第17話 俺、弓弦葉を受け入れたい…けど、無理なのか?
夜七時を過ぎた頃合い。
湊は一瞬、時が止まったかのように硬直している。
本当に告白されたのか?
現実味がなさ過ぎて、湊は、動揺を隠しきれていなかった。
「湊君は……付き合える?」
「……まあ、そうだね。なんていうか、弓弦葉の方から、そんなことを言われるとは思ってもみなくてさ。正直、驚いてるんだ」
「そうなの……?」
「あ、当たり前だろ……急に、真面目な話をされてさ……」
湊の胸の鼓動が小刻みに早くなっていた。今、それを体感しながら、左にいる彼女を横目でチラッと見やる。
今、元々好きだった相手から言い寄られているのだ。
嫌なわけはない。
むしろ、受け入れたかった。
ただ、急すぎて、脳内処理が追い付いていなかったのだ。
「湊君は……私と付き合ってくれるの?」
「こ、恋人とな意味で?」
「え?」
「ん? どうした? 違うのか?」
「そ、そうじゃないよ……ご、ごめんなさい……」
「え? どういうこと?」
湊は何が生じているのか意味が分からない。
告白してきたのは、
「なに? さっきの告白は何だったの?」
「……告白っていうか。ただ、付き合ってほしいだけで……その、恋愛とかじゃないというか」
「……」
湊は早とちりをしていたようだ。
弓弦葉はあくまで、付き合ってほしいと言っただけだった。
彼氏彼女の関係とかではないらしい。
「俺の勘違い……?」
「ごめんね、紛らわしい言い方をして……」
「俺の方こそ……変なことを口走って」
湊は悲し気な瞳で笑って、その気まずい空気感を必死に乗り越えようとしていた。
「でも、どうして、告白みたいなことを?」
「私ね……んん、なんでもない」
「え?」
「私ね……その……一緒に街中に行くときに付き合ってほしいってこと……なの……」
弓弦葉は大人しい口調で何かを隠すような言い方をし、次第に声のトーンが落ち込んでいく。
「普通に付き合えばいいってこと? 今まで通りに?」
「う、うん」
「そっか。そういうことか……」
湊は悲しくなった。
告白されたものだから、両思いだと思い、極限状態まで高まっていたテンションが、崩れるように嬉しい感情が急降下していく。
そうそう、上手くはいかないものだと、湊は悟った。
「でも……」
「ん?」
「あとね。一応、湊君には言っておかないといけないことがあるの」
「どんな事?」
「それはね」
湊は唾を呑む。
いつもと弓弦葉の表情が違う。
どこか、思いつめた感じの顔つきであり、湊は心配になる。
「私ね、その、婚約者がいるの」
「……え?」
湊は体をビクつかせ、目をキョロキョロさせていた。
どういうことだ……。
婚約者……?
そんなこと、今まで聞いたことなんてなかった。
「ど、どういうこと? なんかの嘘だよね? さっきもそうだったけど。言い間違いとか」
「……違うよ」
「……」
本当に勘弁してほしい。
一体、どうなってんだという思いが、胸の内に蓄積されていくようだった。
「違うの……言おうと思っていたんだけど。つい最近まで、あまり関わる機会がなかったでしょ?」
「そうだな。部活に所属するまでな……」
「この前、一緒に街中に行った時ね、言おうと思っていたの。けど、言い出せなくて。でも、このまま言わなかったら、後悔しそうな気がして」
「それで、今日、言おうとしたのか?」
「うん」
弓弦葉は首を縦に動かすだけ。それ以上、多くを語ることはしなかった。
彼女は切羽詰まった感じの表情を見せている。相当、心に迷いを感じながらの発言だったのかもしれない。
湊は弓弦葉のことが好きだった。なのに、彼女の些細な言動で、そういったことを把握できなかったことに悔しさを感じていたのだ。
「でも、どうして今日だったの?」
「それは、来月の下旬から、その婚約者と旅行に行くことになったから」
「来月……夏休みから?」
「うん。そうなの。だから、一応、言わないといけないと思って」
「……そうなのか」
もうそこまで、婚約者とのやり取りが決まっているのか?
