第11話 【八回目】イジメ撲滅大作戦

とある秋の放課後。


 黄褐色の空の下、枯葉が旧校舎までの道を覆うように広がっている。


そんな道の上の葉をザクザクと足で踏み鳴らしながら、俺はテレパス倶楽部へと向かっている。


ここに来るまでに、何人の知らない生徒に声をかけられただろうか。


生徒会選挙の演説のインパクトが強かったから、もしくは学校内のイジメ問題について真剣に悩み、考えている生徒が多いのか、生徒会長である俺に興味を示してくれている人が多い。


でもだからこそ、旧校舎のような怪しい雰囲気の場所に出入りしているところを見られたくない。


だから今後は、なるべく人に見つからないように向かわないとな。


そんなことを考えている間に、俺は部室前に到着。


扉を開くと、今日は葡萄のような何かのベリーのような紅茶の香りが俺の鼻をかすめる。


「よお、今日は何紅茶? 流石に検討もつかない」

「あら、ごきげんよう。今日はカシス・ブルーベリーのフレーバーティーよ」


 ほんと、どうやってそんな様々な種類のティーバッグ入手しているのだろうか。流石は紅茶博士。


「今日の相談内容は少し重くなると思うぞ」


 俺は相談に入る前に、百道浜にそう前置きをした。


「自殺志願者を助けること以上に重い内容って、なかなかないと思うんだけど」


 百道浜は少し苦笑しつつ、でも真剣に俺の話に耳を傾けてくれている。


「で、その相談内容は?」


 百道浜は続けざまにそう質問を投げかけてきた。俺はそれに答える。


「うちの学校、進学校なだけあって表向きには不良などいないし大規模な分かりやすいイジメも無いように見える。でも、実際は陰でコソコソとしたイジメが行われている。だから、学校全体の雰囲気も仄暗い。そんな雰囲気を変えたい、というかこの学校からイジメを無くしたい」


 恐らく、イジメはどうやっても無くならない。たかだか生徒会長一人の考えで学校が動く可能性は極めて低い。でも、俺が生徒会長になって行動すべきことはこういうところだと思っている。


「零くんの気持ちは凄くよく分かるんだけど、それは零くんの理想。あまり現実的ではないわね。イジメはそう簡単にはなくならない。零くん一人で無くすことはできない」


 案の定、百道浜からも俺の予想していた通りの答えが返ってきた。だけど、続けて百道浜はこう言う。


「でも、零くんの頑張り次第で減らすことは出来るんじゃないかしら」


 確かにそうだ。


 俺がここで何もしなければイジメは減らないどころか、どんどん増えていく可能性の方が高い。


 イジメを完全に無くすのは壮大なビジョン、というかあまりにも現実が見えてなさすぎるビジョンだけど、「イジメを減らす」のは俺の頑張りと、みんなの協力次第で出来るような気がしている。


「例えばさ、暴力は暴行罪や傷害罪だし物を壊せば器物損壊罪だ。でも、学校側は問題を大きくしたくないからなのか絶対に警察には連絡をしない。そこを円滑に連絡できるような手段を取ることが出来れば、少しはイジメが減るんじゃないかと思ってる」


 俺がそうアイデアを出すと、百道浜はいつものように胸ポケットからメモ帳とペンを取り出して、ペンを頭にコツコツし、うんうん唸り、メモ帳に文字を書いては消し書いては消しを繰り返して何かを考えている。


 そうやって、何かアイデアを捻り出したようだ。


「スクールポリス。スクールポリスをこの学校に導入するのなんてどうかしら」

「実は、俺もそれを少し考えていた」


 スクールポリス。学校内警察のことだ。


 アメリカや韓国などの学校で導入されている制度で、イジメを防止するだけでなく学校内での犯罪を減らし、イジメを含む犯罪を防止する為の教育を行うという役割も果たしているようだ。


 ただ、日本での導入例はなく、もし導入するとしたらこの学校が日本初のモデル校となる。


「スクールポリスも設置したいし、それ以外にもっと気軽に悩みを相談できる場所を作りたい」


 俺は、自分の考えているいじめを減らす対策案を出した。


 イジメはどんな理由があろうとイジメる側が悪い。でも、イジメる側にも同情する部分はあって、家庭環境を含め何かしら悩みや問題を抱えていて、そのストレスからイジメという行動に出てしまう連中もいる。


 海外ではイジメが起きた場合、イジメっ子の方を心療内科や精神科に連れていくことがあるくらいだ。だから、イジメを行う側に対しても対策や配慮をする必要がある。


 ただ単にスクールポリスのような存在で、力で押さえつけるだけじゃダメなんだ。


「スクールポリスと大規模カウンセリングルーム。この二本柱ってとても良いと思うわ。うちの学校なら予算もあるし、学校の知名度アップの為ならそういう新しい施策を行ってくれるかもしれない」


「あとは、どうやってそのアイデアを実行に移すかだよなあ」


 百道浜はペンを頭にコツコツさせならが相変わらずうんうん唸っている。俺も同じように唸っている。


 その状況を打開したのは、俺だ。


「そう言えは、前の生徒会の人たちが使っていた署名アプリがタブレットから使えるはずだ。そのアプリを使って署名を沢山集めることが出来たら、校長に掛け合うことが出来るかもしれない」


 俺は自分の思いついたアイデアを百道浜に伝えた。


「でもそれ、どうやって署名を集めるかという問題があると思うんだけど」


 百道浜は現実的に物事を捉え、そう俺に疑問を呈した。


「そこに関しては、俺に考えがある」


 そう俺は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて答えた。


「考えがまとまったみたいね。でも、あまり無茶なことはしないでね」


 心配そうな顔で見つめてくる百道浜。


 例え心配しているだけだとしても、そんな風に見つめられると俺も照れる。でも、ありがとう。


「百道浜のおかげで色々と考えが浮かんだよ。今日の相談はここまでで大丈夫だ。いつも本当にありがとう」

「あ、あくまで契約だから手伝っているだけよ。そ、そんな、お礼を言われるようなことではないわ」


 そう言って百道浜は、あたふたしながら頬を紅色に染めた。


 分かってる。お前が「契約」のみでここまで手伝わない女子だっていうことは。何かイジメに対して思うところがあるんだろ?


