からあげの宇宙(そら)で~機動にわとり・ニワトリフレーム~

平野ハルアキ

第1話 からあげの宇宙(そら)で~機動にわとり・ニワトリフレーム~

「クソッタレがッ!!」


 にわとり連邦宇宙軍所属、とりモモ肉のジャクソン中尉は、全高18メートルの"にわとり型万能機動兵器『ニワトリフレーム』"コックピット内で悪態を吐いた。


 ブリーフィングでは、奇襲作戦と聞いた。


 敵であるエビ帝国宇宙軍・補給部隊の航路を事前に察知。近辺宙域にある岩塊地帯に母艦から出撃させた攻撃部隊を潜ませ、奇襲攻撃を仕掛ける――そのはずだった。


 実際はどうだ。


 こちらが攻撃を開始しようと岩塊の裏から飛び出した直後、エビ達は護衛の宇宙艦から次々と"エビ型強化外骨格『E・B・I』"を発鑑させて来た。


 あまりに早すぎる対応だった。エビ達にこちらの奇襲作戦を察知されたのか、それとも補給部隊そのものがこちらを誘い込むための囮だったのか。


 いずれにせよ、意表を突かれたのはむしろにわとり連邦軍の方だった。戦況は初手から苦しいものとなった。


 黒い敵 機E・B・Iから放たれたオイリッシュ粒子ビームに、一機の茶色い味 方ニワトリフレームの胸部が貫かれる。灼熱のオイリッシュ粒子が機体の堅牢な羽毛を――合成金属発泡体CMFの表面に特殊なポリウレア防護樹脂を塗布した、秒速7kmで飛ぶ1cmのデブリの直撃にも耐える羽毛を瞬時に融解させる。コクピット内部に侵入した粒子がパイロットであるむね肉の軍曹を飲み込み、180℃の高温でカラッときつね色に揚げた。


 漆黒の宇宙に閃く、オイリッシュ粒子の光。わずかに黄色味を帯びた透明な光が奔るたび、味方機の反応が一機、また一機と消えていく。脱出ポッドの反応もあるが、被撃墜数と合わない。恐らくパイロットは"戦闘中からあげ"――『からあげインアクション』だろう。


 敵機の射撃を、ジャクソンは必死に避け続ける。乗機に回避機動を取らせ、E・B・I達の照準とロックオン波から逃れる。


 黒い宇宙に、白いニワトリフレームが複雑な屈曲を描く。最新鋭の慣性制御システムですら抑え切れないGが、ジャクソンの全身を断続的に襲う。並の者であれば意識を失いかねないGを、ほどよく脂肪が乗り、適度なコラーゲン繊維のおかげで柔らかい中にも満足のいく歯ごたえを持つ、ジューシーなモモ肉の身体で耐え抜く。


 敵の一機が突出し、ジャクソン機へと迫って来る。E・B・Iの腹部から伸びる五対計一〇本の腹肢斥力推進器を駆動させ、回避機動を続けるジャクソンへと急速接近。逃げ回るニワトリ・フレームに業を煮やしたらしい。


 だが、迂闊な動きだった。ジャクソンは冷静にスロットルレバーを操作。機体右翼に保持した主兵装"オイリッシュライフル『キャノーラ』"の砲口を向けさせる。


 照準。トリガー。


 砲口から放たれた、なたね油のオイリッシュ粒子ビームが、E・B・Iのコクピットブロックのある"上半身"――頭胸部を貫く。あっさりとした風味の粒子が、パイロットであるブラックタイガーを外はサクサク、中はプリプリな食感のエビフライに揚げた。


 敵の陣形が乱れたわずかな隙を、ジャクソンは見逃さない。回避の機動を突撃へと転じさせ、敵機へと接近。


 素早く照準。容赦なくトリガーを引く。


 ライフルから放たれた粒子ビームが、敵機の頭胸部を寸分の狂いなく捉える。


 そのまま、驚異的な照準速度で敵機を次々と打ち抜いていく。正確な狙いで放たれたオイリッシュ粒子がコクピットを無慈悲に射抜き、搭乗していたバナメイエビを、大正エビを、そして車エビを次々とフライに揚げていく。


 ジャクソンの腕前に脅威を感じ取ったのだろう。複数の敵機がジャクソンのニワトリフレームへ攻撃を集中して来た。回避しつつ反撃。返り討ちにして行く。


 さらに多数の敵機がジャクソン機へと迫って来た。すべて小型の機体だ。通常型E・B・Iの、十分の一程度の大きさしかない。小柄な桜エビ達が搭乗する機体だ。


(……いや。あれは――)


