🔁~Repeat Playback~

【⏸️】

　動画が終わり、私は深いため息をつきながら、マウスから手を離して椅子にもたれた。

　見ていたのは〝ぎるてぃ〟という、今をときめく超人気ユーチューバーの最新動画だ。

　半年前に彼がYouTubeのチャンネルを復活させた時、世間の人々は一斉に思い出したに違いない。

　かつて、小学生ユーチューバーとして名を馳せていた〝ゆうせい〟という少年の存在を。

　十数年ほど前、彼のYouTubeチャンネルの名を知らない者はいなかった。

　〝縦横無尽！ゆうせいチャンネル〟——―。

　2010年代の中頃から始まったユーチューバーブームは、誰もかれもを動画配信者へと駆り立てることになった。世代、性別を問わず、ありとあらゆる人間が、ユーチューバーとしての活動を始めたのだ。

　名も無き一般人たちが、各々の個性と特技を利用して、様々なチャンネルを開設していった。そのジャンルは多岐に渡り、商品紹介やゲーム配信だけに留まらず、バラエティー番組や報道番組の真似事をするものや、個人の職業や暮らしをドキュメンタリーチックにフューチャーしたものも多く誕生し、それぞれが人気を博していった。

　テレビでよく見る芸能人たちもそれに続いた。俳優、女優、歌手、芸人、タレント、モデル、アイドル、アスリート……。中には、テレビに居場所を失くしてユーチューバーへと鞍替えした者もいた。

　ありとあらゆる企業も、自社の公式チャンネルを立ち上げ、広告を掲載し、動画の合間にCMを流した。大人気ユーチューバーらを広告塔として起用し、新商品が出れば、その紹介動画を依頼して、販売促進を狙った。

　それほど、YouTubeを主戦場とした動画配信のもたらす社会的影響は大きく、世間にとって無視できないものとなっていた。

　最早、国民総動画配信者状態の時代だった。

　そんな中でも、〝縦横無尽！ゆうせいチャンネル〟は、世間の話題をかっさらい、注目を集めていたコンテンツだ。

　当時から、小学生ユーチューバーという存在は、それほど珍しいものではなかった。むしろ、掃いて捨てるほどいたと言ってもいいだろう。

　では、なぜ〝縦横無尽！ゆうせいチャンネル〟が注目されていたのかのいうと、それは小学生らしからぬ、ラジカルな内容にあった。

　さきほどの動画内でも語っていた通り、彼——ゆうせい君のユーチューバーデビューは、僅か四歳の頃である。その頃はもちろん、彼にYouTubeデビューの自覚など無かっただろう。育児を務める彼の父親が、動画配信ブームの波に乗り、細々と始めた育児動画の投稿——言ってみれば、ファミリービデオの延長に過ぎなかった。

　だが、それはやがて一定の評価を得て、〝縦横無尽！ゆうせいチャンネル〟は、人気の育児チャンネルとして台頭していった。動画のクオリティは投稿される度に上がっていき、それに比例するように、再生数も登録者数も上昇していった。無垢で元気一杯な彼の日常生活を映した動画は人気を博し、地上波のテレビ番組でも取り上げられるほどの知名度となった。

　しかし――〝縦横無尽！ゆうせいチャンネル〟は、彼が動画内で語っていた通りの展開を見せた。再生数や登録者数に伸び悩んだ結果なのか、動画の内容は段々と、クオリティこそ高いものの、幼い子供がやるにしては少々過激なものとなっていき、彼が小学生になる頃には、完全に育児チャンネルから逸脱した、一挙一動に物議を醸す内容になった。

　動画内でも語っていた通り、それは裏で動画編集や企画、マネジメントを行っていた彼の父親の手引きによるものだったらしい。

　考えてみれば、当然の事だろうか。彼はまだ、何も知らない無垢な子供だったのだから。

　だが、世間の大衆は、それを理解することなく、彼に誹謗中傷を投げかけた。いや、中には、理解した上で誹謗中傷していた者もいただろう。彼は段々と、悪い意味で世間の注目を浴びる存在へと変わっていった。

