シニガミ・インターン

鍵崎佐吉

 業界最大手のタナトス社へのインターンが決まった時は素直に嬉しかった。第一志望の会社だし、やっぱり業界のことを知るには大手の方がいいに決まっている。しかし僕はすぐに自分の見通しの甘さに気づかされることになった。

 待ちに待った初出社の日。僕は着慣れないスーツを身にまとい大きな鎌を担がされて、どういうわけか生まれて初めて地上にやって来ている。指導役として一緒についてきた社員の鮫島さんはへらへらと笑いながら言った。


「いやぁ、どこも今は人手不足でさ。インターンつってもほとんど雑用係みたいな扱いなんだよね。まあ私は好きだけど」


「はぁ……そうなんですね」


「えーと、君なんて名前だっけ」


「新藤です。新藤シキ」


「振動式? なんか面白い名前だねぇ。まあそれはいいとして、地上に来たことは?」


「ないです。今回が初めてで……。その、悪霊を退治するって本当なんですか? 僕、ずっと文化部でしたしそういう荒っぽいことは苦手というか……」


「だーいじょうぶだって。悪霊つってもこの辺にいるのなんて雑魚ばっかりだし。ま、気楽にいこーよ」


「はぁ」


 なんだか色々と不安でしょうがないのだが、ここで帰りたいなんて言い出したら会社からの心象も悪くなってしまうかもしれない。雑務とはいえこれも死神の仕事であることは違いないのだし、どうにかやってみるしかないだろう。不幸中の幸いと言えば、鮫島さんが結構美人だってことくらいだろうか。だけどその言動からはどこか人を不安にさせる適当さがうかがえる。


「よし、それじゃあ新藤君、さっそく行ってみようか」


 そう言うと鮫島さんはさっさと地上に降り立ってしまう。僕もあわててその後を追い、人間たちの街へと降り立った。人間たちは僕らのことを認識できないし触れることもできない。そう頭でわかっていても反射的にすれ違う人を体が避けてしまう。


「なんか変な感じですね……」


「まあすぐに慣れるよ。さてと、悪霊どこかな—」


「というか悪霊ってどうやって探すんですか?」


「基本的にはその辺を歩き回って探すしかないね。邪気を放つほど強力な奴なんて滅多にいないし。あとはカラスに聞くとかかな」


「カラス?」


「あいつらは死の匂いに敏感だからね。人間のこともよく見てるし結構役に立つよ」


 そんな会話をしながら二人でぶらぶらと街を歩いて行く。

 死神の主な業務は魂の回収とその再分配。独創的な発想とかは求められない代わりに、絶対にミスをしない正確さが必要だ。誰かがやらなければいけない大切な仕事だし、そういう真面目さとか勤勉さみたいなものなら自分にもあるだろうと思ってこの業界を志望した。しかしいざ蓋を開けてみると待っていたのはきつい肉体労働だ。鮫島さんもなんだか思い描いていた死神のイメージとはだいぶかけ離れている。業界最大手のタナトス社でこれなら、他の企業はもっと想像を絶するような状況になっているかもしれない。そういうわけで早くも僕の心には迷いが生じていた。


「あの、一つ聞きたいことがあるんですけど……」


「ん、なにかな?」


「そもそもこの悪霊退治って何のためにやってるんですか? 説明会とかでもほとんど触れられてなかったですし、いまいち実態がつかめていないというか」


「まあ簡単に言うと害獣駆除かな。悪霊は放っておくと他の魂を食べちゃうこともあるから、それを未然に防ごうって話。他の業務を円滑に進めるための下ごしらえって感じだね」


「でもこういうのってわざわざ僕たちがやる必要あるんですか? 専門の業者とかに依頼した方が速いんじゃ……」


「悪霊とはいえ仮にも地上の魂だからね。それを退治するとなるといろんな許可とか資格とかが必要になってくるの。だったら死神がちゃちゃっとやっちゃった方が手間がなくていいんだよね。まあおかげで私たちは残業三昧だけど」


「でもそういうことならインターンの僕がこの仕事をするのってまずいんじゃ……」


「……まあ私がついてるし大丈夫ってことで。細かいことは気にしない、気にしない!」


「えぇ……」


 その時鮫島さんが突然歩みを止めて空を見上げる。何事かと思って僕も同じように空を見上げるが、ただ青い空が広がるばかりでそれ以外は何も見えない。


「カラスだ」


「え、どこですか?」


「ちょうどいいや。ついてきて」


 そう言ってふわりと浮き上がる鮫島さんに続いて僕も空へと飛び立つ。するとある雑居ビルの屋上の手すりに本当にカラスがいた。鮫島さんはその横に腰掛けてカラスに話しかける。


「どーもー。ちょっとお話良いですかー?」


「オヤ、死神カイ?」


「そうですー。この辺で悪霊見ませんでしたかー?」


「ソウイエバ駅前ノ交差点ニヤバソウナノガイタヨ」


「本当ですかー!? 情報提供感謝ですー」


「ナア、ハヤククレヨ」


「はい、どうぞ」


 すると鮫島さんはポケットから白いビー玉のような物を取り出す。カラスはそれをくちばしで咥えて飲み込んでしまった。


「アアー……! ヤッパタマンネェナァ、コレェ! アアアアァッ!」


「よし、じゃあ駅前まで行ってみようか」


「え、今のなんですか?」


「ちょっとしたご褒美だよ。別にヤバいものとかじゃないから。断じてそういうものじゃないから。……だから会社には言わないでね?」


「えぇ……」


 なんかラリってるようにしか見えないカラスを後にして、僕と鮫島さんはその駅前の交差点とやらに向かうことにした。

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