一寸法師……だよね? ~狂気の昔ばなしシリーズ~

小林勤務

第1話

 昔、昔、あるところに快楽に溺れたおじいさん、おばあさんが住んでいました。


 二人がこのようになってしまったのは深い理由がありました。遠い昔に、こどもが神隠しにあってしまったのです。悲しみとともに悠久の時が流れて、いつしか二人は子をもつより人生を楽しもうと思うようになりました。


 あっちを試したり。

 こっちを試したり。


 それなりに色んな遊戯ぷれいを試すなど、夜の営みを楽しんでいた二人ですが、昨今の不景気のあおりを受けて、年金は減らされ、ふと人生を振り返りました。


 いっときの快楽に身を任せるよりも、ふたたびこどもを授かりたい。


 そう思い、毎日お寺にお祈りにいきました。


 ごうごうと風がうなる朝――


 外に出てみると、『この子をよろしくお願いします』と書き置きが残された、小さなお椀がありました。


 さてはみなしごかと思い、中を覗きましたが何もありません。


 からかわれたと憤慨したおじいさんとおばあさんは、置手紙をびりびりに破り、小さなお椀に濃厚な痰を吐き、どぶ川に捨ててしまいました。


 二人には見えなかったのですが、実はお椀のなかには小さな男の子がいました。


 身長は0.3ミリでした。はたからみたら塵としか思えません。破り捨てられた置手紙が風に舞い、そこには『一寸法師』と書かれていたのです。


 小さな男の子は、おじいさんとおばあさんの誤解によって、名前も名乗れずに捨てられてしまいました。


 そのままどぶ川に流された小さなお椀は、濁流にもみくちゃにされて、あっという間に転覆してしまいます。


 万事休すと思ったとき、たまたまそのどぶ川で洗い物をしていた男に拾われました。


 男は暗殺者でした。ついさっき、都のお公家さまから政敵となるお偉いさまを殺して欲しいと依頼を受けて、首元を掻っ切ったばかりでした。


 暗殺者が汚れた血を洗っていたときに、一寸法師がたまたま衣服に付着したのです。


 そのまま都のはずれに帰る暗殺者。きらびやかな都を取り巻くように、掃きだめのような長屋が広がります。何事にも光と影があり、光が強ければ強いほど、影もその色を濃くするのです。


 たいそうお腹がすいた一寸法師は、暗殺者が食べようとしたご飯に飛びのり、ぱくぱくと食べはじめました。


 もちろん暗殺者には一寸法師は見えません。0.3ミリの大きさは米粒についたゴミとしか思えないのです。


 ぱくりとあえなく飲み込まれた一寸法師。


 暗殺者の胃液にどろどろに溶かされ、記憶も自我さえもなくなりかけて、そのまま排泄物として生まれ変わろうとしたとき――ひとつの奇跡がおきました。


 同じく、暗殺者に食べられた二寸法師と出会ったのです。


 二寸法師は名前のとおり0.6ミリでした。


 こちらも傍からみたらゴミ同然です。わずかな風に吹かれてあやまって井戸に落ちてしまうと、喉がかわいた暗殺者によって、ごくごくと飲み込まれてしまったのです。


 二寸法師は言いました。


「ぼくたちで力を合わせて、暗殺者の身体を乗っ取ろう」


 そうです。二人はどろどろに混じりあい、手と手を取りあい、合体することに成功しました。そして、そのまま二人は暗殺者の血管に潜りこみ、赤血球を小さなお椀がわりにして細い管を漕いでいきます。


 どんぶらこ~、Don't Love you~

 どんぶらこ~、Don't Love you~


 こうして大脳まで辿りついた二人は、無事、暗殺者の身体を支配することになりました。


「都に出て見分を広めたい」


 そこで暗殺者の雇い主であるお公家さまのお屋敷にいきます。


 お公家さまはびっくりしました。


「貴様がここに出入りしては、わしが疑われてしまう」


 しっしっと厄介払いされそうになった暗殺者。彼をあやつる一寸法師たちはこの理不尽な仕打ちに憤慨します。二人は暗殺者の脳幹の繊細な部位を針の剣でちくちく刺して、その体を自在にあやつります。


 そして――一刀両断。


 お公家さまの首がごろりと胴体から転がり落ちて、鮮血が花火のように噴き上がります。


 騒ぎをききつけたお公家さまの家来が殺到しました。


 このままでは取り囲まれて、あっという間に殺されてしまう。

 真っ赤な血を浴びた暗殺者は、どこかに良い逃げ道はないかと辺りを見渡します。

 すると――


「キャ―――!」


 お公家さまのお姫さまがガタガタと唇を震わせていました。


 これ幸いとばかりに暗殺者はお姫さまを人質にとり、清水寺から飛び降りて、都のそとへと走ります。

 野を越え、山を越え、積み上がる屍を越え。

 辿り着いたのは、おじいさんとおばあさんの家でした。


 二人をまえに、暗殺者は呆然としました。


 元はといえば、二人が一寸法師をどぶ川に捨てなければこんなことにならなかったのに。激しい怒りに燃える一寸法師は、ふたたび暗殺者の大脳の突起物を突きますが、暗殺者の体は思うように動きません。


 体は動かせても、心までは動かせない。

 まるで、そう抗っているようでした。


 一寸法師が視神経を突いていないのに、暗殺者の目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちました。


「お、おっとう。お、おっかあ」


「も、もしかして生き別れた、夢現世ふぁんたじーだべか?」


「そうだべ、ぼくはおっとうとおっかあの息子の田中たなか 夢現世ふぁんたじーだべ」


 なんと、暗殺者は輝く真名きらきらねーむを付けられたことに絶望して家を飛び出したところ、運悪く野盗に攫われ、苦難の人生を歩んだ実の息子だったのです。


 暗殺者は感動の再会を果たすことになりました。


「さて、そのお姫さまはだれなんじゃい」


 暗殺者、いいえ、夢現世ふぁんたじーはにやりと笑いました。


「この子は打ち出の小槌だよ」


 お姫さまの信頼を得るため、まずは親兄弟など近しい存在との連絡を絶たせました。そして、おじいさん、おばあさんもお姫さまに長年培った性技を教え込むなど、徐々に絆を深めていきました。


 二人は出会いこそ最悪でしたが、すっかり偽の家族の一員となりました。お姫さまは皆の期待に応えるため、都に働きかけます。お公家さまたちも、暗殺者に過去の悪事をばらされたくなかったので、率先して、彼らに金品をわたしました。


 そのお金で、夫婦そろって布哇はわい瓜姆ぐあむ馬爾代夫もるでぃぶに旅行にいき、朝まで踊り狂い、徐々に仲間を増やしていきました。


 後の世に、大和の国を支配する性交教団の誕生です。


 いつしか、暗殺者、いいえ、一寸法師が操る田中たなか 夢現世ふぁんたじーとお姫さまは誰もがうらやむおしどり夫婦と村でも評判になり、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。



 おしまい、Oh Shit Mine

 おしまい、Oh Shit Mine



 了


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