第26話 ねえ、アレがそんなに気になるの?

 石黒楓音いしぐろ/かのんと一緒に帰宅した日の夜。

 その翌日――


 貴志湊きし/みなとは普段通りに部活に参加していた。


 学校近くにあるランニング場には、すでに、運動できるスタイルになっている彼女らがいる。


 部長の宮原世那みやはら/せな先輩。

 幼馴染の藤咲弓弦葉ふじさき/ゆづるは

 後輩の高井紬たかい/つむぎ

 けど、その中には、楓音の姿はなかった。


 多分、バイトの件で部活に、今日も来られないのだろう。


 湊はロッカーのある建物内で、体操着に着替え終えると、皆がいる場所へ駆け足で向かった。


 すると、世那先輩から、昨日なんで無断欠席したのと問われたのだ。

 楓音のことについて、どうしても知りたいことがあったのでと、一言告げると不思議と先輩は大人しくなった。


 湊は首を傾げてしまうが、世那先輩は早く走る準備をしてと、ただそれだけを湊に告げてきたのだ。


 意味不明なほど、世那先輩は無言になっていた。

 やはり、先輩は、楓音のことについて、何かを知っているのかもしれない。

 湊は雰囲気的にそう思った。


「湊先輩ッ、一緒に走りましょう。今日は、土曜日なので、簡単に走る練習だけにしておきましたので」

「え?」

「先輩、忙しかったんですよね? 私が練習表を書いておきましたので」


 紬はTシャツからでもわかるほどの爆乳を、湊の左腕に押し当てながら、こっそりと囁くように言ってきた。


 どぎまぎしてしまう。

 まだ走ってすらいないのに、心臓の鼓動が高まってしまった感じだ。


「世那先輩には、湊先輩がやってきたことにしましたので」

「そうなのか……なんか、ありがと」

「別にいいですから。でも、後で、付き合ってくださいね」


 紬は大人っぽい口調で、また、湊の近くで囁く。

 それにしても、デカいと思ってしまう。


 紬の話し方もそうなのだが、後輩とは思えないほどの、おっぱいの感度の良さに、冷静さを保てなくなりそうだ。


「つ、紬さ……ちょっと離れてくれないか?」

「え、なんでですか?」

「いや、暑いっていうか。くっつきすぎると、よくないだろ」

「そうですかね?」

「そうなんだよ」


 湊は紬の方を見ずに言った。

 彼女を視界に入れてしまうと、さらに胸の辺りが熱くなりそうで、強引に距離をとるようにしたのだ。


「まあ、一緒に走るくらいでしたらいいですよね?」

「少し距離をとってな」

「はい、そうします」


 紬は笑みを見せてくるが、どこか、心の闇を感じてしまった。

 普段は後輩みたいな子だが、笑顔の裏側に何かを企んでいそうな気がしたのだ。


「というか、そこの二人、話してないで、さっさと走る練習をしろよ」


 トラックの周りで走る準備をしていた世那先輩の声が響き、二人は同時に反応し、練習に取り掛かることにした。




 湊と紬の先を走っている弓弦葉。

 湊は彼女の背中を見ていた。


 決して嫌らしい感じではなく、幼馴染として、今後どういう風にかかわっていけばいいのか、悩んでいたのだ。


 普通に話しかければいい。ただそれだけのこと。

 しかし、湊はどうしても言い出せなかったのだ。


 幼馴染同士の関係性なのに、この前の一件以降、妙に気まずくなった。

 話しかけようと思えば、それなりのやり取りができるはずだ。


 けど、急に告白してしまったことで、変なイメージを持たれてしまった気がしてならなかった。


 弓弦葉の方からも話しかけてくることもなく、変な距離感になっていたのだ。

 しかし、このままではよくない。

 練習終わりに、話しかけようと思った。


 自然な感じであれば、弓弦葉もいつも通りに返事を返してくれるかもしれない。

 そんな希望を抱き、今は紬と共に、ひたすらトラック周辺を走り続けるのだった。




「湊先輩、昨日の件はどうだったんですか?」

「いや、そういう話は後で」

「なんでです? 私、知りたいんです」

「いいよ。そういうのはさ。話すとして、走り終わってからな」

「でも、今日はリラックス感覚で出来る練習内容なので、会話しながらでも問題はないです」

「世那先輩に何か言われないか? さっきだって、指摘されたし」

「それは大丈夫です。走りながらでしたら問題はないですから」

「本当か?」

「はい」


 湊と紬が横に並びながら軽く走っていると、背後から砂を弾く音が聞こえる。

 世那先輩は二人を追い越していく。

 彼女は二人の方を振り返ることなんてしなかったのだ。


「でしょ、問題ないって、私言ったじゃないですか」

「……そのようだな」

「信じてくれましたか?」

「まあ、信じるよ」


 湊は躊躇いがちに頷いた。


「それで、用事は達成できましたかね?」

「まあ、な」

「そもそも、用事って何だったんですか?」

「それは、楓音のことなんだ……」

「楓音先輩のこと? まさか、デートとかですか?」

「違う。あいつから、そんなこと、言ってこないから」

「でも、楓音先輩だけですよ、先輩と付き合っていない人」

「確かに……そうだな」


 紬を含め、部長や幼馴染ともデートをしたのだ。


 けど、無理に楓音とは付き合わなくてもいいと、内心、感じていた。

 どうせ関わったところで、碌なことにはならないだろう。


 罵声が飛んでくるに決まっているし、楓音も湊と付き合うことを望んではいないと思った。




「なあ、二人とも」


 再度、砂を弾く音が近づいてくる。


「は、はい」

「ひゃいッ」


 それと、背後から響く世那先輩の声。

 湊と紬は体をビクつかせ、その場に立ち止まった。


「二人さ、やる気あるの?」


 先輩の威圧的な口調に、湊と紬は恐る恐る振り返る。


「はい……」

「私もやる気はあります……」

「じゃあ、真剣にやれよ。今日は土曜日で、早く帰る予定だしさ」


 世那先輩から忠告された。

 先輩は、湊と紬をジッと見つめている。


「もしかして、楓音のことか?」

「はい、そうですが」


 湊は冷静に対応した。

 なんて、反応が返ってくるかわからないが、先輩の顔つきを見て、素直に話そうと思ったのだ。


「そうか……そんなに気になるなら、紬にも説明してあげようか」


 世那先輩は両手を腰に当て、溜息交じりに呟く。そして、腕組をするなり、チラッと、二人の様子を伺う視線を向けてきたのだ。


「弓弦葉も、こっちに来て、ちょっと話があるからさ」


 先輩は、遠くの方でランニングをしている彼女を引き寄せたのだ。




 弓弦葉が爆乳を揺らしながら、やってくると、再び、世那先輩は、三人をそれぞれ見渡す。


「一先ず、あっちの建物の二階で、その件について色々話そうか。その方が、練習にも気合が入るだろ」


 先輩はただ、その一言だけを口にすると、背を向け、その建物の方へ歩いて向かって行ったのだ。

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