第17話 暴走

 あたかも本能のままに動く、赤い瞳の彩理。

 

 創の目には敵である人型の生物を殺戮する彼女の姿が映る。

 

 クロロを発現した彩理の自我は消え、状態は“暴走”という二文字でしかなかった。


「――ウオオオオオオアアアアァァッ!」


 必死に状況を受け入れようとする創を尻目に、彩理は人型の群れに単身突入していった。


「まずいっ……」


 どんな姿に変わり果てたとしても創にとっては彩理という一人の女の子でしかない。


 止める方法が見つからない今、創はできる限り彩理を敵から守ることにした。


 走り出した彩理のあとをすぐさま追う。


 彩理は前方からすれ違いざまに自身が形成したナイフでバイオロイドたちを一閃する。


 藤本の背後から湯水のように緑色の増援が再び出現する。


 狂気を孕んだ彩理の視線に藤本は捕捉され、恐怖で足がすくんで動くことができなかった。


「な、何をしている!? 早く私を守れぇ!」


 藤本の指令に、バイオロイドたちは上官を守るために動き始めた。


 相手の情報を探り、まっすぐ夢の元へ戻るはずの彩理は、長期戦に突入することになった。


 彼女の背後を取ろうとしたバイオロイドを逐一なぎ払ってゆく。


 ナイフや盾で防ぎきれない箇所から攻撃を受けるたびにアンプルで回復していく。


 まだ数の整っていない薬品が無情にも戦闘の消耗とも消えてゆく。


 それでも確実に敵の数を減らし、暴走を終えるまで彩理の安全をできる限り確保しなければいけなかった。


 それが創のできる最大限の戦い方だった。


 時折従来の錠剤も織り交ぜているが、焼け石に水という表現があまりにも適していた。


 回復速度が遅すぎたのだ。


 バイオロイドによって胸を斜めに引き裂かれながらも、ナイフで首を突き刺して倒し、気を吐いた。


 急速な消耗との戦いながら、彩理に目をやると、数体の人型が一斉に正面から襲いかかっている。


 創の立場なら飛ぶか横に移動して回避しながら反撃を伺う状況だ。


 しかし彩理は避けることもせず、止まることもしなかった。


 創は自らに襲ってきた人型に反撃する最中、彩理との距離が離れていることに気づかなかった。


「彩理ちゃん!」


 継続して発現できたクロロがダメージの蓄積によって解けてしまった。


 先ほど切り裂かれた身体が痛み出し、胸を抑えながら叫ぶことしかできなかった。

 

 彩理は襲いかかった人型数体の爪をまともに受け、同時に胸や腹を貫かれていた。


「ガッ……ハァ……ハァ……」


 断末魔に近い声とともにこうべを垂れた。


 口から大量の血液が滝となって外へ流れている。


 彩理の足はしっかり地面と接着し、踏ん張っていた。


「フ……フフフッ……」

 

 長い緑髪によって赤い瞳は見えなかったが、なぜか彼女の口元から笑みがこぼれ落ちていた。

 

 次の瞬間、バイオロイドたちは横へ真っ二つに切断されていた。


 水の入ったペットボトルでも落ちたかのような、地面と肉片の鈍い音が聴こえたあと、辺りには砂が残るのみだった。


「アハッ、アハハハハハッ――ゲホッ!」


 咳とともに再び血を吐き出し、バランスを崩して仰向けに倒れた。


 この状況下で笑いが止まらない彩理だったが、創には彼女の変化に気づき始めていた。


 緑色の長髪は、根元から色が変化し、今度はこれもまた鮮やかな橙色に変化していたのだ。


 さらに彩理の瞳は、敵意をむきだした赤から、本来の黒い輝きを取り戻し始めていた。


「アハハハ……アハハはは……ははは……けほっ……はぁ……やった……!」


 笑いながらも時折咳き込む彩理から、人間の言葉が聞こえ始めた。


「創、やったよ、わたし……生きてる……」


 創は急いで彩理のもとへ駆け寄り、自身の所持する最後のアンプルを彩理の口へ含ませた。


 瞬く間に血は止まり、呼吸が落ち着き始めた。


「大丈夫か?」


 暴走が止まったことを、視覚と聴覚と触覚で創は感じ取っていた。


「うん……ただいま……」


 アンプルを飲んだ彩理に、二度目の暴走は起こらなかった。


 彩理がなぜこのような“暴走“を発生させたのか、原因はまだわからない。


 この状況を切り抜け、夢の意見を仰ぐしかない。


「おかえり……」


 二人は満身創痍だった。


 これまでの長時間をクロロで戦ってきた創は、傷の回復が徐々に遅くなり、血が止まらなくなっていた。


 彩理が持っているアンプルを使えばクロロは使えるが、身体が耐えられるかどうか非常に厳しい状態だった。


「せっかく元に戻れたのに……これじゃあ、どうしようもないね」


「ああ、俺も、もうボロボロだ。降参だな」


 あれだけの数を殲滅させても、敵の出現は停止しない。


 迫り来る人型は周囲三百六十度を既に囲まれていた。


 自分たちが造られた技術そのものによって敗北することになるとは考えもしなかった。


「皮肉だな……出処の同じに奴らに負けるなんて・・・」


 辞世の句でも詠おうかと考えていた創に、彩理はふと気づいたことがあった。


「ねぇ、創、何か聞こえない?」


 建物の方向から聞こえ始めたのはひと時の静寂の中に割れて入った連続の爆発。


「……何が起きているんだ」


 動けなくなってきた身体の代わりに耳を凝らして聞き取ろうとする。


「こっちに近づいてきている!」


 近づきつつある赤い炎と爆発に周辺のバイオロイドたちが巻き込まれ始めていた。


 そしてついに、その爆発は彩理と創の周辺にいたバイオロイドたちが炎に巻き込まれ、あっと言う間に燃え尽き、消滅した。


 未だ燃え盛る炎の隙間から、小柄な人間が陽炎に揺られながら現れた。


「創くん彩理さん! 早く帰りましょう!」


 彼女は、彩理の前に一度だけ現れたことがあった

カールのかかった金髪に青い瞳、ゆるふわなファッション――それに加え、デザートイーグルよろしく大型のオートマチック銃のようなものを右手で構えていた。


 彼女の名は――ジル・レザック。

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