第15話 テロリストたちの目的

「おい、どうしたんだよ、一体!」

 マコトはクリスが見た光景の中で言葉を失っていた。

 不安に駆られたサムがマコトの胸倉を掴んで激しく揺さぶる。

「ダルが殺された。あのダルが、だ。事務局長や評議員も」

 マコト自身、現実にあったこととして受け止め切れないでいた。

 ついさっきまでダルと一緒だった。

 今日の夜はアイーシャと一緒にダルの家に行ってインド料理を食べる予定だった。

 事務局長も真面目で面倒くさい人だったが、正義感にあふれたとてもいい人だった。

 それなのに。

「嘘だろ! ダルは総合格闘技の達人だ。それに、コントロールルームには空手マスターのアイーシャだっていたはずだ。丸腰の暴漢にむざむざやられるはずがないだろ!」

 現場を見ていないサムには信じられないだろう。

「あいつら普通じゃない。イグナチェンコ評議員の孫娘とボディガードは、テロリストだったんだ。一人はサイボーグ、他の奴らは多分、強化人間だ。アイーシャの正拳突きや肘打ちを顔面にくらってノーダメージなんてありえない」

 マコトは自分に言い聞かせるようにサムに説明した。

 エアロックでセキュリティチェックを行ったのは他ならぬマコト自身だ。

 X線検査の結果、警戒が必要と判断したのはサイボーグのユルゲンだけで、他のメンバーは普通の人間だったはずだ。

 しかし、戦いぶりを見る限り、どうも普通の人間ではない。X線や各種センサーに引っかからなかったところから考えると、薬物か、それとも遺伝子操作か、生物化学的な手段で肉体を強化しているとしか思えなかった。

「何だよテロリストって! いったい狙いは何なんだよ!」

 サムは激しい苛立ちをマコトにぶつけるように叫んでいた。


「要求は何ですか」

 船長の顔は蒼白だった。唇にも血の気がない。

「船長は口のきき方が分かっているみたいね。それとも学習したのかしら、逆らっちゃマズイって」

 偽イリーナは満足そうな笑みを浮かべた。そして、言葉を続ける。

「私たちは神の国の聖なる戦士よ。この船とくじら座タウ星系第四惑星は神の国になるの」

「テロ教団『神の国』」

 船長の表情は苦り切った。

「そのとおりよ」

 船長、エド、フローラ、リーファ、クリス、そして、アイーシャの六人は、事務室に二列設けられた執務机二列目の後ろの床の上に集められ、座らせられていた。

 危険だと判断されたアイーシャは手錠をかけられ一番後ろだ。

 アイーシャは意識を回復したが、自分が気を失っているうちにダルも事務局長も殺されたことを知り、激しいショックを受けていた。

 事務局員が執務席の二列目に集められているのに対し、六人のテロリストたちは一列目を占拠していた。船の航行、通信設備をはじめとする船内設備のコントロール機能は、一列目に集中しているからだ。

