第39話 劣等感


「それで冴島くんの意見を聞かせてくれる?」


「俺は……いいと思います。速水さんのまっすぐな考え方は好きです。けど……」


「けど?」


「速水さんが遠くへ行っちゃうと思うと少し悲しいかなと思いました」


「そう言ってくれて嬉しいよ。でも、まだ一年以上は時間あるし、その間に思い出をいっぱい作ればいいよ」


 ニコッと速水さんは笑ってくれた。


「そうですね。速水さんとの思い出、作りますから」


「ありがとう! あとは親を納得させる必要があるけど、それもまた面倒なのよね」


「そうなんですか?」


「私、一人娘だから親としては遠くに行くことに関して良いように思わないと思う。でも、そこは頑張ってみるよ。正確に決まればまた報告する。勿論、途中経過も報告するから安心して」


「はい。でも意外でした。てっきり速水さんは有名大学へ進学して親の跡を継ぐものばかり思っていましたから」


「まぁ、それが一番楽な人生だと思うよ。でも、そんな決められたレールに乗るのはつまらなくない?」


 グサリと俺は胸に刺さった。

 俺は夢を追うことなく有名大学に入って名の知れた企業に就職出来ればいいと思っていた矢先に同じ雰囲気の速水さんは真逆な将来像を考えていたことに胸が痛くなった。

 俺も速水さんのように大きな夢を持つべきなのか。

 いや、周りに流されて思ってもいない夢を追いかけても破滅するだけだ。

 自分の芯を持たずに動くのは危険。


「ん? 冴島くん。どうかした?」


「い、いえ。何も。それより勉強したくなっちゃったな。勉強しませんか?」


「うん。別にいいけど。私、飲み物ほしくなったから追加で注文してくるね」


「そ、そうですか」


 俺はカバンから勉強道具をテーブルに並べて勉強を始めた。

 結局、俺のやりたいことは勉強一択だ。今は勉強で手一杯。

 だが、学校の授業の知識で社会には通用しないことなんて分かっている。

 急に自分の将来に不安を抱く中である。


「おい! どういうつもりだよ。あぁん?」


 レジ前で怒涛が聞こえたことで俺は視線をそちらへ向けた。

 そこには速水さんとガラが悪い金髪の男がいる。

 何かトラブルに巻き込まれたのだろうか。


「その態度はないんじゃないんですか?」と速水さんは対抗の発言をする。


「速水さん。どうしたの?」


「冴島くん。この人が無茶なことを言っているから注意していたのよ」


「無茶なこと?」


「俺はアップルパイが食べたいって言っているんだよ。それなのに無いってどういうことだ?」


「ですから当店では販売していない商品でございます」と店員の女性は申し訳なさそうに言う。


「無いってここはハンバーガーショップだろ。無い訳無いだろ!」


「あのね。あなた。店舗によっては無い商品だってあるのよ。チェーン店だからってなんでもあるとは限らないでしょ」


「さっきから何だよ。お嬢ちゃん。店員でもないのに偉そうにしやがって」


「あなたのせいで注文できなくて困っているお客さんが大勢いるんです。他の人に気遣いができないなら帰って下さい」


「何を! 誰に口をきいてやがる!」


 金髪の男は頭に血が上っているのか、周りが見えていない。

 速水さんに殴りかかろうとしていた。

 グッと速水さんが目を強く瞑った瞬間である。


「ぐへっ!」


 俺は速水さんを庇ったことで金髪の男に殴られた。


「さ、冴島くん?」


「お、俺は悪くないからな! 俺に口答えしたお嬢ちゃんが悪いんだからな!」


 そう言うと金髪の男は逃げるようにして店から出て行った。


「だ、大丈夫? 冴島くん」


「俺は大丈夫。それより速水さんは大丈夫?」


「私は大丈夫だけど……冴島くん。血!」


「へ?」


 タラッと俺は鼻血を流していた。

 店は一時期パニックを起こしたが、俺は鼻血が出ただけで大した自体にはならなかった。

 ただ、速水さんに怪我がなかったことは何よりだった。

 それにしてもいきなり殴らなくてもいいのに。

 世の中には頭が沸いた変な奴もいると認識できた瞬間でもある。

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