 そんなことを思いながら、俺たちは下校時間までいつものように他愛のない話をして過ごした。


×××


次の日の昼休み。


 俺は今、放送室を占拠している。


 生徒会選挙の時と同じ放映方法を使用して、全校生徒にタブレットから俺の演説を流す為にだ。


 そしてカメラのスイッチを入れ、タブレットに自分の姿を映す。


「全校生徒のみなさん、ごきげんよう。今日は皆さんにお願いがあって放映しています。この学校は陰でのイジメ、陰湿なイジメがとても多いです。そのせいで、学校全体の雰囲気も仄暗い。それを変えたいって俺は選挙の時に言いましたよね?」


 俺は演説を始めた。


「イジメなんてこの学校にはありません!! 小倉くん、今すぐに放映をやめなさい!!」

「君たちも何をやっているんだ!! こんなことをして、後でどうなっても知らないぞ!!」


 案の定、教師たちが放送室へと集まってきた。


 だけど俺は、事前に柔道部の連中にお願いをして、柔道部部員を放送室の扉の前に配置している。教師どもを妨害してもらう為にだ。


 さあ、演説を続けよう。


「そんな雰囲気をぶち壊し、変える為に俺はこの学校に『スクールポリス』と『大規模カウンセリングルーム』を作りたいと考えている。教師どもはこの学校にはイジメがないというけど、そんなの嘘だってみんな気付いているよな? だって実際、自分たちがイジメを行っていたり、イジメられているんだから」


 ここで俺は、署名アプリのURLを全校生徒に一斉送信する。


「大人は嘘をつき、都合の悪いことは隠ぺいする。でも、この学校でどれだけイジメられて悩んでいる人間、それ以外にもストレスを溜めて悩んでいる人間がいると思う? この状況を変えられるのは自分達だけだ。その為の一歩として『スクールポリス』と『大規模カウンセリングルーム』がこの学校には必要だと俺は考えている。だから、みんなの力を貸してほしい。この署名アプリから、この二つを作ることへ賛成する署名をしてほしい」


 続々と集まる署名。その内容は賛成意見が多く占めている。


 ここで放送室の扉は破られ、俺は教師たちによって取り押さえられた。だけどその姿も、この教師どもと俺のやり取りの一部始終も、全てタブレット上に流れたままだ。


 慌ててカメラのスイッチを切る教師。でも、もう署名は十分に集まった。後の祭りだ。


×××


 俺は教師たちに職員室へ連れていかれ今、説教を受けている。


 でもそこへ、牧野校長がやってきた。


「よかったら私に少し、君の話を聞かせてくれないか? その『スクールポリス』と『大規模カウンセリングルーム』の構想についても」

「分かりました」


 俺はそれに承諾し、そのまま校長室へと入った。


「実はね、私は娘を亡くしているんだよ。娘はイジメが原因で自殺をした」


 牧野校長は少しばかり目に涙を浮かべて、そう話し始めた。


「だったら何故、もっと学校のイジメについて対策をしないんですか? この学校は、表向きには大きなイジメはないけど、陰でのイジメが多発している。でも、教師どもは全員見て見ぬふりをしている」


 俺は校長を責め立てた。


「そこは私の力不足だ。本当はすぐにでも改善したいんだけどね、組織というものは簡単には動かせないんだ。例えそれがその組織のトップ、校長だとしても」


 ここで俺は、手に持っているタブレットの署名結果を校長に見せる。


「みんなイジメに対して何か思うところがあるんです。それが、この署名結果に表れています」


 そこには、スクールポリスや大規模カウンセリングルームを所望する内容のメッセージが沢山表示されていた。


 でも恐らく、生徒たちの多くはそれら二つについて拘りがある訳では無い。ただ単に、今の学校の現状を変えたいんだ。


 俺のアイデアについて行けば、何か学校生活が楽しいものに変わるかもしれない。そういう期待があって署名してくれているだけだと思う。


 この署名は、大人に対しての宣戦布告だ。でも、この二つを作る価値は絶対にある。


「いきなりは厳しい。でも、私も出来る限りのことはやってみよう」


 そう牧野校長は口にした。


「大人は口ではいつもそうやって言います。少しでも何か形として誠意を見せて下さいね」

「ああ、約束する」


 そして俺は、校長室を後にした。


×××


数日後。


「本日から、警察OBの方が不定期に巡回にくることになりました。あと、スクールカウンセラーをもう二名設置して三名体制にすることが決まりました」


 朝のホームルームで、担任の山下からそう話があった。


 スクールポリスや大規模カウンセリングルームとまではいかなかったが、校長は確実に約束を守って行動してくれている。


 俺たちが卒業した数年後には、その二つの設置も行われているかもしれない。


 あの校長なら、きっとやってくれるだろう。


 子供たちの命を守れるのは大人だけなんだ。俺みたいなガキが騒いだところで、これが限界。


 あとは頼みましたよ、校長。

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