第10話 【七回目】生徒会長に俺はなる

 俺はテレパス倶楽部へと来ていた。


 部室の中にはベリー系の甘酸っぱい香り、そしてチョコレートの甘い香りが混ざって漂っている。


「よお、百道浜。今日は何紅茶? 全然分からない」


 俺の中で、部室に来た日の紅茶が何紅茶なのかが楽しみになっている。


「フランボワーズ・ショコラ。ラズベリーとチョコレートの紅茶よ」


 俺の問いに百道浜は答えた。


何で百道浜は、こんなに様々な種類の紅茶のティーバッグを持っているんだろう。紅茶博士かな?


そして、俺はいつものように席に着き、紅茶とお菓子をいただく。


「今度さ、生徒会選挙があるんだけど、俺はそれに立候補しようと思ってる」


 俺は唐突に、次の自分の行動について話した。


「あなたなら、そう言い出すと思っていたわ」


 百道浜は俺の行動を予想していたようだ。流石は百道浜、俺の行動は何でもお見通しってわけか。


「生徒会長になりたい理由は『この学校を変えたいから』、とか?」


 続けざまに百道浜は俺に言った。


「そうだな。俺が生徒会長になったくらいで学校を変えられるとは思ってないけど、以前の俺のように学校が楽しくないと思っている生徒を少しでも減らしたいんだ。その為には、やっぱり生徒会長になる必要があるかなと思ってさ」


 そう、俺は百道浜に出逢わなければ、こんな風に学生生活を楽しむことが出来ていなかったはずだ。


 俺はたまたま、百道浜と出逢ったことで救われた。でも、そんなことは普通なら有り得ない。


 実際、この学校はイジメなどが俺の学年以外でも時々起きている。そのイジメが原因で学校を退学、転校していく生徒もいる。


 俺だってそうなりかけていたんだ。いや、それだけでなく自殺しようとすらしていた。


 きっと俺みたいな生徒は少なくない。だったら、少しでもこの学校の風潮を俺は変えたい。


「今の零くんなら、恐らく他に立候補者がいたとしても零くんが選ばれると思うわ。そのくらい、今では逞しくなったし普段から様々な生徒とコミュニケーションを取っているんだから。それだけ、努力もしてきたんだから」


 百道浜みたいな美少女にここまで褒められると、流石の俺も照れてしまう。


「そんな俺に惚れちゃう?」

「惚れちゃうー!」

「絶対に惚れないだろ」


 確かに、そんな冗談を俺の方から言えるくらいには、自分でも成長したと思う。


「話を戻すけど、生徒会長に立候補する時に公約なんかも必要になってくる。でも、特に俺はそこら辺の具体案がある訳じゃない。その部分のアドバイスが欲しい」


 すると百道浜は胸ポケットからメモ帳とペンを取り出し、かしゃかしゃとペン先を出したり引っ込めたりしながら何かを考えている。


 が、それもすぐに止まった。


「下手な公約を並べるより『今の学校の雰囲気を変えたい』という部分をアピールしたらいいじゃない」


 百道浜は自信満々にそう言った。


 そして続けざまにこう言う。


「だって、あなたが一年生の頃にイジメられていて、そこから努力して今の学校生活を送れているのをみんな見てきたはずよ。イジメが努力で解決できる訳ではないけど、でもだからこそ、あなたのような人が生徒会長なることを望んでいる生徒も多いんじゃないかしら」


 確かに、多くの生徒は今の学校の雰囲気に不満を抱いている。でも、出る杭は打たれる。だから殆どの生徒はなるべく目立たないようにしたり、「空気を読む」という言い訳をして何もしないんだ。


 だけど俺はそれを責めている訳じゃない。人間、そうなるのが普通だ。まして、俺たちは中学生なのだから尚更。


 でもだからこそ、俺のような「出る杭」が生徒会長になる必要があるんじゃないだろうか。


「百道浜、ありがとう。おかげで自信が持てたし、背中を押されたよ。正直、面倒なことに巻き込まれたくないという気持ちが今でもないと言えば嘘になる。でも、俺はやっぱり生徒会長に立候補するよ」


