思想や理念を持つようになれば、深刻な争いは極限まで減るはずよ。私たちはね、殺し合いの道具として生きるのは、もうたくさんなのよ!」

 偽イリーナは小さな拳を強く握りしめた。サイボーグのユルゲンは天井を見上げ、ニコライは腕を組んで溜息をついている。何か共通の想いがあるのだろう。

「それで人間といえるのですか? 思想や理念は、みんな異なって当たり前です。それに、自分と異なる存在を認め、良い部分を取り入れることが人類の進歩につながるのです。そもそも、職業や、年収や、見た目や、学力や、運動能力、みんな違うのが人間です。全く同じ人間なんているはずがない。我々に必要なことは、お互いの違いを認めることであって、排斥することではないのです」

 船長の演説は熱を帯びる。しかし、偽イリーナは船長に冷たい視線を向け、静かに言った。

「お説教は終わったかしら」

 偽イリーナの余裕のある表情に、船長は罠にはまった思いを味わい、言葉を返すことができなくなる。

「確かに、私たちとあなたの考えは大きく違うようね」

 偽イリーナは皮肉に満ちた笑みを浮かべた。

「だから認めてよ、私たちの考えを」

「き、詭弁だ」

 船長は、その上品な面長の顔を静かな怒りに震わせた。

「なんだかんだ言っても、あなたが安全な場所でキレイごとの屁理屈をこねている間、戦災孤児の私たちは強化人間の試作品としてモルモットになっていたのよ」

 偽イリーナの声はゾッとするほど低く暗い。

「そしてね、私たちのような存在が地球連邦政府に禁止されると、研究機関の連中は、今度は証拠隠滅を図って、私たちを処分しようとしたのよ。自分たちの保身のためにね」

 事務室を不気味な静寂が支配した。

「このユルゲンと、そして、教祖が助けてくれなかったら、私たちは溶解処分されて土の中にしみ込んでいたでしょうね」

 偽イリーナは微笑んだように見えた。

 嫌な話だ。船長は奥歯を噛みしめ、フローラもリーファもクリスもショックを受けているように見える。

「教祖は言ったわ。『私の究極の目的は現世からあらゆる争いの芽を摘み取ることだ』と。今まで私たちの犠牲の上で偽の平和をぬくぬくと謳歌していたあなたたちが、今度は礎になる番なのよ」

 偽イリーナの瞳が強い光を放ち、アイーシャだけがその光を真っ向から受け止める。

 しかし、残念ながら、反論を口にすることはなかった。

「道が複数あったとしても選べる道は一つ。弱きものは、力のある者に従ってもらうわ」

 偽イリーナの支配者然とした態度は、それ以上の議論を許さず、事務室の中に絶望的な空気が満たされていった。


「あ~、エアロックがどうしても開放できねぇ!」

 それまで一生懸命キーボードを操作していたオスカーが焦れたような声を上げた。

「何か秘密でもあるのかしら」

 偽イリーナは船長以下、生き残りの事務局職員を見回す。

 ほとんどのメンバーが無表情に偽イリーナの目を見返した。

「あなたは何か知ってるようね」

 偽イリーナはエドのところで視線を止める。

 エアロックの仕組みは事務局員全員が知っていたはずだが、エドは思わず表情に出してしまったらしい。

「セキュリティ対策の一環で、現地以外ではエアロックは開けられない」

 エドはあっさり白状した。そんなエドにクリスは氷のような視線を向ける。

 リーファは大きなため息をつき、アイーシャは眉間にしわを寄せた。

「兵隊を船に入れないことには次のステップに進めんな」

 クラウスが腕を組んだまま呟く。

「ニコライ、お迎えに行ってきて」

 偽イリーナが、肩幅の広い、角張った顔のニコライに視線を向けた。

「了解した」

「大丈夫か? ニコライ一人で。エアロックの開け方、ちゃんとわかるかな」

 長身で猫背のトミーが揶揄するように声をかける。

「馬鹿にするな!」

 ニコライは怒りに満ちた危険な目をトミーに向けると、刀を手にコントロールルームから出て行った。


『あのなぁマコト。相手に格闘技の心得があったんで取り押さえることができませんでした、なんて泣きごとを自警団の団員が言えると思うか?』

 マコトの脳裏にダルの言葉が蘇る。

『旅に出たら俺たちは外部に応援を依頼することができなくなる。俺たちだけで何でも解決しなくちゃならないんだぞ』

 頼りがいのあるダル、しかし、そんなダルはもういない。救援を依頼したが、うまくいかなかった。今、行動できるのは自分だけだと、マコトは思い詰め、大きく息を吐く。

「スペースポートのエアロックに行くぞ!」

 それまで連絡ロビーの中央エレベーター前で頭を抱えるように佇んでいたマコトは、決然と立ち上がった。

 そして、エレベーターに乗り込み、最上階に向かうボタンを押すと、サムに力強く声をかける。気のせいか、少し自棄になっているようにも見えた。

「はっ?」

「これ以上、敵が増えたら手に負えなくなる!」

 マコトは呆気にとられているサムを急かす。感情を抜きにして理詰めで考えれば、ここが勝負どころだとマコトは思った。

「正気か?」

 サムは言われるがままにエレベーターに乗り込んだ。エレベーターの扉が閉まる。

「今は誰も頼れないんだ! 僕たちで阻止するしかない!」

 地球連邦宇宙軍は船内に入れず、船内居住ブロックからの応援は間に合いそうにない。

 マコトは悲壮な覚悟を固めていた。正直、テロリストたちに勝てる自信はない。

「俺たちは二人しかいないんだぞ。しかも、敵は武器を持っているじゃないか!」

 感情的になっているマコトに対し、サムはある意味冷静だった。

「エアロックの敵は一人だけだ! 戦わなくていい。エアロックを壊すんだ! 直すことに比べたら壊すのなんて簡単だろ!」

 しかし、マコトも考えなしではないらしい。それは、無謀ではない、実現性の高い作戦だ。

「壊すのかぁ~、心が痛むな」

 機械・設備の管理責任者であるサムとしては、ワザと設備を壊すの嫌に決まっている。

 しかし、今はそんなことを言っていられる状況ではなかった。

「いいから! 着いたぞ!」

 マコトとサムが激論をかわしている間に、エレベーターはエアロックのある最上階に到着する。

「別人みたいだな。お前」

 サムは、男っぽい表情を浮かべるマコトのことを眩しそうに見つめた。

『お前は決して弱くない。気持ち次第だ』

 ダルの声がマコトの脳裏に蘇り、マコトは腰に下げた電磁警棒を思い切り握りしめた。武器は基本、電磁警棒だけだ。

 また、本来は武器ではないが、身に携えた工具類のうち、バール辺りは鈍器として役に立つかもしれないとマコトは思った。

『地球には、軍を退役した戦闘用サイボーグや、実際にお目にかかったことはないが、薬物で肉体を強化した超人兵士くずれがいるからな。強化スーツでも着てないとやっていられないだろう。しかし、この船にはそんな奴らはいない。長旅に出発すれば、そんな奴らが途中で乗り込んでくることもない』

 ダルはそんなことを言っていたが、恒星間移民船アークにやってきたのは、戦闘用サイボーグと超人兵士くずれのテロリストだ。こんなことなら、強化スーツやレーザー銃や電磁誘導ライフルを用意しておいて欲しかった。

 だが、そんなことを今更愚痴っても仕方がない。マコトは改めて奥歯を噛みしめた。 

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