軽音楽の魔女

ヲトブソラ

軽音楽の魔女

軽音楽の魔女


 部室の安いプレーヤーで古いロックンロールを薄く鳴らして本を読んでいた。すると不可解なまでに重たいドアが開き、ずかずかと入ってくる女性。


「あれ?君、一人かい?他は?」

「えっと……皆は飲み会で、自分は罰ゲームの留守番です」


 端正な顔立ちをした彼女が、ロバート・プラントのような滑らかな手や指の動きで「彼らが愛したのは音楽なのか酒なのか」と頭を抱え呆れる。OBですか、と質問を投げると「ん?私か。秘密」と戯けられた。少し、イラっとしたぼくの手に収まる文庫本を差し「何の本だい?」と聞かれたから「クラシック……っすね」と気まずく答えたのだ。


「クラシックロック?」


 普通はそう返すよな、と思いながら「あー、いえ……」と苦笑いをすると、真面目な声で「たまにクラシックを馬鹿にする自称ロックンローラーもいるだろう?」と細身の長身を長テーブルに腰掛けると、安いプレーヤーの音量を躊躇いなく大音量にした。


「ちょっ!うっさいっす!!苦情来ますって!!」

「ああんっ!!?今や音楽は大衆の手にもあるだろうが!!好きな音量で鳴らせよっ!!真面目くんがああっ!!!」


 駄目だ、この人は会話で通じる相手じゃないと判断し、長テーブルをひとっ飛びに彼女が制圧していたツマミに手を重ね、彼女の手ごと無理矢理に左へ捻ったのだ。音は静かになったが、代わりに騒ぎ、蹴り散らかされたパイプ椅子が騒音を立てる。


「まじで!なんなんすかっ!?」

「ハッ!どうだ!?少しはスッキリしたか!?真面目くんよっ!!」




「あー……まあ、はい」


 長い髪をかき上げて「べートーヴェンは立派なロックンローラーだろう?」と言う。人々が絶対主義から自由を手に入れたのはフランス革命によってだが、それは音楽も同様だった。その時初めて“最先端の音楽”を聴いた人もいただろう。


「音楽が初めて自由を知った瞬間だ」


 ベートーヴェンらは音楽を解放した英雄だ。その後、音楽は大西洋を渡り多様な文化と出会ってジャズやポピュラー音楽となり今日まで羽ばたく。


「よし、気に入った。奢ってやるから飲みに行くぞ」

「えっと……まだ罰ゲームがー…」

「罰ゲームなんて理不尽な束縛を守るのが、君の自由なのか!?」


 結局、半ば強引に腕を引きずられて居酒屋に行き、好きなだけ飲めと言われたから酒に飲まれてしまった。ぼくがあのクソみたいな“飲み会サークルもどきの軽音サークル”に入った理由も、初めて人に話してしまう。


「あそこに好きだった子がいたんすよ」

「好物だ。聞かせろ」


全く、今更、こんな話……。


「おーい。起きろ!邪魔だよ!」


 よりによって、目覚めの声があの子ではなく、あの子と付き合い、たった三ヶ月で捨てたという憎き先輩の声で起こされるとは地獄だ。ついでに頭が痛い、喉が酷く渇く、二日酔いという地獄。


「お前さー、酒飲んで部室で寝るとかマジうけんだけど」


 ししっと笑ったと思うと先輩が顔を覗き込んできて、まじまじと観察された。そして「もしかして……髪が長くて、音楽の話ばかりする女と飲んだのか?」と言われ、彼女を思い出したのだ。


「……あの人OBですかあ?やたら音楽史やアーティストに詳しい……」

「魔女だよ」


「は?」


 卒業生なのか、在学生なのか、大学関係者なのかすら、誰も知らない。ただ、森からふらっと出てきて、普段は会う事を嫌う人間と音楽の話をする。


「魔女に会ったんだ。お前はここを出て行くんだろ」




『……音楽が初めて自由を知った瞬間だ……』

「そうっすね。ぼくは音楽がしたい」


 その帰り道。ぼくは初めて自分のギターを買った。ギターを背負っては大学に行き、弾けるところで弾いて唄い、誰も行った事のない旧館にも入ってみた。ずっと彼女を探し続けたけれど、見つける事は出来ていない。


彼女は魔女と呼ばれている。

ぼくのふわふわ漂っていた魂を解放し導いた、英雄。


おわり。

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軽音楽の魔女 ヲトブソラ @sola_wotv

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