終章 エリシア

第28話 接続は再び

 彩理は再び、あの空間にやってきてしまった。

 

 エリシアと出会った、あの場所に。

 

 それは“無”と“死”の他に「耳」を「門構え」で閉ざした無音の“闇”とも言える。

 

 クロロの発現を確かめた後、体力の回復も兼ねて睡眠を行っていたのだ。

 

 エリシアと会うとするならば二度目のこと。

 

 クロロの暴走を許してしまって以降だ。

 

 音の聞こえない彩理の属する空間に、人の足音が聞こえてきた。

 

 歩くように間をあけた音が、次第に間を詰め、走り出してくる。


「誰っ!?」


 彩理が思い切って振り向くと、目の前には見覚えのある人物が現れた。


 高い身長、長めの緑髪、細い目――それは紛れもなく、創であった。


「彩理ちゃん!」


 今までエリシアとの二人だった空間に、同じく彼女と二人きりだった創が目の前には現れていた。


「なんでここにいるの……?」


 目を点にして驚きを表す彩理に、同じく創も言葉での説明に時間がかかった。


「それは俺にもわからない。久々にエリシアのもとへやってきたと思ったら、近くに彩理ちゃんがいて……」


 理解ができない状態の二人に、唐突に現れた一人の女性。


「ふふふっ。驚きましたか?」


 笑顔を振りまきながら、エリシアが出現した。


「エリシアっ!」


「エリシアさん!」


 創は驚いたような大きな声で、彩理は対照的に言葉を失うような小さな声で、彼女を呼びかけた。


「アヤリ。ソウ。お久しぶりです」


 エリシアはおっとりとした口調で、いつも通りの対応をする。


「久しぶりだが、これは何が起こっているんだ?」


「二人を同じ場所に呼べるか、試してみたのです。そしたら、思いのほか成功してしまいました」


 今まで行われなかった実験をいとも簡単に二人の前で見せるエリシアは、悪巧みをした子どものように笑った。


「でも、どうしてそんなことを――」


 意図の不明な実験に疑問を呈した彩理に、彼女は答える。


「それは、お二人に伝えなければならないことがあるためです」


「俺たちに?」


 二人に見せた笑顔は消え、真剣な表情へ変化を遂げた。


「私の肉体が何者かに奪われ、閉じ込められてしまいました」


 彼女から出てきた“肉体”という言葉に理解が追いつかなかった。


「ど、どういうことですか?」


 エリシアの存在はこの空間でのみ表現される実体だと彩理は考えていた。


 そこへ創はあるひとつの考察を彼女へ投げかけた。


「エリシアは“パンゲア”なのか?」


 その問いに、エリシアは「その通りです」と真っ当に答えた。


「エリシアさんが……パンゲア……?」


 当時発見された新種の生物。


 それは貝類でありながら、コミュニケーションの伝達を電波によって会話を成り立たせる特性を身につけていたのだ。


「今ここにいる“私”は、あくまでも“意識”です。本当の“肉体“をもつ“私”によって送信された情報でしかありません」


 創はすぐさまエリシアに訪れるリスクをシミュレーションする。


「パンゲアとしての肉体が、何らかの形で消滅した場合、もうエリシアはここに来ないということか」


「ええ、ソウの考えている通り、私は死亡という形式に則って消えてしまいます」


 エリシアに迫る最悪のケースを聞いた彩理が、声に出ない驚愕の後冷静さを取り戻し、彼の名前を呼ぶ。


 彼女が最初に持っていた内気さが鳴りを潜め、代わりに大きな目標を成すための覚悟がそこにはあった。


 彩理と創は一度目を合わせ、同時に頷く。


 二人の意思は一つ、エリシアの救出だった。


「捕まった場所はわかりますか?」


「お二人とはそこまで遠くはないでしょう。海で捕まって、近くの建物に連れて行かれました。暗い場所に、水の箱の中で、私は眠っています」


 限られた情報を基に創は顎に手をやり、推測される場所を考えはじめた。


「海の近く、暗い場所、水の箱……」


 しかし、すぐに答えを導くことはできず、エリシアとの別れが刻一刻と近づいてきた。


「申し訳ありません。私の意識もまもなく、消えてしまいます」


 無力なエリシアは、ただ謝るしかなかった。


 それでも、創と彩理の決意は変わらない。


「気にしないでくれ。絶対に場所を突き止める」


「諦めないでください。わたしたちがエリシアさんを助けます」


 意識の消えかけるエリシアの実体はノイズを含んだホログラムのように歪んだ映像へ変わり始めていた。


「ありがとうございます。お二人を信じて、待っています……」


 完全な砂嵐となったブラウン管テレビのように、完全に空間は消滅した。



   * 


「んっ――」


 眠ってしまった彩理は、意識を部屋の中へ戻していた。


 近くには、同様に両腕を伸ばして昼寝をしていたと見られる創がいる。


「創。エリシアさんを助けなきゃ」


 窓の方へ創は背中を向いていたが、言葉を聞けば、見えない表情がこちらまで見えているように思える。


「ああ。スフィア・プラントの問題がある以上、これは偶然じゃなさそうだ」


 太陽の傾きが早くなり始めた秋の昼過ぎは、救出への時間が迫る様を表しているようだった。


「――創くん! 中村さんが呼んでます」


 別室にいたジルがいきなり二人の部屋へ入ってくる。


「どうしたんだ?」


 この日は、異変に次ぐ異変が続いてゆく。


「わかりませんが、研究室まであたしと一緒にきてほしいと言われました!」


 何か新しい情報が入ったのだろうか。

「わかった、今から行こう」


 創はすぐに立ち上がって薬とバイオツール、スマートフォンに財布と鍵を持ち外出の準備をする。


 そしてジルはついでと言わんばかりに彩理にも呼びかける。


「彩理さんも先生が呼んでいるので一緒に来てください!」


「は、はい!」


 彩理もすぐにカーディガンを身に付けジャケットを羽織った。


 創が一つ気がかりな問いかけをする。


「身体は大丈夫?」


 睡眠をとっていた分、脳も身体もリセットされた気分になった。


「うん。寝たら動けるようになったよ。創は?」


「クロロとは長い付き合いさ。これぐらいは平気だよ」


 慣れていると言わんばかりの創は、彩理の心配を跳ね飛ばす。


 いつもどおりの創が目の前にはいる。


 自信に満ちた笑顔とともに、彩理は玄関を出る。


「ではでは行きましょう!」


 ひときわエネルギッシュはジルが先陣を切って歩き出した。


「――どうしてジルさんはこんなに元気なんだろう?」


 彩理は活発な彼女にタジタジ気味だが、創は「いつものことだよ」と彩理に耳打ちした。

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