第19話 貰った名前

 ディアンという名前は気に入っている。

彼に最初に貰ったものだから。

なぜ崖から落ちた馬車の中にいたのかを覚えてはいない。

馬車には家紋も描かれていたようだが。

アルトとクルスに見つけてもらうより前のことはわからず。

教会での日々が全てだった。

兄のように様々なことを教えてくれるアルトに恋焦がれ。

こちらを向いて欲しくてわがままを言った。

どんな無理難題を言っても怒らないアルト。

妹のようにしか感じてくれていないのかと落胆した。

教会にはこの容姿に群がる貴族が溢れている。

いつまで嫌だと突っぱねることができるのか。

この想いを伝えることもできずに去ることになるかもしれない。

そんな時庭で怪我をした小鳥を見つけた。

手に抱え死なないでほしいと願うと。

白い光に包まれた雫が滴る。

小鳥は囀りながら空を駆けた。

「兄貴じゃなくて俺を選べよ」

振り返るとそこにいたのはクルスだった。

太陽を背に真剣な顔でこちらを見つめている。

心はアルトに捧げたままでも構わないと。

その日から屋敷を出る前日まで毎日告白された。

少しずつ傾く心。

ここを出る日には心をどちらかに決めなければと。

揺れていたのがいけなかったのだろうか。

アルトは前日から姿が見えなくなり。

クルスは私を助けるために死んでしまった。

変わり果てた姿で風を切る。

背中から突き出た太陽を覆い隠す両翼。

目を開けているのも辛い。

王を殺したのだ追われる身になるのも時間の問題だろう。

それまでの間にできるだけ遠くへ。

首都から離れ森の最奥に向かう。

地平線の向こうから顔を出すのは煌めく青。

「これが海…」

クルスの好きだった海。

「初めて見た」

教会の孤児院を出たら一緒に観に行こうと言っていたのに。

その夢ももう叶わない。

波打ち際に体を休める。

上級者でもおいそれと奥には進めない死の森。

最奥の洞窟に居を構える。

海のよく見える丘にクルスの墓を建てよう。

魔物しか出ないような森の奥。

冒険者も未踏の地。

ここなら穏やかに傷を癒せるだろう。

人の姿に戻ると臍がなくなっていた。

もうこの体は人間でもないのだろうか。

人間の冒険者に親を狩られた少女に会った。

魔物のようには見えない姿。

回復呪文は魔物には使えないと勝手に思い込んでいた。

息も絶え絶えのこの子には時間が残されていないと。

一か八か回復を試みると。

切れた箇所は繋がり。

見えなくなっていた瞳は景色を写し込んでいる。

綺麗な錫色の瞳に茶色の髪。

名前が思い出せないと言うので。

私がしてもらったように名前を付けた。

どこかの国の言葉で美しいという意味の言葉。

「あなたの名前は『シャン』よ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異世界転生は屍姫にて 齊藤 涼(saito ryo) @saitoryo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