　その当時はまだ人気も衰えておらず、彼の過激な活動を擁護する者や、賛同する者もいた。その中には企業家や政治団体なども含まれ、彼は時の人として扱われることもあった。

　だが、それがいつまでも続くはずもなく、〝縦横無尽！ゆうせいチャンネル〟の人気は段々と衰えを見せていった。それでも、週に三本というペースでの動画投稿が止まることはなかった。人気を盛り返そうと、内容はさらに過激さを増していき、人命が失われた事件事故に対しての的外れな指摘や、メディアに対する挑発など、炎上目当て、世間の注目を集めたいだけの動画が続々と投稿された。

　そこまでいくと、世間の見方も様変わりし、彼を擁護していた者たちも関わるだけ損だと離れていき、〝縦横無尽！ゆうせいチャンネル〟は急速に退廃した末に、悪意ある大衆からも飽きられ、いわゆるオワコンと化してしまった。

　そして、数えきれないほどの、不穏な空気を匂わせる動画や引退を宣言する動画が投稿された後——、彼が極めつけと語った、中学校の入学通知書を破くパフォーマンスをする動画を最後に、〝縦横無尽！ゆうせいチャンネル〟のアカウントは消滅した。件の動画の再生数は一万回にも満たず、彼の引退はネットニュースの隅に小さく掲載されただけで、Twitterのトレンドにも載らなかったという。

　しかし、まさか、その十数年後、誰からもその存在を忘れられていた〝縦横無尽！ゆうせいチャンネル〟のアカウントは突然、復活を遂げる。

　チャンネル名を、〝因果応報！ぎるてぃチャンネル〟と変えて。

　十数年ぶりに投稿された動画のタイトルは、

　〝【お久しぶりです！】みなさん僕のこと覚えてますか？【縦横無尽！ゆうせいチャンネル】〟

　というものだった。再生してみると、画面に映し出されたのは、いかにも庶民の家といった趣の部屋の一室に置かれた介護ベットに寝そべる老人と、その傍に佇む、顔にどことなく幼さが残った青年——というよりは、まともに社会経験を積んで来なかったように見える、大人の男。

　タイトルで説明されていたが、それを見なくとも、子供の頃の彼の顔を覚えていた者は、すぐに気が付いただろう。その男が、かつての〝縦横無尽！ゆうせいチャンネル〟のゆうせい君だということに。

　彼は十数年前とほとんど変わらない笑顔で挨拶すると、自分の近況を淡々と説明し始めた。

　中学校の入学通知書を破く動画の後、精神を病み、ずっと引き籠っていたこと。

　その原因は、自分をユーチューバーとして育て上げた父親にあること。

　物心ついた頃から、自分には常にカメラが向けられていたこと。

　ユーチューバーという概念を理解する前から、自分はユーチューバーとして扱われていたこと。

　それが、当たり前のことだと思っていたこと。

　それが当たり前のことではないと気が付き、ユーチューバーとして活動することを拒否しようとしても、父親が絶対に許さなかったこと。

　今にして思えば、それは立派な精神的虐待、モラルハラスメントであったこと。

　まだ子供だった自分には、それに逆らう術が無かったこと。

　父子家庭であり、まともな親戚付き合いも無かった為、学校との繋がりを無理矢理絶たれた後は、周りに頼れる大人がいなかったこと。

　今にして思えば、それは父親が自分を都合よく扱う為、周囲から孤立させて自分を独占する為に、仕向けたのであろうということ。

　結局、嫌々ながらもユーチューバーとして活動していたこと。

　段々と過激になっていく活動に、ますます嫌気がさしていたこと。

　それが、件の動画のせいでついに爆発し、精神が折れてしまったこと。

　引き籠った後も、父親は自分を使ってユーチューバーとして再起を図ろうとしていたこと。

　そのせいで、病院にも連れて行ってもらえなかったこと。

　そのせいで、リストカットや自殺未遂を繰り返す、地獄のような引き籠り生活を十年以上送る羽目になったこと。

　そんなある日、突然、父親が脳梗塞で倒れたこと。

　一命は取り留めたが、父親は半身麻痺と認知症の後遺症が残り、ほとんど寝たきりの状態になってしまったこと。

　その時、とうとう復讐するチャンスが訪れたのだと直感したこと。

　自分が全世界に向けてオモチャにされたように、今度は父親をオモチャにしてやろうと、決意したこと―――。

　復活を遂げた〝縦横無尽！ゆうせいチャンネル〟のゆうせい君——いや、〝因果応報！ぎるてぃチャンネル〟のぎるてぃは、十数年ぶりに世間の注目を集めた。これまでにないほどに、だが、これまでとは違った種類の熱量を帯びて。

