一対一


 一対一の勝負かつ、成績という実力の指標で優劣が見えているのなら、この二人の戦いは春日井雅が勝って剛田漢太が負けるというのが当然の結末だった。


「漢太、素直に負けを認めるならあんたとペアの二人からは手を引いてやる。どうせ負けが決まってるんだ、自分だけでも助かる道を選ぶのは間違った選択じゃないと思うぞ」


「……そうだな。蓮陽がペアの相手だったらそうするのも悪くないと思ったろうさ」

「ああそうかよ。もし羽沢が漢太のペアならこんな提案しなかったろうし、はなから交渉にならなかったってことかよ」


「あと、仮にオレと蓮陽がペアだったとしても蓮陽がその提案を受け入れてくれなかったっていうのも追加で。あいつ、極度の人見知りやら沸点が低いやらと欠点まみれだけど、こういう時に『自分だけよければ』とか思えないくらいにはお人好しだからな」


「チッ! ならそんなお人好しさんは自分が今どれだけの人に迷惑をかけてるのか分かってるのか?」

「分かってるさ。その証拠に身の程弁えて大人しいもんだろ? 悪評通り蓮陽が誰かを呪ったのを見聞きしたことあるか?」


「あってたまるかよ、そんなもん」

「ならそろそろ評価を改めてくれてもいいんじゃないか。もう一年だぞ、人畜無害を証明するには十分じゃないか」


「そう簡単なことじゃないんだよ……。呪いなんてまだ何にも分かってない脅威が近くにあるんだぞ、漢太も呪われたなら分かるだろ? 無遠慮に体に入り込んできて中から外から掻き回されるあの感覚をさ……」


「分かるさ、性別から体格から全部変えられたんだからな。でもな、これでも蓮陽が抱えてるものには到底及ばないんだよ。そうと分かっていてオレは……」



「ああくそっ! こんな話し続けてもやることに変わりないんだろ! なら始めるぞ、そんで決着つければ少しくらい気も晴れるだろ」


「確かに雅の言う通りだ。ま、勝つのはオレだけど」



「そこまで言うなら、速攻で決着つけてやるよ!」



 声に押されるように飛び出した雅が勢いよく漢太の懐に飛び込んだ。


 その間二秒の内に抜き出した銃からは避けるという選択肢を許さない位置と速さで弾が撃ち出された。


「さすが雅……オレの次に強かっただけあるな」

「っ!」


 堪えてなお雅の口から空気の漏れ出る音が零れた。


 それが速攻を防がれたことに対する驚きからきたものなのか、それとも脇腹に走った強烈な痛みを逃すためのものだったのか、どちらにせよその原因となった漢太に一撃で追い込まれた事実だけが確かにあった。


「オレの勝ち、だな」


「なんで……」

「ん? ああ、なんでやられたのかったてことか? どこを狙ってどう動くかが予想できるなら対処するくらい簡単なことだろ。それこそ、筋力の少ない女の子の体でもな」


「呪われてからずっと手を抜いてたってことかよ」


「今までは剛田の長男って理由で負けを許されなかったけど、長女になった今はそんな縛りがなくなったからな。堅苦しいやら古臭いやらで家のことは大嫌いだけど、その古臭さのおかげで勝ち続ける必要がなくなったことだけは感謝しないとな」


 漢太の呪われる前の武術の成績は学年のみならず学内でも一二を争うものだった。それが女性化を機に少し強い女の子と思われる程度の成績を維持していた。


 以前の彼の事情や勝ちにこだわる様子と比べ、女性化した後も負ければ相応に悔しそうな姿を見せていたそれが、まさか全て演技だったと気づくことができたのは幼い頃から共に過ごしてきた蓮陽だけだったのだろう。


「……でもいいのか、これで漢太が手を抜いていたのがバレるんだぞ。お前の実家にだって伝わるはずだ。そうなれば今までみたく気楽に過ごせなくなるかもしれないんだぞ」

「いいに決まってるだろ。オレが蓮陽をこんなところに連れ出したんだ、蓮陽を守るためだったらなんだってしてやるし、蓮陽のことを馬鹿にする奴はオレが徹底的に砕いてやらないとな」


 普段キラキラと明るく輝く漢太の目が曇っていくのを目の当たりにした雅は、わずかに残った逆転を狙う闘争心と淡い恋が心から抜けていくのを感じていた。


「いや、でも、普段はあいつが何言われても……まあイライラはしてたけどそんな物騒なことしたこと……」


「大事な親友の前でこんな姿見せるわけないだろ。今だって本当はもう少しボロボロにしてやりたいところをこの後蓮陽と合流するからって我慢してるんだ。あいつは無駄にお人好しだからな、オイタがすぎる奴らを勝手に制裁してるってバレたら困るし」


「あぁ、あの噂、ほんとだったんだな……。というか、そんな話ちまって大丈夫なのか? 誰かに聞かれたらそれこそ困るだろ」

「ここにはオレと雅しかいなしい、見られることはあっても聞こえはしないなら問題ないさ。それよりも影響力のある雅に釘刺しておくことのほうが大事だからな」


 ペアマッチでは各所に設置されたカメラから中の様子を見ることができるが、観戦できる視点が多い代わりに音は聞こえないようになっている。そのため漢太の告白も脅しも雅を除いて聞いている人はいない。


 蓮陽と知り合ってから十二年を過ぎてなお漢太が今見せている表情を彼に知られていないのは、それを良しとしない漢太の努力の賜物と言えるだろう。


「でも勘違いするなよ。別に無理に蓮陽のことを好きになれって言いたいわけじゃないんだ。いくら嫌ってくれても構わないし、睨んでも直接なら悪口を言ってくれても構わないから。もちろん蓮陽に友達が増えたらそれが一番だろうけど、もしも世界中の誰一人として蓮陽を理解できる人間がいなかったとしてもオレがずっと一緒にいてあげればいいだけだからな」


 化けの皮が剥がれた。カメラに映らない漢太の口元から逃げるようにゆっくりと視線を落とした雅は、口に出してはいけないと浮かんだ感想を心にしまうことを決めた。


「ついでにもう一つ。オレは蓮陽のことを大切に思ってはいるけど、これは男だった時からの親愛の感情であって恋愛感情じゃないから。だから、安心してオレのことを好きでいてくれていいからな、雅」



「わるい、重たすぎるのはちょっと……」

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