第55話 コスプレしよう


「どうぞ上がって」


「お邪魔します」


 通されたところはアパートの一室。

 どうやら羽川魅音は一人暮らしをしているようだ。

 予想通りといえば予想通りだが、いい暮らしをしている訳ではない。

 駅から徒歩十五分で周辺にはコンビニやスーパーなど立地はいい方だが、建物は古く感じる。

 まぁ、俺の住むアパートに比べればマシな方だろう。

 だが、部屋に入って見るとカラフルな色が目に飛び込んだ。

 そう、コスプレグッズが至る所に飾られていた。


「な、なんじゃこりゃ」と思わず入る前から引いてしまった。


「言ったでしょ。私、コスプレが趣味だって。だからこう言う服はいっぱい持っているんだよね」


「一体、何着あるんですか」


「何着かな? 多分、百着くらい?」


「ひゃ、百着? 一着、一着結構するんじゃないんですか?」


「まぁね。だから結構大変なの」


「どこからそんなお金が?」


「勿論、Vtuberの副収入から。それとコスプレイベントで少々」


「コスプレイベント?」


「趣味でコスプレはするけど、実は私コスプレイヤーってやつなんだ。ミコミコって名前で活動しているよ」


 俺は早速調べてみる。

 コスプレイヤーとしてはある程度の名は通っているようでいろんな会場に参加している。アニメはそこまで分からないが、アニメから出てきたようなリアルな姿である。


「魅音は好きなことをして生きるって言う意味では私とウマが合うんだよね」


「へ、へぇ」


 俺にとっては未知の世界だ。

 安易に踏み込めないようなそんな感じ。


「コスプレってようはなりきることに意味があるんですよね。同じ人とは思えないくらいなりきれていますね。どうやってそれぞれの個性を出しているんですか?」


 速水さんは興味深く聞いた。


「ただその服装を着ればいいってものじゃないよ。そのキャラに合った特徴を取り入れないとダメなんだよ」


「そのキャラに合った特徴?」


「例えば、このキャラ。カリンちゃんって言う魔法少女なんだけど、目が細くて無口な子。そう言う特徴を取り入れるの。目が細くなるようなアイラインをして青唇のリップを塗って化粧をする。これがその写真だよ」


「これ、本当に羽川さんですか?」


「どう見ても私でしょ」


「いや、全く別人に見えるんですけど」


「でしょ。これがコスプレの極意。そのキャラになりきるんだから自分の個性は完全に殺さなきゃいけない。そこだけは意識してやっている」


「プ、プロですね」


「まぁ、趣味の範囲を超えてプロかもしれないね」


 ははは、と羽川さんは笑った。

 なんだ。この空気。

 羽川さんのペースで兼近さんと速水さんが飲まれている。


「あ、あの……」と俺が声を発したタイミングである。


「そうだ。速水さんもコスプレしてみる?」


「は、はい?」


「一回だけ。絶対楽しいから」


「いや、でも私、アニメキャラよく分からないし」


「はい。捕まえた」


 否定する速水さんに対して兼近さんは肩を掴んだ。


「ちょ、兼近さん。もしかしてあなた、羽川さんの味方をするつもりですか?」


「え? だって面白そうだし。それに速水さんのコスプレ見て見たいし」


「いや、いや、いや。どうしてそういうことになるんですか。ちょっと、本気ですか? いやあぁぁぁ‼︎」


 二人から無理やり着替えさせられる光景に俺は目のやり場に困った。


「ちょっと。冴島くんは外に出ていてよ。変態!」


「ご、ごめんなさい」


 逃げるように慌てて俺は部屋を出る。

 今、部屋の中で速水さんがアニメキャラになりきろうとしている。

 なんだ。このカオスな状況は。

 部屋の外で呆然と空を眺める姿は不審者そのもの。

 十五分くらい部屋の外で待っている時だった。


「お待たせ。冴島くん。入っていいわよ」


 兼近さんは扉を開けて俺に呼びかける。


「随分長かったですね」


「ふふっ。速水さん。生まれ変わったから期待していいよ」


 期待と不安の中、俺は部屋の中へ足を踏み入れた。

 速水さんがどんな姿になっていようと速水さんは速水さんだ。

 変わったのはあくまで姿だけ。何を期待しているんだ。俺は。

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隣人Vtuberにクレームを言いに行ったらクラスの美少女ギャルだった件〜誰にも言わないでと定期的に俺の部屋に訪れるようになり、溜まり場と化す〜 タキテル @takiteru

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