　動画のコメント欄で、ネットニュースのコメント欄で、Twitterで、動画配信で、ワイドショーで、ありとあらゆる人間が、彼のただならぬ再起について語った。

　実の親をオモチャにするなど、倫理に反する行為だ。

　過去、オモチャにされていたことは可哀そうだが、だからといってこんなことは許されない。

　精神病院にて、適切な治療を受けた方がいい。

　だが、そんな意見よりも圧倒的に多かったのが、彼を心の底から応援するという旨の意見だった。

　それは一見すると、今も昔も存在する悪意ある大衆の一時的な支持——悪ノリに見えたが、実際は、そうではなかった。

　彼は、2010年代半ば以降に誕生した世代——後年、〝ワナビー・ペアレント世代〟と称されることとなる――の、圧倒的支持を得ていたのだ。

　〝Wannabe－Parent〟——何者かになることを望んだ親。

　ワナビー・ペアレント世代とは、親が動画配信サイトやSNSなどで自身の承認欲求を満たす為に利用された子供たちの世代のことを指している。

　今でこそ、WP世代という言葉が誕生した影響もあって、YouTubeやTikTokなどの動画配信サイトや、TwitterやInstagramといったSNSでの、育児写真や育児動画、育児漫画の投稿は控えめになってきているが、今現在、二十歳前後の若者たちは、その多くが被害を受けている。

　親によってネットの海に投稿された、自分の幼い頃の姿を写した画像が消えない。

　親によってネットの海に投稿された、自分の幼い頃の姿を映した動画が消えない。

　親によってネットの海に投稿された、自分の幼い頃の行動を描かれた漫画やイラストの画像が消えない。

　もちろん、その大半は微笑ましいものであり、デジタルアルバムともいえるものでもあるのだが、WP世代に言わせればそれは、「自分たちの許可を得ずに勝手に投稿されたものであり、それが一生消えることのない、全世界に繋がっているネットの海に絶えず漂うこととなるのは、決して気持ちのいいものではない」のだという。

　実際に、WP世代という言葉が誕生したのは、そういった被害の声が様々な場所で上がっていることに起因している。

　かつて、親が勝手にネットに投稿していた幼い頃の自分の写真や動画、もしくは、幼い頃の自分を描いた漫画やイラストの画像を使われて、からかわれた。

　もしくは、それがいじめられる原因になった。

　もしくは、それが深い心の傷を負う原因になった。

　もしくは、それのせいで個人情報が特定されてしまい、プライバシーも何も無くなってしまった。

　そういった意見が、主にSNSを中心として多く上がった。それをまとめたネット記事や、そういった事例を取り上げたネットニュース、コラムなどが世間の注目を集め始め、WP世代という、流行語としても取り上げられるほどの認知度を得た言葉が誕生したのだ。

　〝因果応報！ぎるてぃチャンネル〟は、そんなWP世代の圧倒的支持を得ていた。

　動画のコメント欄で、ネットニュースのコメント欄で、Twitterで、動画配信で、WP世代の若者たちが彼を支持する意見を表明していた。

「自分もぎるてぃほど酷くないけど、親が勝手にYouTubeに投稿してた動画のせいで、からかわれたりしたことがあったから、正直共感するよ」

「私なんか、親が勝手にupしてた写真のせいで、気持ちの悪い人たちから、あの子の現在は……とかいってネットストーカーされたことある。ぎるてぃはさすがにやり過ぎだと思うけど、どっちかというと応援してる方かな」

「親が勝手にネットに上げてた動画をクラスメートに掘り起こされて、それ由来で酷いあだ名を付けられたの思い出した。いじめまでいかなかったけど、あの時は嫌な気分になったなあ。ぎるてぃの気持ち、ちょっと分かる」