 ジャクソンは小型E・B・I達の動きに違和感を覚える。


 どうにも素人臭いのだ。


 味方機との連携を考えない位置取り。ふらつきの多い姿勢制御の動作。こちらをろくに捕捉せず放たれる、狙いの甘い無駄撃ちのビーム。


 ジャクソンも何度か見た事のある動きだった。あれは数ヶ月程度の訓練だけで実戦に投入された、即席パイロット達の動きだ。


(乗っているのはオキアミか……!)


 込み上がる嫌悪感の任せるままに、ジャクソンは舌打ちをする。


 オキアミはエビ帝国の一員である。しかし彼らはエビではない。そのため、オキアミ達は帝国内でエビ以下の賤民せんみんとして扱われている。


 治安維持の名目で行われる"浮浪者狩り"で連行されたオキアミ達にE・B・Iの操縦技能を即席で叩き込み、桜エビ達の安価な代用品として戦場に出す。そう珍しくない話だ。


 通常、パイロットの育成には時間も金もかかる。負傷時の戦傷手当やからあげKIA時の補償金も必要となる。だがオキアミ達は短時間の訓練しか行われておらず、また権利もろくに与えられていないため各種手当、補償金もほぼ支払われない。仮に支払われたとしても、エビ達とは比べものにならないほどの低額でしかない。


 コストが安いため、"使い捨て"が可能なのだ。


 ジャクソンの倫理観からすれば、到底受け入れられない話である。敵ながら、オキアミ達への非道な扱いに怒りを覚える。


 だが、まさか戦場で躊躇する訳にもいかない。小型E・B・I達の群れ中心部

に、手動で照準を合わせる。


 トリガー。


 砲口からほとばしるオイリッシュ粒子の閃光が、複数機の小型E・B・Iをまとめて揚げ尽くす。ろくな回避機動も取れないまま、オキアミ達はサクッとした中にもホクホクの食感が嬉しいかき揚げへと変わった。


 それでも、小型E・B・I達は止まらない。まっすぐにこちらへ向かって来る。一機一機は大した性能ではないが、集団で襲われてれては厄介だ。小型・低出力のオイリッシュビームでも、一箇所に集中して照射すれば羽毛表層の防護塗膜を溶かし、防御力を低下させる事はできる。各関節部や頭部カメラアイ、鶏冠型レーダーなどの防御の薄い箇所を狙えば機能低下を狙う事もできる。


 ジャクソン機は回避機動を取る。素人パイロットでは追従できない動きでオキアミ達を翻弄する。オイリッシュライフル『キャノーラ』を手動照準。敵機の密集地点を狙ってトリガーを引く。複数機まとめてかき揚げに。


 ジャクソン機コクピット内にロックオンアラートが響く。


 一機の通常型E・B・Iがこちらに狙いを定めていた。頭胸部の下、胸脚に保持されたオイリッシュライフルの砲口が、ジャクソン機を向いているのが見えた。


 直感に弾かれるまま緊急回避。ニワトリフレーム尾部の斥力推進器を右に向け、最大出力で稼働。左翼を振りつつ、機体を左半身側へ。直後、敵機から放たれたオイリッシュ粒子ビームがジャクソン機右翼の『キャノーラ』を吹き飛ばした。


 危ないところだった。あと一瞬遅ければ、コクピットのある胸部への直撃を受けていただろう。


 ジャクソンを撃った通常型E・B・Iは、オキアミ達を囮として注意を引かせつつ、密かに接近していたのだ。冷酷ながら、巧妙な戦術である。


 通常型E・B・Iが迫る。通常であれば、一旦後方へ下がるところだ。だがジャクソンはそうしなかった。オキアミ達がすでにジャクソン機後方へと回り込んでいるのが見えたためだ。挟み撃ちにするのはいいが、狙いが分かりやすすぎる。