 テスト航行を開始した恒星間移民船アークは、現在オートパイロットに移行しており、イレギュラーでも起こらない限り事務局職員の出番はない。

「大丈夫かい? クリス」

「え、ええ」

 船長の後ろに座っていたエドが優しくクリスに声をかけ、クリスは曖昧にうなづいた。

「あなたたちの団体は軌道エレベーターにも爆弾を仕掛けたとか。今のあなたたちの行動と何か関連があるのですか?」

 船長が疑問に思っていることを口にする。

 タイミングから考えて、早朝から騒ぎになっている軌道エレベーターへの爆弾テロ予告と、今回の彼らの行動に、何か関連があると考えるのは当然だ。

「正直に言う必要があるのかしら? まぁ、いいわ。少しだけ教えてあげる、上品な船長さん。あっちは陽動よ。私たちを動きやすくするためのね」

「じゃあ、爆弾を仕掛けたというのは」

「どうかしら、それこそ教えてあげる必要はないわ」

 偽イリーナは愉快そうに笑っていた。

 船長とエドは、苦り切った表情を浮かべ、アイーシャは悔しそうに唇をかみしめている。

 フローラとリーファは肩を震わせ、クリスはゆっくりと視線を周囲に動かしていた。マコトがコントロールルームの状況を把握できるように。


「どうしよう! 早くみんなを助けに行かないと!」

 スマート眼鏡の映像がクリスとリンクしているマコトは、気が気ではなかった。

 もうすでに三人殺されている。テロリストたちが、今、生きているメンバーに対して紳士的にふるまってくれる保証はどこにもない。

「落ち着けよ。あのダルでさえ、やられたんだろ! 俺たちが行ったって、どうしようもないだろ!」

「でも! みんなが! クリスが!」

 マコトは今すぐにでもエレベーターに乗ってコントロールルームに向かいそうな勢いだ。

 それに対し、凄惨な現場を目撃していないサムは比較的冷静だった。

「人質が増えるだけじゃ話になんないだろ! まずは助けを求めるんだよ! お前、通信機器のエキスパートだったよな!」

「だって、外部向けの通信システムは、コントロールルームにあるんだよ。携帯端末で通信システムを起動しようとしても、コントロールルームを奴らが押さえている限り」

 サムは苛立ったようにマコトの言葉を遮る。

「そこらのネットワーク機器に、直接ケーブル突っ込んで何とかできないのかよ? さっき、障害個所を特定した時みたいによ!」

 マコトは、ハッとした表情を浮かべてしばらく考え込んだ。

 コントロールルームの通信システム端末は経由せず、直接サーバールームにアクセスすればいい。通信システム端末であるかのように偽装して。

 マコトは、その手のIDやパスワード、設定情報をすべて把握していた。

「できる。できるよ! 正規の手順じゃないけど! で、どこに連絡するの?」

「決まってるだろ、隣を航行している地球連邦宇宙軍の連中にだよ!」

 マコトは表情を引き締めると、すぐに作業に取り掛かった。


「こちら宇宙護衛艦ミカヅキ、我々は貴船の船内で異常が発生したとの情報を得ている。これより宙兵隊による臨検を行う。相対速度を同調させ、シールドを解除せよ」

 テロリストたちが恒星間移民船アークのコントロールルーム制圧に成功したと思っていたのも束の間、コントロールルームに音声通信で、付近を航行中の宇宙護衛艦から連絡が入った。

 宇宙空間ではあるが距離が近いので、音声通信にタイムラグは発生しない。

 偽イリーナをはじめテロリストたちは険しい表情を浮かべ、お互いに顔を見合わせた。

「誰が知らせたの!」

 柳眉を逆立て最初に口を開いたのは偽イリーナだ。船長以下を睨みつける。

 エドが激しく首を左右に振り、他のメンバーは黙って偽イリーナを見つめ返すだけだ。

「通信システムは、ちゃんと押さえてるんだろうな」

 ユルゲンが剃刀のような視線でオスカーを斬り付ける。

「ちゃんとやってるよ!」

 オスカーはキレ気味に答えた。視線と指が操作盤の上で激しく動き回っているが、どうやって、そして誰が、宇宙護衛艦と連絡を取ったのかわからない様子だ。

「予定が変わりましたね。どうします?」

 ユルゲンが偽イリーナにお伺いを立てる。違和感を感じるが彼女がボスらしい。

 偽イリーナは苛立ちを抑えてユルゲンに視線を移す。

「とりあえず一回は、とぼけるようね」

「了解。オスカー、俺に音声入力権限を」

 ユルゲンはオスカーが操作する通信システム端末に近づくと、スマート眼鏡のマイクをリンクさせた。

「こちら恒星間移民船アーク。御指摘の件は理解できない。本船に異常はない。御存じのとおり、現在、本船は対消滅エンジンによるテスト航行中だ。安全確保のため、シールド解除の要請は受け入れられない」