「ぎるてぃ、応援してる。俺、親がTwitterで呟いてた育児日記漫画のせいで、これまで恥ずかしい思いたくさんしてきたんだ。色んな失敗とか、初恋とか、大っぴらにされてさ。俺らを代表して、復讐してくれよ」

「自分も一時期、ぎるてぃみたいに親が勝手にネットに上げてた育児漫画のせいで、からかわれた末にいじめられて、引き籠りみたいになってた時がある。どうにか立ち直れたけど、今でも心の底では、親のこと許してないよ」

　あちこちで、彼についての論争が起きた。その多くは、年長者と若者、ネット世代の親と子という対立構造となっていた。

　そんな世間の反応を余所に、ぎるてぃは次々とチャンネルに動画を上げていった。

　〝【ぎるてぃ】子供の頃やられたことを、そのままやり返してみた！第一弾は歌ってみた！【いや、歌わせてみた？】〟

　〝【ぎるてぃ】子供の頃やられたことを、そのままやり返してみた！第二弾はコスプレ撮影会！【懐かしアニメのあのキャラ】〟

　〝【ぎるてぃ】やり返しシリーズ第三弾はモッパン！ちゃんと介護食だけど、味付けは内緒♡【虫も食べさせるよ】〟

　〝【ぎるてぃ】第四弾は髪を染めてあげる！白髪染め？いやいや、オシャレはやっぱ金か赤か青でしょ！【ピアスも開けるよ】〟

　動画は上げられた瞬間に軽く十万回再生を突破した。SNSのトレンドに上がり、ネットニュースになり、有志が作成した切り抜き動画が多数上げられ、その度にまた論争が起きた。が、どこで起きている論争も、WP世代の方に分があった。彼らの大なり小なりの恨みが、ぎるてぃという世間的にも大きな影響力を持ったどす黒い矛先となって、多大なる熱量の下、親世代に突き付けられているようだった。

　親世代にとって、過去の行いが原因となり、今となって思わぬ形で復讐してくるという概念を具現化したようなぎるてぃの存在は、決まりやおさまり、ばつや居心地が悪いものであることに違いない。

　実際に、育児ユーチューバーとして活動していた者が突如としてアカウントを削除してネット上から姿を消したり、育児漫画をネット上に掲載していた者が子供と世間に対して謝罪を行ったり、育児日誌を毎日のようにTwitterで呟いていた者が炎上したりと、ぎるてぃによる影響はあちこちで噴出した。中には、WP世代が親に対して訴訟を起こすという、規模の大きいものまであった。

　しかし、渦中の人物であるぎるてぃは、そういった影響など毛ほども気にしていないようで、ひたすら父親をオモチャにする動画をハイペースで上げ続けている。

「——―ですから、一度ネットの海に投げ込まれたものは、決して消えることがありません。今でも、私を揶揄する内容の動画やコラージュ画像が、あちこちに漂っています。しかし、それでも、私は辛い過去を乗り越えました」

　いつの間にか、別の動画が自動再生されていたようで、ノートパソコンから音声が流れだした。いや、これは、最近頻繁に見るようになった広告だ。

　画面の中で、ベージュのハットをかぶった爽やかな雰囲気の青年が真剣な表情でこちらに語りかけている。名前は失念したが、この青年は確か、ぎるてぃと似た人生を送ったという、かつて小学生ユーチューバーとして活動していた子だ。

「あなたのWP世代としての痛み、一人で抱え込むのはやめて、まずはこちらへご相談を。今からでも遅くはありません。画面の向こうの人たちには分からない、リアルな本当のあなたを大切に……」

　相談窓口案内が表示され、青年は画面上から姿を消した。

　彼はぎるてぃと違い、かつて自分をオモチャ――自身の承認欲求の糧にした親を、葛藤の末に許したのだという。その様子をドキュメンタリー番組に取り上げられて、ユーチューバーとは別の方面での人気を獲得し、今ではワイドショーのコメンテーターなどを行うタレントとして活躍している。それを買われてか、近年、厚生労働省が設立したWP世代の心のケアを行う企業の広告塔としても起用されている。

