第39話 正体

 二階から倉庫への連絡通路を通り、3人は目的地点へ到達した。


 倉庫のドアを開けると同時に冬を予感させる冷たい風ではなく、暖房が運ぶ温かな風がなだれ込んできた。


 照明を起動させ、中へ侵入すると当然ながら建物2階に相当する鉄骨の足場が広がる空間で、様々な地点に室内を温めるヒーターが点在し、室温を上げていた。


 転落防止のため、鉄柵までしっかりと設けられている。


 壁際には1階へ続く螺旋階段が見つかり、そこから1階に行くことが可能と考えられる。


 しかし、創は鉄柵の先にある奈落から、彼女のいる水槽を見つけてしまったのだ。


「エリシアっ!!」


 彼女の名前を叫びながらクロロで鉄柵を飛び越え、一気に着地する。


「ちょっと創っ! 待ってよ!」


 あまりに突発的な創の行動に驚く彩理も、クロロで彼のあとを追跡した。


「待ちなさい! 二人ともどうしたの!?」


 いきなり彼らが飛び出したことに、夢は訳が分からないまま、先にある階段を利用して駆け下りる。


 飛び降りて着地した二人が先に到達すると、そこには白い空間で出会った、あのエリシアがいたのだ。


 大きな立方体の水槽に中で、立ったまま力なく両腕をぶらんと下げ、両目からの光を閉じ込め、出会う時の服装のまま、水中で拘束されている。


 水族館で見られるエアーポンプによって水泡が細かく浮き上がっている。


 脱走を防ぐためか、黒い水槽の蓋はしっかり閉じられていた。


 この水槽内で眠りながら、ウィルクスによって監視されていたのだろう。


 彩理も創も、初めて見る”実体”としてのエリシア。


 正面から目撃し、数秒間呆気にとられてしまった。


 まじまじと眺めているわけにもいかない彩理は創と手分けしてエリシアを救助する。


 彩理は一気に水槽の前と左右の側面を、底に近い地点へバイオツールで突き破り、水を抜き始めた。


 周囲に広がるは比較的温かな海水。


 側面から流れる水によって、あっという間にコンクリートの床は水浸しになり、彩理の足に温水が染み込んだ。


 水が減っていくうちに、眠るエリシアは、後ろのガラスへ座るように寄りかかり始める。


 座る彼女の肩のあたりまで水が引き始めたとき、創が高くジャンプして水槽の蓋をバイオツールで一部破壊し、中へ侵入する。


 脱力するエリシアを抱きかかえながら再び跳躍して彩理の近くへ水しぶきを上げながら着地した。


 彩理が創とエリシアの近くへ駆け寄る。


 濡れたままの彼女は、髪が水の重みで下を向き、全身に服が吸い付いて身体のラインが綺麗に透けて映り込んだ。


 水槽から少し離れた場所に移動し、創の腕に抱かれたままのエリシアは、瞳を大きくゆっくりと開け、目の前に広がる景色を捉えた。


「エリシアさんっ!」


 以前に出会った少女が不安そうに自身を見つめる姿が目に入る。


「エリシアっ! 大丈夫か!?」


 何度も出会い、語り合った少年が続けて目の前に飛び込んできた。


「アヤリに……ソウ……?」


「よかった……助けに来ましたよ、エリシアさん!」


「やっと出会えた……本当に、良かった……」


 安堵すると同時に二人はクロロを解除する。


「座れるか?」


「はい。大丈夫です」


 創の腕を離れ、彼女は足を伸ばして水面が広がる床へ座る。


 直後に階段を下りて走ってきた夢がバシャバシャと水音を立てながら合流する。


「パンゲア――じゃない――どういう――こと?」


 夢はこの光景を見たことは一度もない。


 何度も黒縁のメガネをかけ直し、初めて遭遇するエリシアに、言葉が出てこなかった。


 そこへ彼女は夢に呼びかけた。


「初めまして―――いえ―――お久しぶりです―――ユメ」


 エリシアは彼女との面識があったらしいのだが、一度も面識を持ったことがない夢は混乱して唖然としていた。


 二人の顔を見比べていた彩理は、夢とエリシアのある共通点に気づく。


「先生、ちょっと座ってエリシアさんの横に並んでもらえますか?」


「え? ええ……」


 未だに混乱気味の夢がエリシアの隣に並び、彩理と創は彼女たちの顔をじっと見た。


 創もその理由に気づくと真相を探るべく夢に問いかけた


「まさか――母さん! ちょっとメガネ外してみて!」


「こうかしら?」


 さらなる子どもからの注文によって余計に混乱する夢は仕方なくメガネを外す。


「やっぱり! 先生とエリシアさん、双子みたいにそっくりです!」


 そこには、髪や目の色を除き、双眸や耳の形、輪郭までほとんどが一致した彼女たちがいたのだ。


 驚きながら慌ててメガネをかけ直した夢がエリシアの方を向く。


 彼女は笑顔で夢の方を向く。


「あなたって、まさか……」


「はい。あなたがソウを創った、あの時の“パンゲア”が、私なのです」

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