第6話 桃色の誓い

 どうして今頃になって舞踏会など開くのか不思議だった。

嘲笑する場内の貴族たち。

見知らぬ女を連れたお嬢様の婚約者は罪人を捕まえるよう指示した。

王子の寵愛を受ける平民の殺害未遂が罪の名称だそうだ。

拘束され剣を突きつけられるマディアお嬢様。

侍女である私はどう足掻いても会場に入ることができない。

守るために伸ばした手は踏み躙られ。

騎士に連行されるお嬢様を助けることができなかった。

ー 数時間前 ー

お嬢様の艶やかな亜麻色の髪を梳く。

「やっぱり行くのをおやめになられた方が」

「ダメよ。お父様に迷惑がかかるでしょう」

「あの男がマディアお嬢様のために何をしてくれたって言うんですか」

「ロゼ。そんな言い方してはいけないわ」

「でも…」

むくれる私の頭を愛おしそうに撫でてくれるお嬢様。

こんなに優しい方を悪女だと宣う輩に制裁を与える力があれば。

悔しくてしょうがない。

なにが王子との婚約を祝う舞踏会だ。

もう婚約して五年も経つのに。

今更婚約を宣言するなどお嬢様への侮辱ではないか。

能力に目覚めていないことが周知されることを疎い。

婚約してすぐに髪の色を隠せと怒鳴り込んできた。

舞踏会どころかお嬢様が外に出ることも拒んだくせに。

昔から屋敷にも貴族にも味方なんていない。

髪の色のせいでお嬢様が今までどんな扱いを受けてきたか。

クラック家の氷柱の能力は開花すると同時に髪の色が変わる。

夜の雪原のような青みがかった灰色に染まるのだ。

壁の花でいられる容姿ならまだよかったろうに。

時代遅れのドレスを纏う姿でさえ人目をひく荘厳な気配。

たかが髪の毛の色如きで魂の美しさは測れないのに。

人々は六歳で開花した弟のナキアばかりを褒め称え。

屋敷の侍従がお嬢様に背を向けた頃。

私はマディアお嬢様という救世主に出会った。

幼い頃から貧困に喘ぐ村に生まれ。

村の口減らしのために売られたので親元を離れた。

奴隷商人の馬車は首都までの道中で魔物に襲われ崖下に転落し。

生き残ったのは私だけ。

奴隷紋のせいでまともな職に就くこともできず。

空腹に耐えかねて餓死するか。

盗みを働き貴族になぶり殺されるか。

絶望は溢れるほど押し寄せるが希望なんてものは目にしたこともなかった。

そんな日々の中でもあの時は朝から最悪な日だった。

ねぐらも食糧も奪われ。

空腹のあまりゴミを漁っているところを見咎められ店主に殴られた。

腹いせが済んだら解放されると鷹を括っていたが怒りは収まらず。

このままゴミ溜めで死ぬんだと思った。

あの時お嬢様に拾っていただけなければ本当に息絶えていただろう。

「この子が欲しいからこのくらいで許してくれないかしら」

声のした先にいたのは小柄な少女。

気品あふれる佇まいがそのあたりの子供とまるで違う。

貴族だろうとすぐに見当がついた。

後ろには馬車が見える。

自分と同じくらいの年端の恵まれた環境の子供。

ここで助かるためならと隷属することを快諾した。

玩具にされ殺されるとしてもゴミの中よりはマシだろう。

店主は金を積まれ満面の笑みで私を引き渡す。

翌日から私はお嬢様に仕えることになった。

奴隷としてではなく侍女として。

たった七歳のお遊びだと考えていた私が浅はかだった。

十歳を超えてからではいけない理由があったのだ。

唯一の味方は屋敷の人間と異なる者でなければならなかったのだろう。

それからの日々は初めて感じる幸せに溢れていた。

侍女とは思えないほど労ってくださる主人。

この時間が永遠に続けばいいのに。

それなのに言われなき罪でお嬢様は殺された。

「大切に思っていたならもっとできることがあったはず」

悔やんでも悔やみきれなかった。

部屋で泣いてもマディアお嬢様は帰ってこない。

そう思っていたのに…。

処刑されたはずなのに屋敷に戻ってきたお嬢様は、

以前と同じように優しかった。

姿形はお嬢様以外の何者でもないが。

中身はどうなのだろう。

お嬢様ならは私に心配をさせないように夜にこっそり動くと思い。

物陰に隠れお嬢様の部屋の扉を監視する。

少しすると思った通り出てきた。

やっぱりマディアお嬢様に決まっている。

戻ってきてくれたのだ。

たとえ違う可能性があっても大切な人に変わりない。

今度こそ守り切ろうと心に誓い後をつけると。

初めてみるような顔で屋敷を散策している。

お嬢様は急に振り返る。

誰かに話しかけられたような仕草。

ここからは何も聞こえない。

突き当たりを曲がるとお嬢様が隠し部屋に入っていく姿が見えた。

こんなところがあったなんて。

後を追い階段を降りると小さな空間があった。

「この部屋は…」

暗い部屋に飾られた大きな肖像画。

描かれた令嬢の姿を見て驚いた。

「お嬢様に瓜二つだわ」

そっくりだけれど違う人。

この女性は目尻に黒子がある。

お嬢様は顔に黒子はない。

「一体誰だろう」

見失ってしまわないように先を急ぐ。

お嬢様を追いかけ崩れた壁の隙間に入る。

少し進むと開けた場所にでた。

「ここはサティルス広場だわ」

さっきまで屋敷の中に居たのに着いたのは城下町の広場。

路地裏に消える背中を追い街中を駆ける。

「お嬢様もう一人にはいたしませんから」

暗闇の中に桃色の髪が揺れた。

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