 即断。ジャクソンは自機右翼の破壊されたライフルを投げ捨て、翼付け根下部の内蔵式ウェポンラックから近接戦闘用武器を取り出す。


 一見、ただの白い筒にしか見えないそれは"オイリッシュブレード『サラダ』"である。筒口から放出したオイリッシュ粒子でビーム刃を形成し、敵機を切り裂く武器だ。


 発振。高温でも油脂の変質を起こしにくいなたね油と、クセがなくうま味のある大豆油とをバランスよくブレンドしたオイリッシュ粒子のビーム刃が伸びる。


 ブレードを振りかぶり、敵機に突撃。近接戦闘を選択し得る事は予想していただろうが、こちらの判断速度は予想外だったらしい。敵機は意表を突かれたようにライフルを連射。全てかわして急速接近。


 すれ違いざまに右翼を振り抜く。


 オイリッシュ粒子の刃がE・B・Iの装甲を切り裂き、頭胸部コクピットより腹部側に位置するメインエンジンを焼く。


 そのまま離脱。直後、E・B・Iのエンジンが爆発。発生した爆炎が瞬時のコクピットを飲み込み、敵パイロットの車エビをこんがりと磯の香り漂う網焼きへ変えた。


 小型E・B・Iをブレードで蹴散らしながら、ジャクソンの正面下に配置された戦術ディスプレイ上へ視線を走らせる。


 当初は押されていた戦況も、今やすっかり持ち直していた。味方は士気を取り戻し、エビ達と互角以上に渡り合っている。勝利の天秤は徐々にこちらへと傾きつつある。


 もちろん、ジャクソンは油断などしない。いや、それどころか嫌な予感さえ浮かんで来る。


 もし仮にエビ達の補給部隊がこちらを誘う囮なのだとすれば、"隠し玉"の一つくらいは用意するものではないか――


 その時、レーダーが新たな機影を捉える。


 エビ補給部隊の後方。かなり巨大な反応だ。


 光学観測。最大遠望。遥か遠方に、一機の赤いE・B・Iの姿。


 あれは――


「"イセエビ"だと……っ!?」


 規格外の大型E・B・Iの存在に、さしものジャクソンも驚愕の声を上げる。


 イセエビ型E・B・I。通常のE・B・Iの数倍の巨体を誇る機体だ。大型エンジンの大出力に支えられた高い火力と、通常型とは一線を画する高い装甲防御力を与えられた、伊勢エビパイロット向けの高コスト機体である。


 まさかあんな高性能機を投入して来るとは。


「な……なんでこんなところにイセエビが……っ!!」


「落ち着けっ!! 奴に攻撃を集中しろっ!!」


 若い手羽先の伍長を通信越しに鼓舞しつつ、砂肝の少尉がイセエビ型に遠距離狙撃を仕掛ける。だがオイリッシュライフルから放たれた粒子ビームは、遠方のイセエビ型に回避された。巨体ゆえに機動力は決して高くはないが、かと言って鈍重と言うにはほど遠い。


 遠方で回避機動を取るイセエビ型に、星のように小さな光が輝く。


 直後、極太のオイリッシュ粒子ビームが虚空を切り裂く。イセエビ型の口部に装備された、高出力粒子砲だ。装甲防御力という概念ごとまとめて吹き飛ばす威力のオイリッシュビームに、遠距離狙撃をしていた砂肝の少尉始め複数の味方機が飲み込まれる。脱出ポッドの反応は一機もない。全てカラッとジューシーに揚げられた。


 動揺するとり肉達を威圧するように、イセエビ型が迫る。"上半身"――頭胸部各部のカバーがスライドし、内蔵された複数のオイリッシュ粒子砲が一斉に火を噴く。


 まるでハリネズミのように、大型E・B・Iの背から光条が伸びる。一見でたらめな乱射をしているようで、実際には極めて正確な射撃だ。柔軟に動き広範囲をカバーする第一触覚レーダー、大型・高強度(高出力)の第二触覚レーダーを組み合わせた強力なロックオン能力を前にニワトリフレームは次々捕捉され、粒子ビームにサクッと揚げられていく。


 悪夢のような光景だった。冗談抜きで、たった一機のE・B・Iに突き崩されようとしている。


 ジャクソンも乗機くちばしの下、赤い肉髯にくぜん部に内蔵されたオイリッシュガン『サフラワー』で応戦する。しかし連射性を重視し威力を抑えた、あっさり軽い揚げ上がりのべに花油粒子は分厚い甲殻の前にことごとく弾かれる。


