第6話 そして季節は巡りだす

 ――ねえ、覚えてる?


 そう始まる君の言葉を、僕はずっと聞いてきた。


 ――覚えてるよ。


 忘れられるわけがないじゃないか。


 初めて会った桜の木の下。


 覚えてるに決まってる!


 一目惚れだよ。


 隆とマッキーを巻き込んで、なんとかグループになろうとしたくらいだ。


 枝垂れ桜に君がついてきたのは知らなかったけど……あの時は、君があんまりにも可愛いから、落ち着く時間が欲しかったんだ。


 あの場所はね、ウチの爺様が婆様に結婚を申し込んだ場所でね。


 あやかろうって気持ちもあったんだ。


 ……海の件は本当にごめん。


 子供の頃から潜ってる場所だったからさ。


 親父と一緒の時と同じ感覚で潜ったんだ。


 君に獲れたてを食べさせて、喜んでもらいたくてね。


 まさか、泣くほど怒られるとは思わなかったなぁ。


 花火大会の時はさ、僕だってすっごくドキドキしてたよ。


 僕も絶対に告白するって決めてたからね。


 マッキーに協力してもらって、僕が買い出しに出るようにして。


 優しい君の事だから、きっと一緒に来てくれるって信じてた。


 ……正直に言うとね、一緒に来てくれなかったら、諦めようとも思ってたんだ。


 でも君は来てくれた。


 あの時の嬉しさを、君に伝えたいくらいだ!


 ――文化祭。


 僕だって、男だからね。


 見栄くらい張りたいさ。


 君がそんな風に考えてくれてたとは、思いもしなかったけれどね。


 ――勉強会。


 僕は元々、勉強は苦手だからさ。


 君に頼りにされたくて、夏から必死に勉強したんだ。


 特に君が苦手な、数学と英語は頑張ったよ。


 クリスマスも、君の誕生日も。


 僕は情けない男だからね。


 隆やマッキーみたいに、女の子が喜びそうな事を自然にこなすなんてできない。


 だから、君が喜びそうな事をひたすら考えてたよ。


 僕には君しかいない――なんて言ったら、気持ち悪いかな?


 ――初詣のキス。


 僕こそ、君のものになったんだ。


 もう絶対に離さないし、離れたくないって、そう思った。


 君が同じ気持ちで居てくれたってわかって、すごく嬉しかったよ。


 ……なのにさ。


 僕は本当に間が悪くて、バカなんだ。


 君が言う通り、子供なんて放っておけば良かったのかもしれない。


 君以上に大切なものなんてないって……そう思ってたのにさ。


 なのに、なんでだろうね。


 コケたバイクが道路を滑って、歩道の子供に向かって行くのを見た時にさ。


 君だったらどうするだろうって思ったら、身体が動いてた。


 ほら、君、子供が好きだから保育士さんか先生になりたいって言ってただろ?


 だからさ、君の恋人として、子供を見捨てちゃいけないって、そう思ったんだ。


 ……ああ、君の声が聞こえる。


 泣かせて、ごめん。


 どれほど君を苦しめてたか、よくわかったよ。


 ――でもね、僕は君とは離れたくない。


 いつかの再会なんて知らない。


 ばいばい、なんて言うなよ。


 ――覚えてるよ。


 僕の声は聞こえたかな?


 ……全部ぜんぶ、覚えてる。


 立ち去ろうとしていた君が、僕の声に驚いて立ち止まる。


 前から気にしてた、吊り目がちな目を大きく見開いて、綺麗な綺麗な大粒の涙をこぼして。


 ……それはさ、僕にとっても宝物なんだ。


 飛び込んできた君を抱きしめ、僕はそっと囁やこう。


 ――ずっと聞こえてたよ。君の声。


 だから、この宝物はもう離さない。


 また、一緒に季節を数えて行くんだ。ふたり一緒に。

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巡る季節と君の声 前森コウセイ @fuji_aki1010

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