アンティカース

@odngy

授業・1




「ズルい……おまえだけ……お前だけ生き残るなんて、ずるい、ぞ…………。許さない、ゆるさないからなぁ!!!」






 薄明かりに照らされる巨大な瓦礫の下敷きとなった男が、僅かに残った力を振り絞って恨み言を連ねた後に息絶えたところで暗転、その光景を写していた授業用のスクリーンが天井に収納されていった。


「……はい、今の映像のように誰かに対して強い恨みを持って死んだ人間が遺した概念的な現象のことを、かつて人は『呪い』と呼びました」



 百名以上が収容できる教室の教壇に立つ白衣を身に纏った小柄の男が一つ息を吐くと、話を聞いていた生徒たちは「いまさらなに言ってるんだ」と呆れた様子を見せたが、教壇に立つ男は少しサイズの大きいメガネを触りながらそんな反応に意を介さずに続ける。



「しかしここ五十年でその常識は完全に変わりました。そもそも、『呪い』自体が空想の存在から確かに目の前に、世の中に存在する現象へと変わりました。……まあ、残念ながらその正体まではいまだにその片鱗すら掴めてはいませんが」


 吐き捨てるように言った男の愚痴に、業界では鉄板ネタなのか教室内に大きくはないものの笑いが起きた。


「そのきっかけになったのが科学技術の発展、そして今まで未発見だった遺跡の発見や既存の遺跡に未発見の深部が次々と見つかったことです。今までの人類では見つけることの叶わなかった過去の賢者たちの知識の結晶たる真の遺跡にはこれまでの考古学の常識を覆すほど大量の金銀財宝や歴史を物語る遺物、そして呪いがあったのです」



 説明を続けながら男が黒板に書き連ねていくのは以前から有名だった「エジプトのピラミッド」や「ペルーのマチュピチュ」、「カンボジアのアンコールワット」といった有名な遺跡とそこから見つかった新たな遺物や財宝の一端。


 もちろん話を聞いている生徒たちはその存在も価値も知っているが、それでもなお、その魅力は全員の目を輝かせるほどに高いものだった。


「これらは考古学の世界を大いに躍進させ、そして潤わせました。今や考古学者は世界一儲かる職業だと言われるくらいです。……まあ、『死亡率もナンバーワンだけど』なんて枕詞はつきますけどね。とはいえ、この場にいるみなさんはそんなこと百も承知でそれでも億万長者になりたいなんて考えの人もいることでしょう」


 黒板に考古学界の功績の一端を書き終え生徒たちに振り返った男に、夢希望に目を輝かせる生徒たちが大きく頷いてみせる。


「考古学者の死亡率が他の職業に比べて高い主な理由は二つ。その一つが呪いなのです。まあもう一つの理由の方がダントツで死亡率一位の原因なんですが、今日は『呪い』がテーマなのでそれについては次の機会にとっておくことにします」


 ふぅ、と男が軽く息を吐いた。


「さて、やっと本題に入れますね。呪いについて今の段階で分かっていることについて、簡単に説明させてもらいましょう。まず呪いには未だ全容が把握しきれないほどに数があります。その理由は呪いが個人の未練や願望によって発生する現象だからです。もっと言えば、個人やその一族郎党を殺すような強力な恨みから、美少年、美少女に生まれたかった、みたいなくだらない願望まで呪いになり得るということです」


 そこまで話すと、男は教室を見回して「分かりやすく呪われた」生徒を見つけて目を合わせる。


「しかし、どんなにくだらないものでも呪いを侮ってはいけません。呪いはその内容に関係なく強力で、一度憑かれるとその人の外見や精神にまで影響を与えるのですから。この中にも、元男性だったり逆に元女性だったり、性格や考え方が百八十度変わってしまったなんて人もいることでしょう」


 かく言うその男もまた「分かりやすく呪われた」一人だ。


 それで死んでしまうということはない代わりに、身長が百五十センチ以上に育たない。加えて加齢による見た目の変化が起こらなくなってしまう。


 結果としては齢四十を超えてなお十代とも見間違うほどの若さを有しているので本人はさして気にしてはいないのだが。



「もちろん、中には即死級の呪いや、周りに死をばら撒くような傍迷惑な呪いまで存在しています。しかし、それでも考古学者は率先して呪いをその身に宿します。それは呪いについて分かっている数少ないルールがあるから」


 そこで男が板書をしようと振り向くが、すでに黒板には遺跡についての情報で埋め尽くされていた。しかし男はすでにある内容を消す手間を惜しんで今ある板書の隙間を見つけてチョークを走らせていく。


「一つ、『呪いは一人の体につき一つしか憑くことができない』。一つ、『すでに呪われている人間に新たに呪いが入ろうとすると、先に憑いた呪いによって相殺され、どんなに強力な呪いであろうと上書きすることは叶わない』。これは考古学界、ひいては呪いを扱う学者たちにとって絶対普遍のルールです。このルールは呪いの充満した遺跡を調査する考古学者にとって己の命を守るために有効活用されています。死ぬような呪いを拾う前に多少のハンデを背負ってでも先に死なない呪いを憑けておこうってことだね。おかげで考古学者は例外なく呪われています。この場にいる呪われた生徒さんだって『呪われてみたかった』なんて理由の人はいないでしょ?」


 ニッコリと笑顔を見せた男が続けて「まあ、何事にも例外はあるんだけどね……」と呟くが、生徒の耳にそれが届くことはなかった。


「さて、以上が私の最初の授業、誰でも知ってる『呪い』の基礎知識だ。本当はこんなつまらない話を毎年懲りもせずしてやる必要はないと思うのだけど、恒例行事だからどうか勘弁してくれ」


 呆れるようにため息をつく男の前で、また教室内に笑いが起きた。

 そして、その声が収まっていくのを見届けると、男は大きく腕を広げる。




「改めてようこそ、新入生諸君。目一杯の夢の詰まった地獄、考古学の世界へ!」



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