浦島太郎……だよね? ~狂気の昔ばなしシリーズ~

小林勤務

第1話

 昔、昔、寂れた漁村に、浦島太郎という45歳、無職の中年が住んでいました。


 最初は漁師である両親の手伝いをしていましたが、同じ村の若者が村をでて、都でいい暮らしをしていることを風のうわさで知ると、とたんにやる気を失い、漁にでなくなりました。


 ある日、太郎はいつものように男女のまぐわいを盗み見るために海辺にいきました。この海辺は穴場になっており、若者たちの逢瀬が盛んに行われていました。太郎は、その様子を瓦版におこして、都のお公家さまに売りさばくことで、なんとか生計を立てるようになりました。


 今日も、ひともうけしようと足を運ぶと、いつもと様子がちがいます。村の子供たちが、一匹の亀をいじめていました。


 太郎は興ざめでした。

 商いの邪魔をしやがって。

 つまらないことに関わりたくない太郎はその場を立ち去ろうとしますが、呼び止められるようにその横顔に血がつきました。


 なんと、さきほどまでいじめられていた亀の手足が、ぐんぐん膨張して、身長3メートルはあろう大男に変身したのです。ごりごりの筋肉にものをいわせて、子供たちに鉄拳を喰らわせていきます。ひぎゃああという絶叫と血飛沫が乱れ飛びます。


 潮と鉄の匂いが夏の到来を予感させました。


 あっという間の惨劇でした。


「おい、お前もみたのか」


 太郎は亀人間にみつかると、口封じとばかりにそのまま海底へと連れ去られていきました。


 太郎は海のなかで息ができません。

 大量の海水を飲み込み、すぐに溺死してしまいます。


 目が覚めると、そこは手術室でした。無機質な空間をごまかすように、ヒラメやタイといった楽しい海のようすが壁に描かれていました。


 がちゃりと扉が開くと、さきほどの亀人間が入ってきました。


「乙姫さまに挨拶するがよい」


 なにがなんだかわからず、太郎はそのまま大広間に連行されました。そこには、それはそれはたいそう美しいお姫さまがいました。露出は高めであり、大勢の亀人間たちを従えています。お姫さまは亀人間の人間イスに腰かけ、亀人間の人間ひじ掛けに腕をのせていました。


「ようこそおいでくださいました。わたしは乙姫といいます。あなたはこれから、わたしに仕えていただきます」


 自分の意志とは無関係に、ははーと頭を下げてしまう太郎。どうやら、太郎が一度死んだときに、特殊な薬剤を注入されており、死してなお乙姫さまにご奉仕するように身体の仕組みを入れ替えられていたのです。


 そして、乙姫さまから太郎には、ある使命が言い渡されました。


 それは――海辺に逢瀬にきている男女を拉致して、龍宮城に連れてくることです。


 盗み見から拉致へ。職というものは縁のあるところに流れていくのです。


 逃走役であるタイ人間、見張り役であるヒラメ人間たちとともに、太郎は陸にあがります。すると、どうしたことでしょう。太郎はゆっくりしか歩けません。いや、歩くというより這うことしかできないではありませんか。


 そうです、太郎は特殊な薬剤によって、人間から亀人間へと姿を変えられてしまったのです。太郎の目の前に年老いた両親がやってきました。必死に助けをもとめますが、人間である両親の目には、太郎はただの亀にしか見えません。そのまま無視されて日は暮れていきます。


 来る日も来る日も、逢瀬におとずれた男女を拉致して、龍宮城につれていきました。どうやら、乙姫さまは海の底に、自分だけの理想郷をつくろうとしていたのです。そのためには多くの人出が必要であり、拉致を繰り返していたのです。


 男は亀人間に、女はあわび人間に変えられました。


 亀人間たちには階級がありました。一番下っ端は、土木要員。次に人間イス、その次は護衛。そして、最後は夜の乙姫さまのお相手。大部屋で寝食をともにする亀人間たちの目標は、乙姫さまのお眼鏡にかなうことでした。


 龍宮城は監獄のようであり、なんの楽しみもありません。太郎は乙姫さまのお相手だけを目標に仕事に精をだし、徐々に出世を果たして、とうとう乙姫さまの夜のお相手のひとりにまで昇りつめました。


 太郎はここでの暮らしのなかで強靭な精神と肉体を手に入れており、無事、乙姫さまのお相手を務めることができました。何十人もいるなかで、すっかり太郎は乙姫さまのお気に入りになります。


「このままずっと龍宮城にいてください」


 どうせ人間には戻れず、人間に戻って帰ったとしても、お公家さまへ春画を売るだけのしがない日々。そんな暮らしにはもう興味がありません。


 乙姫さまを春によってあやつることで、裏から龍宮城を支配するまでになり、二人は楽しく毎日を過ごします。


 そして、気がつけば三年の歳月が流れていました。


 ついに龍宮城は完成し、海の底に都に負けないぐらいの大宮殿が完成しました。太郎はその様子を遠くから眺めようと海面へ近づくと、荒廃した漁村が見えました。そのまま郷愁にさそわれて陸にあがると、海辺にぽっこりとお腹だけをふくらませた老夫婦を見つけました。