 そう俺は、百道浜に対して高らかに宣言した。


「頑張ってね。応援しているわ」


 百道浜は笑顔で、でもどこか寂しそうな表情で俺にそう言った。


 そして俺たちは、いつものように下校時間まで他愛の無い会話をして過ごした。


×××


 俺は担任に生徒会長へ立候補する旨を伝え、選挙運動を開始した。


 応援演説は、香椎がやってくれることになっている。


「今の学校生活に不満はありませんか? 学校生活を楽しく過ごすことが出来ていますか? 仄暗い雰囲気のこの学校を、ここにいる小倉零が変えようとしてくれています」


 香椎は長い応援のセリフを覚え、一生懸命に生徒たちに俺のことをアピールしてくれている。


「絶対に俺がいい学校にするんで、宜しくお願いします!」


 こうやって毎日、俺と香椎は学校の校門前で生徒たちに演説を行った。


 他の生徒会長への立候補者とその応援演説を行う生徒も、俺たちに負けじと演説を行っている。


×××


選挙当日。


 今日は授業時間の一部を使って選挙の投票が行われる。


 立候補者はその前に放送室へ行き、そこに設置されたカメラに向かって最終演説を行うようになっている。


 その放送は授業で使用している、生徒全員が所持しているタブレットを通して放映される。


 そして、俺の最終演説の番がやってきた。


「俺は一年の頃、とある生徒にイジメられていました。今はいなくなった教師からも暴力や嫌がらせを受けていました。何度も学校を辞めようと思っていましたが、幸いにも友人に恵まれて今は楽しい学校生活を送ることが出来ています。そんな楽しい学校生活を、みんなにも送ってほしい。この仄暗い学校の雰囲気をぶち壊し、そして変えたい」


 すると、放送室の扉の向こうから教師たちの声が聞こえてくる。


「放映していい内容と悪い内容があります!! 今すぐに放映をやめなさい!!」

「うちの学校にイジメや教師の暴力の事実はありません!! 嘘を放映するのはやめなさい!!」


 学校としてはイジメの事実、教師の暴力や嫌がらせの事実を隠蔽したかったのだろう。だから、自分達にとって都合の悪い俺の放映を教師たちが止めに来たんだ。でも、俺がここで放映しなくてもそれは周知の事実だ。今更、遅い。


 俺の演説を聞いて、他の生徒会長への立候補者、副会長や書記の立候補者が全員で力いっぱい扉を閉めてくれている。恐らく、俺のビジョン・考えに共感してくれているんだ。


 ドンドンドンッと扉を叩く音が放送室内に響き渡る。でも俺は、そんなことはお構いなしに演説を続けた。


 そして、俺の演説は終了。


 教師に対しての心象は物凄く悪いだろう。だけど、生徒会長を決めるのは教師ではなく生徒。例え教師が俺を生徒会長にしたくなくとも、生徒たちの強い要望があれば生徒会長にせざるを得ない。


 これが俺の狙いだ。


×××


 全員の演説が終わり、タブレットにインストールされた学校専用の投票アプリを使って生徒たちが投票を行う。


 そして、投票終了。


 自動で集計されて投票結果のデータがタブレットの画面に表示される。


 結果は俺の圧勝。


 二位に圧倒的大差をつけて、俺が生徒会選挙を勝利した。


 担任の山下から聞いた話だと案の定、教師の間では俺を生徒会長にしない方がいいといった意見が多数でていたようだ。


でも、あまりにも大差をつけての当選だったこと。そして、牧野校長が反対する教師たちを説得してくれたことで俺が生徒会長になることが正式に決まったようだ。


校長先生も、今の学校の雰囲気に何か思うところがあるのかもしれない。


「ま、なるべく敵を作らないようにな。それと、あまり無茶なことはするなよ」


 俺は山下からそう釘を刺された。


――こうしてひと悶着あった生徒会選挙も終了。俺は正式に生徒会長へと就任したのだった。

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