 このままでは埒が明かない。


 ならば。


 ジャクソンは後方に控える母艦への通信チャンネルを開く。


ジャクソンコケコッコ・スリーより戦闘指揮所CICへ! "セサミキャノン"の射出を要請する!」


 "オイリッシュキャノン『セサミ』"――通称セサミキャノンとは、全長二〇メートルほどの高出力オイリッシュ粒子砲である。威力は非常に高いが、大型ゆえに取り回しが悪く、エネルギー消費も重い。


 すぐに返答が来た。


「こちら指揮所CIC。要請を受諾。指定ポイントに射出する」


 戦術ディスプレイにキャノンの射出地点と到着時間予定が表示される。前線から少々下がった場所だ。迂闊に前線へと射出したところで、いい的になるだけであ

る。


ジャクソンコケコッコ・スリーより各機へ! 配達品・・・を受け取って来る! しばらく持ちこたえてくれ!」


「了解!」


「早いとこ頼みます! あの野郎をぶっ飛ばして下さい!」


 前線を味方に任せ、ジャクソンは離脱する。一機のE・B・Iがジャクソンの背を追う。だが、二機のニワトリフレームからの牽制射撃がその進路を遮った。


 前線に背を向け、指定ポイントへ急ぐ。後頭部サブカメラで映した戦況をサブモニターに表示。


 イセエビの猛威を前に、自軍はよく踏みとどまってくれている。回避に徹しつつも味方と連携し、イセエビの中で比較的防御の弱い触覚レーダーや腹肢斥力推進器などを狙って集中的な射撃を加えている。


 イセエビ側からすれば嫌らしい戦法だ。敵の攻撃は装甲防御力を頼みに"ねじ伏せ"、圧倒的火力で場を制圧する……と言うイセエビの強みを潰すやり方だった。


 それでも、自軍の損害は確実に広がっていく。今も一機のニワトリフレームが、イセエビのオイリッシュ粒子ビームに貫かれた。


 ジャクソンの中で焦りが膨らむ。戦術的な行動とは言え、指定ポイントへの移動中、ただ味方の損害を眺めるだけ……と言うのはストレスを感じる。ストレスのせいで自身の体からアデノシン三リン酸やクレアチンリン酸、グリコーゲンが減少し、粗悪な赤黒い乾燥DFD肉や弾力のないPSE肉へと変わっていく錯覚に囚われそうだった。


 指定ポイントに到達。コクピット正面の光学モニターに、セサミキャノンを搭載した全長二〇メートル強の武装ケースが、指定ポイントへと向かって来るのが確認できた。


 本来の手順であれば、武装ケースが指定ポイント手前で減速するのを待ち、自機との相対速度を合わせた上で受け取るものだが――今は危急を要する。


 ジャクソンは乗機を武装ケースへ向けて移動。ケースに移動停止の信号を送信、強引に減速させる。ケース内蔵の推進器が唸り、姿勢制御AIがジャクソン機との相対速度を合わせる。


 完全に"静止"――あくまでジャクソン機から見てだが――し切る前に、ジャクソン機は武装ケースの進路を遮って正面から強引に受け止める。ケースに強制開放信号を送る。


 爆砕ボルトが作動。ボルト内部の爆薬が起爆してケースが左右に割れ、中からニワトリフレームの全高を越える大型のオイリッシュキャノン砲が現れる。


 ニワトリフレーム右翼でグリップを掴む。脇に抱えるように保持。


 転進し、尾部斥力推進器を最大稼動。即座に前線へと戻る。


 味方は辛うじて戦線を維持してくれていた。


 今こそ、彼らの奮戦に報いる時である。


 正面モニターに映る一機の通常型E・B・Iに狙いを定める。頭頂部鶏冠型レーダーをセサミキャノンの照準システムと同期させる。


 ロックオン。


 捕捉されたE・B・Iは必死の回避機動を取る。体を折り曲げる動作を繰り返

し、背面へと緊急離脱。


 だがもう遅い。


 トリガー。


 セサミキャノン砲口から茶褐色のオイリッシュビームがほとばしり、宇宙の闇を斬り裂く。


 捕捉したE・B・Iへ直撃。濃厚な香りと深いコクのごま油粒子が堅牢な甲殻を瞬時に破り、パイロットのブラックタイガーをまるでお店のような贅沢な味わいのえび天に仕上げつつ、内部装甲を突き破って外部に飛び出る。


 そのまま、背後にいたもう一機にも直撃。甲殻を易々と突き破り、中のクルマエビを香ばしい風味のサクサクエビフライに変える。さらに余力で甲殻を内側から突き破ったオイリッシュ粒子は二機目のE・B・I背面からまるで散弾のように飛び散り、付近のE・B・I達に襲いかかる。