 それは――おっとう、おっかあでした。


 太郎が海にもぐってから、この国は貧富の差がどこまでも広がっており、二人とも食うに食われず今にも死にそうです。


 太郎の胸に幸せだったこども時代が去来しました。どこで人生を間違えたか、今となっては遠い記憶です。すでに人間を超越した太郎が帰る家はどこにもありません。しかし、このまま両親を放っておけないため、あることを思いつきます。


 この世の楽園である龍宮城を観光地にして、そのもうけをこっそり両親にわたそうとしたのです。

 さっそく、乙姫さまをあやつり亀人間を動員して、漁村と龍宮城を海底洞窟でつなぎました。そして、評判をききつけたお公家さまが大挙して龍宮城をおとずれました。


 龍宮城は大賑わい。


 猫も杓子も、老若男女も、一度はおいでよ龍宮城。


 空前の大飢饉により餓死者が続出するなか、都ではそんな歌が流行りました。


 野垂れ死に寸前であった両親も、今ではすっかり肥え太り、銭にものを言わせて奴隷まで雇うようになりました。

 いつの世も、富めるものが貧するものをこき使う。時代とともにヒトが変わるだけであり、ともに豊かになろうと願う声はお金の前では無力です。


 しかし、そんなかりそめの栄華は長く続きませんでした。


 下界から隔絶された地をいいことに龍宮城を悪用するものが現れました。賭博、幻覚をみせる生薬の売買、春の売り買い、人斬り――ありとあらゆる悪事が行われたのです。


 しかも、あろうことかその手引きをしていたのが太郎の両親でした。清らかなこころをもった二人はすっかり金の亡者になりさがり、金銭でお公家さまを買収して、権力をかさに悪党と手を結び、さらなる利益を貪ろうとしたのです。


 みるみる荒廃していくこの世の楽園。


 ついには、太郎と乙姫さまの秘め事まで盗み見されて、その様子を描いた瓦版が裏で売買されるまでになったのです。


 絶句する太郎。


 龍宮城にくるまえに、太郎が生業にしていたことがそのまま自分にはね返ってきたのです。

 不幸にもさまざまな遊戯ぷれいを暴露されてしまった太郎は、ショックのあまり、あっという間に白髪のおじいさんになってしまいました。


 あな可笑しや。

 あな、可笑しや。

 

 そして、この瓦版を前にひとりの男が立ち上がります。そうです、この男は息子と娘を太郎に拉致された生き別れの兄弟。とうとう、太郎の悪事が表にでてしまったのです。


「悪の象徴である龍宮城を成敗するべさ!」


 男の声に、おなじ境遇の親兄妹が呼応しました。そして、お公家さまに虐げられた奴隷たちも加わり、万を超える大軍となったのです。


 歪な世を正すべく、空前の大反乱がおこりました。


 太郎のおっとう、おっかあは、悪の先導者として真っ先に血祭りにあげられ、反乱軍はその勢いのまま龍宮城に攻め込みます。



 満月の夜――珊瑚が一斉に受精する神秘の海。



 海は混沌かおすに抱かれて、全てが真っ赤に染まります。



 遊びにきていたお公家さまは皆殺しにされ、ひとりも残っていません。


 亀人間たちも反乱軍によって徐々に成敗されるなか、追い詰められた太郎と乙姫さまは秘密の小部屋にはいりました。

 そして、二人は小さな四角い箱のような秘具を取り出しました。


 この龍宮城を自爆させて、反乱軍もろとも海の藻屑に沈めようとしたのです。


 しかし、この龍宮の魔力によって生み出された存在である太郎や乙姫さまも、どうなるかわかりません。

 そうこう迷っているうちに反乱軍が部屋に侵入しました。

 反乱軍の放った矢が秘具に突き刺さります。


 次の瞬間――大爆発が起きました。


 龍宮城は内側から破裂するように弾け飛ぶと、地下の実験室に蓄えてあった特殊な薬剤が一気に海に放出されました。

 ぶくぶくと海面まであがると、大量の白い瓦斯を発生させました。有毒な瓦斯が大和の国をあまねく覆っていきます。

 

 これが、白亜紀に墨西哥めきしこ西方に墜落した隕石による大量絶滅に次ぐ、六度目の大量絶滅を引き起こしたのです。


 農民、武士、すべての民が息絶えたなか、その環境に順応した亀人間とあわび人間たちがゆっくりと陸からあがってきました。


 この世は、彼らの楽園にとってかわり、今度は地上に大宮殿を建てることになったのです。


 玉座の間には、あの災厄を生き延びた太郎と乙姫さまが仲良く座っていましたとさ。



 おしまい、Oh Shit Mine

 おしまい、Oh Shit Mine



 了





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