勇者、平和になった世界で滅んだ人類を復活させる

国見 紀行

第1話 魔王の城で目覚めた勇者

 世界を恐怖に陥れた魔王ハルバリオスが勇者によって討ち取られて何年も過ぎた頃、魔王城の謁見の間にて、邪悪な呪いの封印が今解かれた。


「くっ、やっと封印が解けたか」


 封印されていたのは勇者ソロン。

 魔王の最後の悪あがきによって、何年も封印によって身動きが取れなくなってしまっていたのだ。

 ソロンは自分の周りを見回してみた。

 既に廃墟となった魔王城には人っ子一人、モンスターもすっかりいなくなっており、自分自身も気の遠くなるほどの時の流れによって身に付けていた装備品は朽ち、何も纏っていなかった。


「誰もいないのが、逆に救いか」


 ソロンは外へ出てみた。

 澄み渡る青空。

 広がる草原。

 そう、平和な世界がそこにあった。

 かつて自分が訪れたときのような、どんよりとした雲が空を覆うことはもうなく、強力な魔物モンスターが街を襲うことはもうないのだ。


「何年封印されてたかはわからないが、とりあえずサイシオン城に報告に行くか」


 勇者は魔王討伐の報告をするべく、旅立ちの際に立ち寄った王様へ謁見に行こうと考えたが、今の自分の姿を見て思いとどまった。


「おっと、その前に服装だけでも何とかしないとな。確か魔王城に攻め入る前に世話になった町が近くにあったはず……」


 ソロンはかつての自分の動きを思い出しながら、最後に立ち寄った町『ケーレ』へと向かった。


 しかし、その町もすでに廃墟になっていた。


「なんだ、どういうことだ?」


 異常な光景に町を見て回るソロン。しかし人は誰一人おらず、雑草はあちこちから伸びさかり、随分と前に廃墟になったかのような雰囲気を感じた。


「なにかあったのか…… そうだ!」


 ソロンは、かつての冒険で精霊を呼び出す魔法を修得していたのを思い出した。


「『知識の精霊』よ、来たれ!」


 ソロンの目の高さに周囲の魔素が収束し、ふわりと手のひら大の小さな妖精が姿を現した。


「あら、久しぶり。まだ生きてたの?」


「随分と厳しい挨拶だな」


「だって、貴方の最後の召喚からもう百年以上経ってるのよ」


 その言葉に、ソロンは愕然とした。


「ひゃ、百年以上!?」


「そうよ。一応魔王が倒されたこと自体は人里に伝わったみたいだけど、それをきっかけに人間同士が戦争を始めたの」


「ちょ、ちょっと待て! どういうことだそれは!?」


「どういうことも、言葉通り。どこかの国の魔法使いが使った『人類殲滅魔法』の設定範囲が世界全体だったみたいで、その日からあっさり」


 ソロンは開いた口が塞がらなくなってしまった。


「俺は…… いったい何のために……」


「むしろよく無事だったわね。何があったの?」


「ああ。魔王が死の瞬間に呪いをかけてきたんだ。恐らく世界の影響から寸断する魔法で、ありったけの魔力を封印に注ぎ込んだに違いない。だがまさかそんなに時間が経過してるとは思わなかったが……」


「わー、それはそれは。どうりであなたの周囲の時間の流れがちょっといびつなのね」


「な、それはどういうことだ?」


「単純に言うと、あなたの時間の流れがこの世界の流れ方と変わってしまってるの。私たちと似たような感じになるかしら? 付け加えるならこの誰もいない世界で、ほぼ永遠に近い寿命を生きることになると思う」


「う、嘘だろ……」


 ソロンは膝をつき、両手を地面に付いてうなだれた。


「くそう…… 魔王を倒して、国に帰ったら贅沢三昧、酒池肉林な毎日が待っていると思っていたのに!」


「わりと俗物なのね」


「何とかならないのか!」


 半泣きで大声を上げながら、ソロンは精霊に突っかかる。


「ちょ、ちょっと! 今死んだばかりならともかくとして、何十年も前に死んだ生き物を何とかできるわけないでしょう!」


「でも、俺一人じゃあ増やすこともできないんだぞ……」


「そ、それはそうだけど」


 そこでちょっと考えた知識の精霊は、あることを思いだした。


「ねえ、今のあなたは無限に近い時間があるんだし、せっかくだから『人類を作ってみたら』?」


「……は?」


 突拍子もない提案に、ソロンは一瞬思考が止まる。


「ば、馬鹿言え! 錬金術関係は全く知らないし、魔法はせいぜい戦闘特化のものばかりだ。ほとんどの時間を武術の鍛錬に注いできた俺に何をさせるつもりだ?」


 知識の精霊は得意げに語り始めた。


「魔王も人類もいなくなった今のこの世界でも、実は魔物モンスターは今まで通り生息してるの。いえ、魔物は統率者を失って、かつ敵対する人間がいなくなったからすごく大人しくなってるわ」


 ソロンはそれを聞いて、魔王城からこの町まで魔物に遭遇しなかったことを思いだした。出てきたとしても返り討ちにするだけの自信はあったが。


「ほら、魔物の中にはヒトに近い特性を持つものがいたでしょう? その因子をほかのヒトの因子を持つもの同士をかけ合わせたりして、あなたが求める人類を作ればいいんじゃあないかしら?」


「人類を作る!? 俺が!?」


 突拍子もない話にソロンは話が飲み込めないが、知識の精霊はもうかなり乗り気であった。




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