第27話

 チャイムが鳴ったのは、昼食を食べ終えて少ししてからだった。

 玄関先で受け取った荷物を、とりあえずリビングに運び込む。

 ダンボールの類ではなく、専用の袋に包まれた荷物を開封する。

 その様子を彼女は落ち着かない様子で覗き込んでいた。

「シンプルでちょっと可愛いですね」

 心なしか声も弾んでいるように思える。

 シンプルというより、地味なだけという気もするが、そのまま袋から取り出してフローリングに広げてみる。

「こうしてみると、結構場所取るな」

「でもまぁ、使わないときは畳んでおくので大丈夫じゃないですかね」

「だな」

 届いた荷物は、注文しておいた彼女用の布団一式だ。

 予定通り日曜日の、それも比較的早い時間に届いて助かる。

「敷くとしたら、どのあたりがいいと思います?」

「いつも座ってるあたりだろ。テーブルの向こう側の」

「いっそ模様替えでもしてみますか? ソファをあっち側に置けば、隣に布団、敷けますし」

「なんの意味があるんだよ」

「それっぽくなるかな、と」

「却下だ。わけがわからんし」

「残念です」

 一体なにが残念なのかも、それっぽくなるのかもわからない。

 別々に眠るのに、わざわざ隣り合う位置に布団を敷いてどうするというのか。

 まぁ、声色からしてふざけているだけなのだろうけど。

「試しに敷いてみてもいいですか?」

「そうだな、寝る前にバタバタするのもあれだし」

「じゃあお試しで」

 彼女は布団の大きさを腕で測り、スペースの確保を始める。

 俺も横からそれを眺めつつ、邪魔になりそうなものを移動させた。

 ソファはそのままでいいとしても、テーブルは若干動かす必要がある。

 その他、ゴミ箱やクッション、電源タップなどもずらしておいたほうが良さそうだ。

「これなら綺麗に敷けそうです」

「テーブル、大丈夫か? 結構ギリギリだけど」

「寝相はそんなに悪くないはずなので、たぶん」

 布団に寝転がりつつ、彼女は左右に転がってみせる。

 しかし、どう控えめに見ても、新しい玩具ではしゃぐ子供だな。

 本人が聞いたら眉を顰めそうなことを考えつつ、ベッドに腰かける。

「あの、私の寝相、大丈夫ですよね?」

「自信あるんじゃないのか?」

「一応、第三者の意見も訊いておくべきかと思って。どうでした、ベッドの私」

 その訊き方は非常によろしくないので、気を付けてもらうとして。

「訊くまでもないだろ。ソファで眠ってても落ちてないんだから」

「あ、それもそっか。うん、寝相、大丈夫です」

「ま、寝ぼけたまま起き上がって頭とかぶつけるなよ」

「……気を付けます」

 テーブルの位置はズラしてあるが、スペース的に布団とはほぼ隣り合う形になる。

 寝ぼけたまま不用意に起き上がれば、頭などをぶつける可能性は十分あるだろう。

 そして不思議と彼女は、そういうことをやらかしそうな気がしてしまう。

 本人もリアルに想像できてしまったのか、頭頂部に手を当てて渋い顔をしていた。

「寝心地はどうだ?」

「さすがにフカフカとかいきませんけど、十分すぎるくらいです」

「安物だからな、そのあたりは我慢してくれ」

「いえいえ、本当に十分なので。これ以上望むのは贅沢です」

 贅沢は言い過ぎだろうと思うが、彼女はきっと本気で言っているのだろう。

 居候として謙虚な心を忘れないのは立派だけど、もう少しこう、気楽に考えても構わないのだが。

「新品の匂い、かな……不思議な感じ」

 まだ昼間だというのに布団で横になり、枕に顔を埋める。

 これが床に敷く布団ではなくベッドの類だったら、その上で飛び跳ねていたんじゃないかと思う。

 それくらい彼女がはしゃいでいるように、俺には見えた。

 しかし、あれだな。

 こんな風に彼女用の布団が部屋にあると、本格的に同棲でもしているみたいな気になってくる。

 お互いそんな関係じゃないことは十分すぎるくらい理解しているが、第三者から見たら同棲以外の何ものでもないだろう。

 いや、第三者にこの状況を見られることなんてあってはならないのだが。

 怖い想像と同時に、痛みを伴う懐かしさが蘇ってきた。

 実現こそしなかったが、咲奈ともそういう話になったことがある。

 お互いにいい年齢で、部屋に泊まることも頻繁で。

 だったら一緒に暮らしてしまうほうがいいんじゃないかと。

 最初に言い出したのは、どっちだったか。

 どちらにせよ曖昧にしたまま先延ばしにして、結局は別れてしまった。

 決断できなかったのはたぶん、俺のほうだったと思う。

「このまま眠ったら、気持ち良さそうですねぇ」

「あとで眠れなくなっても知らないからな」

「……ですね。片付けもしないとですし」

 彼女はそう言うと、布団の魔力から抜け出すように起き上がる。

「使わないときはクローゼットでいいんですか?」

「毎日使うんだし、邪魔にならないとこに置けばいいだろ」

「わかりました。じゃあ、そのあたりに」

「あぁでも、そのビニールのやつとかはクローゼットにしまっておくほうがいいか」

 しばらく使わないときは、あの袋に入れて保管したほうがいいだろう。

「ですね。ならこれはクローゼットで……」

 布団のほうは彼女に任せ、俺はテーブルなどを元の位置に戻す。

 なにはともあれ、これで彼女もちゃんとした布団で眠れる。

 今夜からは俺も気兼ねすることなく、穏やかな気持ちで眠れそうだ。

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