 直撃を受けてパイロットのシバエビを素揚げにされた機体、腹肢推進器を破壊され機動力が大幅に低下した機体、カメラアイに被弾し光学的視界を奪われた機体――ジャクソン機の放った一射の粒子ビームは、エビ方に多数の損害を与えていた。


 ライフルとは比較にならない、凄まじい威力だ。ジャクソンはそのままセサミキャノンで敵機を撃ち抜き、追い散らしていく。高火力のキャノンは、かすっただけでも十分な損傷となる。エビ達は大げさな回避運動を取らざるを得ない。必然、攻勢に陰りが差す。


 その隙を突いて、ジャクソンはイセエビへの接近を試みる。機動力そのものはこちらに分があるとは言え、イセエビも決して劣っている訳ではない。いかに巨体とは言え、下手に撃ったところで回避される。確実な命中が見込める距離まで近づく必要がある。


 遠方から、イセエビがこちらへと砲撃を集中させて来る。ジャクソン機を最大の脅威と認識したのだろう。いかに大型E・B・Iの堅牢な装甲であろうと、セサミキャノンの直撃には耐えられない。


ジャクソンコケコッコ・スリーこれを使えっ!!」


 一機の味方が、左翼に抱えていた箱状の物体から、白く薄っぺらい紙のようなものを十枚ほど取り出し、ジャクソン機に手渡す。


 クッキングペーパーKPシールドだ。立体不織布ふしょくふ構造の紙がオイリッシュ粒子をしっかりと吸い取る事により、粒子ビームの攻撃を防ぐ事ができる。ただし、粒子を吸い取ったシールドの再使用は不可能である。


 つまり使い捨て式の、対オイリッシュビーム用の盾である。


「感謝する!」


 ジャクソンはKPシールドを受け取り、イセエビへと向かう。


 イセエビからのビームを一枚のKPシールドで防ぐ。厚手で破れにくいペーパーが、オイリッシュ粒子をみるみる吸い取って無力化してしまう。


 使用済みペーパーを手放し、ジャクソンは濃密な弾幕を掻い潜るようにしてイセエビへ近づいて行く。敵機の攻撃も、ジャクソン機の撃墜よりKPシールドを使い切らせるための射撃に切り替えている。粒子ビームの出力を抑える代わりに連射性能を高め、命中確率を上げている。素早い判断だ。敵ながらいい腕前である。


 出力を下げたとは言え、十分にこちらを撃墜できる威力はある。ジャクソンも回避を基本にしつつ、敵の『わざと回避させて動きを操り、本命を当てる』ための射撃は無理せず防御する。こうした攻撃は、回避した方が最終的な損害が大きくなる可能性がある。


 また一枚、ジャクソン機はKPシールドを消費する。一枚、また一枚と手元から失われるクッキングペーパー。確実に積み重なる損害。判断ミスが撃墜に直結する、さながら精神をヤスリで削られるような心地。


 ギリギリの駆け引きを耐え抜いた末――ジャクソンのニワトリフレームは、敵機への必中を十分見込める距離へと到達した。


 即座にロックオン。照準線レティクルをイセエビの真っ赤な頭胸部へ。確実な照準ヴァリドエイム。キャノンの火室にはすでにオイリッシュ粒子を充填済み。


 トリガーを引く――瞬間、イセエビの口部がこちらを向く。


 ジャクソンは咄嗟に回避機動を取らせる。


 セサミキャノン砲口から粒子ビームが飛ぶのと、イセエビ口部から粒子ビームが飛ぶのはほぼ同時だった。


 閃光がぶつかり合う。


 互いのオイリッシュ粒子同士が干渉し合う。激しいスパークと共に互いのビームの軌道が逸れる。


 ジャクソン機の放ったビームはイセエビの頭胸部右側面を削りながら飛ぶ。敵機の表面装甲をぐずぐずに溶かし、数門のビーム砲を潰すが、撃墜にはほど遠い。


 一方、イセエビの放ったビームはジャクソン機右翼をキャノンごと飲み込んでいた。


 コクピットを襲う凄まじい衝撃。ジャクソンの、やや赤みがかったキメ細かい肉質の体が激しく揺さぶられる。


ジャクソンコケコッコ・スリーッ!!」


「い……生きているっ!!」


 自機の損害制御を行いつつ、ジャクソンは叫ぶ。


 敵機は口部オイシッリュ粒子ビームの出力を抑えて撃ったらしい。敵にとっても咄嗟の判断だったのだろう。おかげで助かった。いかにセサミキャノンと言えど、イセエビが本気で放った口部ビームとぶつかり合えば、完全に押し負けてかき消されていた事だろう。そのまま高出力ビームの直撃を受け、ジャクソンは王道のとりモモ肉のからあげにカラリと揚げられていた事だろう。