湊は心の中で、頭を抱えていた。
まさか、この前、用事があると言って、街中に来るのが遅れたのも、それと関係があるのだろうか?
というか、なんで、それをもっと早くに言ってくれないんだよ、と思ってしまう。
悔しくなった。
何もできない自分に苛立ちを感じ始めていたのだ。
「でも……私は」
「ん?」
「……な、なんでもない。ちょっと、色々ありすぎて、私もちょっと変になっているだけかも」
弓弦葉は、その爆乳に手を当て、悩み、悲し気な顔を見せている。
彼女は、もしかしたら、その婚約者と付き合いたくないのかもしれない。
そんな気がした。
「弓弦葉は、それでいいのか?」
「……わからないの」
「わからない?」
「うん……私も、どうしたらいいのかわからなくて。だから、湊君に相談しに来たんだけど。ちょっと混乱してて、さっきから変なことばかり言っているよね、私」
「弓弦葉は、冷静に話せばいいよ。落ち着いてさ」
「うん、その方がいいよね」
弓弦葉は、胸元に再び手を当て、深呼吸をしていた。胸の高鳴りを抑え込んでいるような感じだ。
本当に焦っているのが、湊自身にも伝わってきていた。
「そんなに悩んでいるなら。さっき、弓弦葉が言っていたように、俺と付き合う? 昔のようにさ、幼馴染の関係性で」
「……そうだね、その方がいいかも」
消極的な態度ではあるが、幼馴染はゆっくりと首を縦に動かす。
「じゃあ、昔のようにっていうか。部活の方針通りに付き合う感じで」
「うん」
「すぐに結婚するわけじゃないんだろ?」
「そうだね……まだ、婚約かどうかも怪しいし。夏休み明けには決まるかもしれないけど」
「そっか……弓弦葉は、自分の意見を言った方がいいよ」
「え?」
「え、あ、いや、俺も弓弦葉のことを言えた立場ではないけど。その人と付き合いたくないのならさ。断ってもいいんじゃないかなって」
「そうだよね。断る手段もあるよね……が、頑張ってみる……」
弓弦葉の表情は先ほどより明るくなってきている。
ゆっくりとだが、気分が回復しているのかもしれない。
弓弦葉がそんな状況の中。湊は内心、何かの間違いであってほしいと思っていたのだ。
湊は告白しようと思っていたのだが、婚約者のことを言われ、雰囲気的に言える状況ではなくなっていた。むしろ、緊張して、そんなセリフを口に出せる勇気もなかったのだ。
「今日、どうする?」
湊が彼女に問いかけた瞬間、スマホのバイブ音がリビングに鳴り響く。
自分のモノかと思っていると、それは違った。
弓弦葉のスマホである。
彼女は通学用のバッグの中からスマホを取り出し、画面に表示されていることを一度確認した後、躊躇いがち耳に当てていた。
「……うん」
弓弦葉はスマホ越しに、誰かとやり取りをおこなっていた。彼女の表情は、そこまで明るいものではなかったのだ。
電話相手は、弓弦葉にとって、不都合な相手かもしれない。
「……」
彼女は一分程度で話を終え、スマホを両手で握る。
「私、今日は帰るね」
「帰るの?」
「うん」
「でも、暗いし。俺、送っていくよ?」
「んん、いいの。この家に、迎えに来てくれる人がいるから……」
「誰? 両親?」
「……婚約者の人」
「そうか……」
心が痛む。
弓弦葉の口から婚約者という言葉を耳にする度に、現実逃避したくなる。
弓弦葉とは、ただの幼馴染の関係で終わりなのだろうか?
そうだよな……初恋の相手と付き合って結婚できるとか、確率的に低いのはわかっている。
こればかりはしょうがないと思った。
湊は溜息を吐き、テーブルにあったコップを手に取り、隣にいる弓弦葉の方を見ずに、リンゴジュースを口に含んだ。
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