第16話 過去からの、大荷物

その言葉に、何かを受け止めたマスターは、

「そうか…でも、朱羽子ちゃん、君も君が思ってるよりずっと奇麗な心を持っていると、僕には思えるんだけどな」

「そんな事ないです。私は…私はとても青野木さんのような人と同じ世界に居られるような人間じゃないんです…」

「でも、鷹也君の写真が好きでしょう?奇麗なものを奇麗だと思える人は皆、奇麗な心の持ち主だ、と僕は思うんだけどな」

「…も…でも…私は過去に…」

「…うん。君が過去からい大きな荷物を背負って生きて来た事は解るよ。これでも60年は生きてるからね。でもね、その荷物を一緒に背負ってくれる人に出逢えることもあるんだ。朱羽子ちゃんの場合、鷹也くんみたいな人がそう言う存在になりえるんじゃないかって思ってしまうんだがね(笑)」

「…」

朱羽子は、それ以上喋る事なく、そっとマスターに頭を下げると、店を出て、家に帰った。

家に着くと、あの『再会』をもらって以来、朱羽子は、マスターと一緒に、鷹也の写真をたくさんもらうようになっていた。

部屋の片隅でしゃがんで『再会』や、他の、名もなき写真たちから、鷹也の笑顔を、まるで映画でも観てるみたいに、一枚一枚壁に貼って、それを見ながら、鷹也の屈託のない、笑顔を思い出しながら、だんだん瞼が重くなって、そのうち、深い眠りに入る。


その時、一瞬朱羽子も気付かない言葉を口にした。


「過去を…一緒に背負ってくれる…」


朱羽子の声帯を震わせた。




*




「こんちわ!岩滑さん!あ、マスターも!」

「こんにちは」

「おいおい、僕はついでかい?(笑)」

「こんにちは」



あの過呼吸以来、1か月が過ぎ、朱羽子は、鷹也と少し話をするようになった。

それから呼び方も、『鷹也君』へと進展(?)した。

鷹也の方は、あんなに自分の名前を嫌がったので、きっと、朱羽子さんはいつか呼ばせてくれるかも…。

と、期待はするが、朱羽子から、それを許す様子は全くない。


しかし、話をするといっても、マスターに見せる為の写真を、一緒に見てもらったり…、他愛のない、鷹也の仕事場での失敗談を聞いたり、…と写真とともに、鷹也は朱羽子の反応が気になっていた。

鷹也が、喫茶店に通う…そのうち、朱羽子は写真を欲しがるようになった。

そして、聞いてきたのだ。


「なんで…空ばっかり撮ってるの?」

と、突然。

鷹也は、朱羽子が思ってるよりずっと早く、答えは帰ってきた。

「空は、絶対嘘つかないから。どんなに悲しくても、楽しくても、空だけだけはいつも、誰にでも平等に晴れたり曇ったりするでしょ?嬉しい時だって雨は降るし、逆に言えば、悲しんでる人にも、雨は降る。だけど、雨が止まないなんてこと、きっとない。その雨が上がった時、僕はひたすらシャッターを切ります。その空は、きっと、虹なんかが出来ちゃうくらい、滅茶苦茶奇麗なはずだから!」

「誰にでも…平等…。それは…どんな人でも?」

「はい!」

「…」



(だから…鷹也君にはこの空を青く見えるんだ)



いつもの見慣れた喫茶店の窓から見える灰色の空を見ては、朱羽子は、そう思った。


いつか、自分の上の空も青空に変わる事があるんだろうか?

鷹也の言う、雨の降った後の晴れた空は、どんな色なんだろうか?



店が閉まった後、マスターに、明日の用意は自分がしておくからと、鍵を預かった。


何の空気も読めない鷹也がマスターと一緒に出ようとした。

その時、やはり、そこはマスター。

「こらこら、青野木君、明日の良いだけじゃないんだぞ。今日の掃除だって朱羽子ちゃんが1人でやらないといけないんだ。もちろん、普段は僕が手伝うんだが、今日はちょっと急用が入ったんだ。出来れば朱羽子の事手伝ってやってもらえないか?」

「あ…はい!」

(朱羽子さんと⦅心の中ではちゃっかり名前呼び⦆いっぱい話せるかも)


しばらく何から朱羽子に話しかければいいのか、朱羽子は自分の話なんてどうでも良いんじゃないか…。

と、思った時、


「ねぇ、鷹也君、私にはいつもこの空が灰色にしか見えないの。今にも雨が降り出しそうなのに、晴れる事も無く、結局、雨は汚れを流してくれる事も無い。そんな私に、見える空も…この灰色の空も、…いつかは…晴れるのかな?」

「岩滑さん…?」

鷹也が、鈍い頭フル回転し、考えて、考えて、でも朱羽子の答えをあげる事は出来なかった。

朱羽子はその、ぽかんとした、顔を見て、自分が、意味が解らない、、と言う顔をしていた。


そう言うと、朱羽子は喫茶店の掃除をし始めた…。

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