第3話 天使の笑み

「朱羽子ちゃん、お父さんに何かされてない?」

次の日、朱羽子は児童相談所の職員から、質問攻めにあった。

「私たちは、朱羽子ちゃんの味方だからね。何でも正直に話してくれれば、あなたを守ってあげられるの。だから、何かされてるなら、話して欲しんだ」

「何も…されてません」

「本当?」

「本当です。何もされてません」

「じゃあ、そのほっぺは?少し赤くなって腫れてる気がするけど…」


黙々と児童相談所の職員の質問も『NO』で通す朱羽子。

『苦しい』『痛い』『辛い』

体と心には無数の傷をつけられたけれど、それを人に…誰にも言えないほど、朱羽子は、こんなことになっても、父親を『怖い』と思いながらも、それは自分の毎日の行いが悪いから。

仕方ない。

そう思い込んでいた。

だから、橙史からどんなに暴力を受けても児童相談所など…無意味な存在でしかなかった。


だって……。

私が怒られるようなことばかりするから。

にならなきゃ。

お父さんに笑ってもらえるように、私が笑顔でいなきゃ…。


どんなに暴力を受けても、朱羽子は、自分が悪いと思い込み、誰の優しさも突き放した。



体と心には無数の傷をつけられたけれど、それを人に、誰にも言えないほど、朱羽子は、怖かった。

この質問に正直に答えれば、また橙史に何をされるか解らない。

その方がずっと怖かった。

この体に刻まれた傷より、また、新しく刻まれるであろう、その傷が。


誰にも言えない、肋骨が折れる音。

誰にも見せられない体中のあざと傷。


プールはずっと見学。

でも、誰にも言わなかった『タスケテ』…。

只、あの時…朱羽子が気を失う直前の『タスケテ』は、母に祈った『タスケテ』だったんだ。



しかし、それは、橙史と映る人。

どんなに記憶を辿っても、朱羽子の記憶の中にあるのは、写真の中の微笑む女の人。

この人は…私を…私を…。


それ以上は、何も考えたくなくなる。



児童相談所の職員と、沈黙を交わし続けた結果、

「じゃあ、今日は私たち帰るね、朱羽子ちゃん。何かあったら絶対我慢しないで?約束よ?」

「…」

返事もしてくれない、朱羽子を心配するしか出来ない、職員たちはきっと無力を感じきれずにはいられないのだろう。


職員が立ち去り、誰もいなくなった病室に、また、橙史の姿が目に入って来た。

「お…おとう…さん。…ご、ごめ…ふぐぅ」

強引に朱羽子の口を咄嗟に橙史は塞いだ。

「ですから、今夜は入院して、詳しい検査をした方がよろしいかと…」

「結構です。朱羽子が大丈夫だと言っているので。な、朱羽子」

いつもと全く違った優しい瞳で朱羽子の手を握る橙史。

「本当?本当に大丈夫?朱羽子ちゃん」

「…」

と、顎で伝えた橙史と手を繋いで、お腹の痛みを何とか堪えて、けれど、振り返り、頭を下げると、医師と看護師に向かって、と笑った――…。

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