　ネット上では、グッドエンドを迎えたぎるてぃと揶揄されていたはずだが、その表現が的を得ているのは否定できない。

「はいどうも～！因果応報！ぎるてぃチャンネルのぎるてぃです！ご視聴ありがとうございます！ええ～、今回はですね。アンチを煽る為にこのチャンネルの収益について―――」

　広告が終わり、過去の〝因果応報！ぎるてぃチャンネル〟の動画が再生され始め、慌てて一時停止した。

　……ぎるてぃ、ギルティか。

　恐らく、彼は自身の本名であり、過去の名前でもある〝ゆうせい〟を〝有罪〟とかけて、ぎるてぃと名乗っているのだろう。

　その有罪判決は、父親と彼、どちらに下されているものなのだろうか―――。

「ママ、まだ起きてたの？」

　振り返ると、娘の瑠璃（るり）がパジャマ姿でリビングの扉を開けているところだった。慌てて、ノートパソコンをパタンと閉じる。

「うん、ちょっと調べものしてたの。どうしたの？」

「なんか眠れないから、ココアでも飲もうかと思って」

「まあ……もう歯磨きしたんでしょう？」

「いいじゃない、固いこと言わないでよ。ママも飲む？」

「まったく、この子ったら……ふふ、じゃあ、お願い」

「はーい」

　瑠璃はいたずらっぽく笑うと、鼻歌混じりにキッチンへと消えていった。時計を見ると、もう十二時過ぎになっている。寝る前に少しだけと、動画を見ている内に、随分と時間が経っていたらしい。

　ノートパソコンとマウスをテーブルの奥へ押しやると、スマートフォンでTwitterにログインした。ニュースサイトや料理レシピサイト、有名コラムニストなどのアカウントしかフォローしていないが、おすすめ欄には、トレンドワードやバズっている呟き、話題になっているネット記事のタイトルが、否が応でも表示される。

　〝ぎるてぃ動画更新〟

　〝WP世代の抱える闇。ネット世代の親子関係の在り方を、今一度考える〟

　〝あの大人気ユーチューバー○○○○の現在……。やつれた姿でコンビニ往復の毎日〟

　〝激辛大食い系ユーチューバー○○、胃を全摘出へ〟

　〝「毎日動画を更新しなければならないという呪いにかかっていた」元一流ユーチューバーが語る、精神ケアのすすめ〟

　〝「あなたの親御さん、Twitterでこんな意見を表明されていますよね？」株式会社○○の面接官が不適切な質問を行ったとして炎上、謝罪へ〟

　〝ぎるてぃに苦言を呈していた『私の親はネット有名人』著者、○○○○。経歴詐称の疑い〟

　どれもこれも、ため息をつくような話題ばかりだった。国民総動画配信者の時代は、未だに終わりを迎えていない。これから先も、また段々と影が生まれていくのだろう。誰もがYouTubeやSNSでの栄光を追い求めたが故に発生した、暗い影が。

　虚しくなり、Twitterを閉じた。ホーム画面の壁紙に設定している、他の誰にもシェアしたことがない娘とのツーショット写真が現れる。

　娘の瑠璃は今年で十八歳。来年から、服飾、被服学を学ぶ為に、大学に進学する予定だ。

　あの男が身重の私を見捨てて別の女と逃げた時は、不安で一杯だった。シングルマザーとして生きて行けるのか、立派に娘を育てられるのか、怖くて仕方がなかった。

　でも、どうにかここまでやって来れた。大変な道程だったが、大学にまで通わせることができて安心した。

　娘とは、反抗期なんてこの世に存在しないのではないかと疑いたくなるほど、ずっと仲がいい。健やかで天真爛漫に育ってくれた上、ファッションデザイナーに成りたかったママの夢を私が引き継ぐとまで言ってくれた。まさに、天使のような娘だ。

「はい、ココア。ママは歯磨きしたの？」

「したけど、いいじゃない。固いこと言わないの」

　一緒に笑い合うと、私は天使が入れてくれたココアを啜った。

　この幸せを、他の誰かにシェアする必要なんてない。

　私は噛み締めるように、温かくて甘いココアを味わった。