第2話 ドメスティックバイオレンス

「やめて!やめてよ!痛いよ!!」

「うるさい!クソガキが!お前は俺の言う事を聞いていればいいんだ!」


家の一室で、必死に叫ぶ小さな女の子。

ここで怒号を飛ばすのは、少女の父親、岩滑橙史やなべとうし

そして、その暴力から、必死で逃げ出そうとしてる少女の名は、朱羽子。

朱羽子の髪の毛をグイッとつかみ、振り解こうとする少女を、引きずり回す橙史。



この2人は…、親子だ…本当の。


こんな光景がもう7年以上も続いていた。

朱羽子生まれて、物心ついた時から…いや、物心つく前から、ずっと。

朱羽子は、1歳、2歳と、歳を重ねるごとに、暴力はエスカレートしていった。


ある夏の日には、炎天下、水も与えられなかった。

冬には、凍えるベランダに放置され、凍死しそうになったこともあった。


殴る蹴るは日常茶飯事。

肋骨を折っても病院にさえ連れて行ってもらえなかった。

食事も1日一食。

学校の給食だけだった。



痩せ細り、アザだらけになったこの体にも関わらず、橙史は毎日、容赦なく暴力をふるった。


(お母さん…どうして?どうして死んじゃったの?お父さんを怒らせる私が…悪い子だから?そうなの…?)


橙史が眠りについた後、毎晩、毎晩、空を見上げ、もう会えぬ母を想った。

そんな、祈りのひと時も、恐ろしい影が迫ってくる。

「朱羽子!どこ行った!?」

家の2階にいた朱羽子の耳に、また恐ろしい声が飛び込んできた。

(イヤ!!来ないで!!)

部屋の押し入れの奥に身を潜め、息すらも堪えて、母親の笑顔が写った写真がロケットを握りしめ、ギュっと目を瞑った。


「朱羽子!!」

そう、酒に飲まれた橙史が、

「何処だ!?」

怒鳴り散らしながら、橙史が部屋に入って来た。

怯え、震えながら、隠れていたが…。


ガンッ!!


と、もの凄い勢いで部屋の扉が突破された。

「あ…あ…」

言葉を失う朱羽子を獲物でも見つけた野獣のように、腕を引っ張ると、

「何してる!来い!」

「嫌!やめてよ!お父さん!」

「『お父さん』!?ふざけるな!お前なんか娘と思った事は無い!お前はただの俺の奴隷だ!何も言わず殴られてろ!」

腹に蹴りを一発、顔を往復ビンタ。

「キャアッ!ヒッ!!」

蹴りが効き、朱羽子はその場で気絶した。



目が覚めると、橙史の姿は何処にもなかった。

ホッとしていると、腹部に激痛が走った。

「イ…痛い…痛いよぅ…お父さん…お母さん…」

お腹を丸めて立ちあがる力もなく、誰に言いたかったのかはわからないけれど、朱羽子は呟いた。


涙を添えて。


「タスケテ…」


「朱羽子ちゃん?」


余りの痛みと、疲れが、押し寄せ、身動きが取れないでいると、

「朱羽子ちゃん?」

苦しむ朱羽子の耳に、聞きなれた声が聴こえて来た。

小学校の担任の仁多小夜子にたさよこだ。


昨日も今日も学校を無断欠席していた朱羽子を心配し、小夜子が家のドアを開けたところだった。

「ちょっ!朱羽子ちゃん?大丈夫!?すぐ救急車呼ぶからね!!」









目を覚まし、薬臭さと、壁も天井も、白く塗られ、お腹が痛いから、夢ではない事…五感を使って、そこが病院のベッドだと認識することが出来た。

しかし、次に飛び込んできたのは、恐ろしい形相の橙史の顔が目に飛び込んできた。

「ご、ごめんなさい…ごめんなさい…お願い…な、殴らないで…!」



朱羽子の記憶は、家で腹部の激痛と闘う所で途切れていた。

そんな、原因を作ったのは誰であろう、この男、橙史だ。

怒りで我を忘れ、酒の入ったクラクラの脳みそは、思わず出た、悲痛な声は橙史の前では、無意味に近い。


スパンッ!!


と、大の大人でさえ眩暈を起こしそうな力で、朱羽子の頬をひっぱたいた。

「お前、何してくれてるんだよ?」

言葉とは裏腹のひそひそ声で、橙史は脅すように朱羽子に問いかけた。

「…え…」


橙史の言葉の意味が、まだ7歳の朱羽子には解らなかった。

「お前が病院になんて運ばれるから、俺が虐待したかもって疑われてるんだぞ」

「そ…それは…お腹が痛くて…気が付いたら…」

「そんくらい我慢しろ!もしも児童相談所とかにばらしたら…解ってるな?」

「…」

「なんだ?父親の言う事が聞けねぇのか!」

ギュッ!

「イタッ!」

右手の付け根を思いっきりつねられた。

「解ったな?」

「は…はい…」



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