 発言が終わると、ユルゲンは腕を組んで正面に映し出されている灰色で紡錘型の宇宙護衛艦を見つめた。

 この時点で恒星間移民船アークに付き従っている宇宙護衛艦は全部で三隻。相対速度を合わせ、アークを三方から取り囲む形で徐々に近づいてきている。

「奴ら、強硬手段に訴える気みたいだな」

 トミーは緊張しているのか自分のソフトモヒカンをしきりに撫でていた。

「つまらん。無駄な努力だ」

 岩のような雰囲気のクラウスが興味なさそうに呟く。

「スペースポートのゲートがロックされているか確認。斥力シールド及び電磁シールドは、出力最大!」

 偽イリーナが、まるで軍艦の艦長のように落ち着いて指示を出す。ボスを張っているのは伊達ではないようだ。

「あ~、人遣いが荒いな!」

 文句を言いながらもオスカーがキーボードの上で指を躍らせる。

 接近してきた宇宙護衛艦の灰色の装甲表面に白い光が走り、見えない壁にぶつかったようにそれ以上の接近が阻まれた。

「シールドは設計通りの性能を発揮しているようね」

 偽イリーナは満足そうに頷いている。

「こちら、宇宙護衛艦ミカヅキ。そちらの船をテロリストが占拠しているのは分かっている。無駄な抵抗はやめて直ちに投降しろ!」

「は~、無理しちゃって」

「馬鹿な奴らだ」

 偽イリーナは軽蔑したような笑みを浮かべ、ユルゲンが嘲弄するように口元を歪めた。

「でも、この移民船を私たちが占拠しているのは、バレちゃったみたいね。しょうがないから、犯行声明でも出しちゃってくれる」

「わかりました」

 そう言うと、ユルゲンは通信を開始した。

「我らは聖なる教団『神の国』。恒星間移民船は我々が接収した。地球連邦政府に我らの要求を伝える。移民船の乗員四〇〇〇人の命を大切に思うなら、収監中の我らの教祖及び教団幹部十二名を直ちに釈放しろ。繰り返す」

 ユルゲンが高らかに宣言した。偽イリーナは穏やかな笑みを浮かべている。

「地球連邦政府は要求に応じないわよ」

 フローラが冷たい目でユルゲンたちを見上げると、低い声でつぶやいた。

 テロリストたちの苛立ったような視線がフローラに集まる。

「そして、あなたたちは宇宙船から脱出することもできない。おまけに地球の脅威とみなされれば、周りにいる宇宙護衛艦が、この船を破壊するわ」

 だから、このテロは必ず失敗する、つまらないことはやめろとフローラは訴えたかったんだとマコトは思った。

「脱出する気なんか、もとからないわよ」

 しかし、フローラの主張を嘲るように、偽イリーナは床に座ったフローラを見下した。

「えっ?」

「さっき言わなかったっけ? 要求に応じてくれても、くれなくても、このまま航行。選民を実施して、この船を『神の国』にするだけよ」

「選民って、いったい」

 その言葉の禍々しい響きにフローラの表情はみるみる陰る。

「穢れた人間は粛清するのよ。さっき殺した有色人種とか、あなたみたいな生意気な混血とか」

 そういうと声を抑えて偽イリーナは笑った。

「そんな」

 フローラは声を震わせ、アイーシャとリーファは偽イリーナを睨んだ。

「ここにいるのはわずかな人数でも、この移民船には多くの仲間がいます。あなたたち数人でなんとかできるなどと思わない方がいいですよ」

 船長は声を荒げることなく、偽イリーナに厳しい視線を浴びせかける。

「あら、これで全員だと思ってるの? お生憎様。まだいるのよねぇ、私たちの乗ってきた宇宙船に。それにアステカ帝国もインカ帝国も数百人のスペイン人に征服されたって歴史で習わなかった? 三〇〇〇人や四〇〇〇人の人間を支配するのなんか、数十人の武装集団がいれば十分よ」

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