 それでも、損害はこちらの方が上だった。主兵装と右翼だけではない。右の脚、尾部の推進器にもダメージを負っている。破損箇所からは無防備な内部機構が覗いている。


 つまり攻撃力、機動力、防御力の全てが大きく削ぎ落とされたのだ。


「退けっ!! そんな状態じゃ無理だっ!!」


 味方機からの通信。乗機にここまでの損傷を負った以上、退くのは当然の判断である。


 だが――ジャクソンはモニターに映るイセエビをにらむ。


 ――まだやれる。


 ――俺はまだ負けていないぞ。


 ジャクソンの中で、闘志が炎と燃え上がる。体がメイラード反応によって香りとうま味を生み出しつつも茶色く色づきそうな熱量。香ばしい風味を漂わせ、肉汁がじゅわっとあふれ返るほどの熱気。


ジャクソンコケコッコ・スリーッ!?」


「おい、無茶だっ!!」


 仲間の制止を振り切り、ジャクソンは戦意に任せるままに自機をイセエビへ向けて突進させた。


 左翼で保持していたKPシールドを体に巻きつける。空いた左翼でオイリッシュブレード『サラダ』を抜く。


 イセエビからのビーム砲撃。だが、先ほどの一撃でビーム砲をいくつか潰している。攻撃密度の薄いイセエビ右側面――ジャクソンから見て左側へ回り込み接近。自機への直撃弾を、残されたKPシールドで防ぐ。防御し損ねた一条のビームが、ジャクソン機頭部の鶏冠型レーダーを吹き飛ばした。


 構わず強引に突っ込む。目標は――イセエビの被弾痕である。


 残された尾部推進器を全力で稼動。強烈な過負荷に推進器はオーバーロードを起こしかける。迎撃のビームに正面から突っ込む。最後のKPシールドを使い切った。


 推進器が爆発。大きく崩れる機体の姿勢を驚異的な技能で制御。満身創痍の機体を衝突させる勢いでイセエビの被弾痕へと突っ込ませる。


 左翼オイリッシュブレードの切っ先を突き立てる。


 甲殻を溶かされ防御性能の大幅に落ちた箇所を、容赦なくオイリッシュ粒子の刃が焼く。


 切っ先はそのままコクピットへと貫入。パイロットの伊勢エビを180℃の高温が襲う。断末魔を上げるいとまも、苦痛を感じる暇もなく、パイロットは肉厚ながらもプリプリな食感と独特の甘みを存分に楽しめる、夢のように贅沢なエビフライへと揚がった。


 甲殻のあちこち火を噴き、そのまま沈黙するイセエビ。切り札の大型E・B・Iを墜とされたエビ帝国方に、動揺が広がっていく。


 やがて一機、また一機とにわとり連邦軍機へと背を向け、戦線から離脱を開始する。


 撤退命令が出されたのだろう。通常であれば追撃に移るところだが、こちらも満身創痍だ。そんな余力など残されてはいなかった。


 戦術的にはこちらの勝利だ。何より、高コストのイセエビ型を堕とせたのは大きい。決して軽くはない痛手を帝国側へと与える事ができた。


 だが、素直には喜べない。こちらの損害も大きい。無傷の機体はほとんど残っておらず、何より多数の仲間達がからあげKIAとなった。


 ジャクソンは瞑目する。精神の昂ぶりが潮のように引いて行き、間隙を埋めるようにセンチメンタルな気分が湧いて来る。


 とり肉とエビ、敵味方に分かれて争う両陣営も、揚げられてしまえば逝くところは同じだ。


 ご家庭の食卓である。


 戦闘指揮所CICから、母艦への帰投命令が出される。ジャクソンは目を開いて鋭く息を吸い、沈鬱な気分をひとまずは追い出す。


 味方のニワトリフレームの翼を借り、ジャクソン機は母艦へと帰投して行った。


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