「にゃあああ! どうか、どうかお助けをー!」


「……鮫島さん」


「ん、なに?」


が悪霊……?」


「そうだよー」


 駅前の交差点、道を行き交う人々に紛れて明らかに異質な存在が一人。それはコテコテの萌えキャラみたいな見た目をした猫耳着物娘だった。はっきり言って悪霊というかただの浮かれたコスプレイヤーにしか見えないが、どうもこれが地上に蔓延る悪霊という事で間違いないらしい。彼女は僕らを見たとたんに逃げ出そうとしたのだが、あっという間に鮫島さんに追い付かれてひっ捕らえられてしまった。というか鮫島さん、めちゃくちゃ足速いな。


「うちは悪い悪霊じゃないんですにゃー! どうか見逃してくださいにゃー!」


「いや、悪いから悪霊なんでしょうが」


 猫耳娘は今にも泣き出しそうな顔で必死に懇願するが鮫島さんにはまったく響いていないようだった。しかし退治ということはやっぱりこの支給品の鎌でバッサリやってしまうということだろうか。見た目が見た目だけにさすがに少し気が引ける。正社員になったらこういうこともやらなきゃいけないのか……やっぱりちょっと考え直そうかな……なんて考えていたら、急に僕の脚に猫耳娘が縋りついてきた。


「お願いしますにゃー! 助けてくれたらなんでも言うこと聞きますにゃー!」


「え、なんでも……?」


「はい、なんでもですにゃあ、ご主人様」


「ご、ご主人様……!?」


「おいおーい、なにいちゃついてんのさー」


「ああ、いや、これはその……」


「ねえ、ご主人様……。うち、まだ消えたくないにゃあ……。鎌で切られるなんて怖いにゃあ……。家来でもペットでもいいから、ご主人様と一緒にいたいにゃあ」


「はいはい、そこまでー。悪霊なんかの言うこと信じちゃだめだよ、新藤君」


「にゃー! 年増は黙ってるにゃー!」


「な……お前今なんつった!? 私まだ二十五ですけど!?」


「四捨五入したら三十にゃ。うちみたいなぴちぴちのおにゃのこから見たらおばさんだにゃー!」


「悪霊風情が……! 今すぐ黙らせてやる……! 新藤君、そこ退いて!」


「にゃー!? ご主人様ー! お助けー!」


「えぇ……」


 助けてくれと言われてもただのインターンでしかない僕には何もできない。気は乗らないがこれ以上鮫島さんの機嫌が悪くなる前に早いとこ退治した方が良さそうだ。


「えーと、これ鎌で切ればいいんですか?」


「そうそう。もう思いっきりやっちゃってよ」


「みぎゃー!? この薄情者ー! えーと、えーと……あ、そうだ! 見逃してくれたらいいこと教えてあげるにゃー!」


「はぁ、よく喋るやつだなー。いいよ新藤君、気にしなくて」


「あ、あっち! あっちの方で悪霊を見たのにゃ! うちなんかよりよっぽどやばいやつにゃ! そこまで案内するからまだ切らないでほしいにゃー!」


「うわぁ……同族を売るとかひくわー」


「う、うるさいにゃ! 同じ悪霊だからといってみんな仲間ってわけではないのにゃ! うちみたいなか弱い悪霊は共食いされちゃうことだってあるんだにゃ。世知辛い世の中にゃ」


「どうします? 鮫島さん」


「うーん、まあぶっちゃけこいつは雑魚だし後回しでもいいかな」


「うぐぐ……うちを雑魚呼ばわりだなんて屈辱だにゃ……!」


「ほら、早く案内しなさいよ」


 そう言って鮫島さんは鎌をちらつかせる。


「ひぃ!? わ、わかったから乱暴はやめてにゃー!」


 もはや僕の持っていた死神のイメージはほぼ完全に崩壊してしまった。まあ業界の知らない一面を見れた、という意味ではよかったのだろうか。なんだか複雑な心境だが、とりあえず今は仕事に集中することにした。




 猫耳娘に連れられてやってきたのは近くの川に架かっている橋の上だった。だが辺りを見回しても特に悪霊らしい存在は見当たらない。


「どこにもいないけど……?」


「そ、そんなことないにゃー! 確かに見たんだにゃー!」


「鮫島さん、どうします?」


 そう問いかけるが返事はない。鮫島さんはゆっくりと周囲を見渡しながら、じっと何かを考えているようだった。こういう時はインターンの僕はどうしたらいいのだろうか。勝手なことをするわけにはいかないが、かといって指示がなければ何もできない。


「きっとまだ近くにいるはずにゃ! 早く探しに行くにゃ!」


 沈黙に耐えかねたのか猫耳娘が橋を渡り始める。仮にも悪霊である彼女を野放しにするわけにもいかないので、僕もその後について行こうとする。すると鮫島さんが僕を腕で制した。


「……来る!」


「え?」


「しゃああああく!」


 その時謎の奇声と共に突然川の中から何かが飛び出してきた。それはなんというか、とにかく一言では形容しがたい姿形をしていた。身長は二メートルほど、筋肉モリモリの日焼けした体に海パン一丁という豪快な格好をしている。しかし何よりも目を引くのはその頭部、そこにはなんと鮫の頭がくっついていた。


「みぎゃー!? こいつ、こいつにゃー!」


「これも悪霊……なんですか?」


「多分ね。小動物の魂を食いまくった結果、こういう変化が生じたんだと思う。そこの猫女とは比べ物にならないくらい強いはず……気を付けてね」


「さーめさめさめ! その通り、吾輩をその辺の悪霊と同じだと思ってもらっては困る!」


 そう叫ぶと鮫男は橋の欄干に飛び移り決めポーズをとる。


「吾輩は深海怪人サメシャーク! 最強の悪霊にしてこの大海原の支配者であーる!」


「いや、ここ川だけど」


「うるさーい! 海も川も似たようなものであーる!」


「えぇ……」


 悪霊というのはふざけた格好をしなければいけないという決まりでもあるのだろうか。鮫島さんの言う通り気を付けなければいけないのだろうが、どうにもシリアスな気分にはなれそうにない。


「いくぞ死神! いざ尋常に勝負!」


「はぁ……なんかめんどくさいな、こいつ」


 こうして鮫島さんとサメシャークの戦いが始まった。

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