第44話 なんかさぁ、みんな変じゃない?

――港町アヤム



 俺たちは王都への玄関口とも言える港町アヤムへ着いた。

 わずか一日ちょっとの船旅だったけどクラーケンでの出来事もあり、忙しい船長の代行として親方と彼の部下である水夫たちが見送りに来てくれた。

 彼らと港で別れの挨拶を行う。



「わざわざ見送りありがとうございます」

「いやいや、船を救ってもらったってのに大した礼もできてねぇんだ。むしろ、これくれぇしかできなくてなんて言ったら……」


 親方は申し訳なさそうに頭を掻く。

 それは巨漢の男には不似合いな姿だったけど、妙に愛らしく見えないこともない。

 案外、親方の美人の奥さんという人は彼の筋肉や収入じゃなくて、こういった可愛げがあるところを気に入っているのかも。


 その可愛げのある巨漢の後ろでは例の水夫二人が何やらそわそわしていた。

「こ、こ、ここが俺たちが大人になる場所っ」

「だ、大丈夫かな? 緊張で勃たなかったら……」


 そんな二人を目にした親方が、さらに申し訳なさを重ね頭を下げてくる。

「この、アホどもが。すまねぇな。見送りもまともにできねぇで」

「い、いえいえ、全然大丈夫です。それじゃ、そちらの二人も、また機会があれば」


「おう、気をつけてな。先に俺たちは大人になっちまうけど嫉妬すんなよ」

「フフフ、いくら美女に囲まれていても何もなければ意味がねぇ。僕たちはモテ男の先を歩み、今日! 勝ち組になる!!」


 二人は勝ち誇った表情で俺を見ている。

 まぁ、同じ男としてそういった機会が訪れる嬉しさというものはわからないでもない。

 少々、鬱陶しいけど……。


 俺は親方に再度挨拶を交わして彼らと別れようとしたのだが、不意にアスカが水夫二人へ妙な質問をした。



「おぬしらの年齢は?」

「んあ?」

「僕もこいつも二十歳だけど。それがどうした?」


「ほ~、フォルス。年は?」

「え、十八だけど」


 年齢を答えると、アスカはシャーレたち包むように両手を大きく広げて、水夫二人へこう伝える。

「このとおり、フォルスの周りには美女美少女がおる。しかも旅に出て二か月程度でこれじゃ。これから先も出会いがあるじゃろうな。おぬしらと同じ二十歳になるまでの二年間に、はたしてフォルスは童貞のままでおるじゃろうかのう?」


「なっ!?」

「そ、それは!?」


 水夫たちはかっと目を見開き、俺に詰め寄ってくる。

「お前、二年間なんもすんなよ!! みさおは大事にするもんだろ!」

「いいか、友達同士の約束だからな!」


「いつあんたたちと友達になったんだよ! もう、アスカも余計なこと言うなよ!」

「そんなこと言ったってのぅ。実にからかいがいの……っと、友人のフォルスが悪し様に言われて黙っておれんかったのじゃ」

「本音が駄々洩れしてる! はぁ~、疲れる……それじゃ、親方。失礼します」


「おう、いろいろすまねぇな」


 親方は水夫二人の頭を押さえつけて無理やり頭を下げさせ、俺たちは苦笑いとともに港を後にした。



 港を離れ、町へ。

 町の雰囲気は先に訪れた港町ネーデルとあまり変わり映えがない。

 日はまだ中天まで届いていない。

 

 見るものもなさそうなので俺たちはすぐに町を離れて、王都ローシカを目指すことにした。

 町から西へ伸びる街道をひと月ほどまっすぐ進み、丘を越えた先に王都があるそうだ。



 その道中はいつものように修行の毎日。

 アスカに武術を学び、シャーレに魔法を習い、ラプユスに防御魔法と癒しの術を習い、レムから剣術を習う。

 いくらアスカの加護のおかげで肉体が強化されているといえ、詰め込み過ぎで毎日のように死の向こう側が見えかける。

 それでも何とかもう一つの加護である経験値十倍の効果で、みんなの教えを着実に吸収していける。


 おかげで、旅立った当初と比べ、とても強くなった。

 しかし、強くなればなるほどシャーレたちの強さを肌に感じるようになってくる。

 彼女たちの背中は、まだまだ遠い……。


 俺はそう感じていたが、アスカの評価では思いのほか早い成長速度だそうだ。

 そのため、ある晩、アスカを中心に彼女たちはとんでもないことを話し合っていた。

 俺はいつものように寝たふりをして聞き耳を立てる



「武術・剣術・魔法・癒しの術と、苦手なものもなく何でも覚えていくのぅ」

「ふふ、私が選んだフォルスだもの。当然でしょ」

「フォルスさんは万能の才をお持ちなんですね。それでも本来であれば、人の短い人生の間でどれか一つを極めるのがやっとでしょうが……経験値十倍の加護のおかげで全てを極めることができるかもしれません」

「それは、おもしろい、ですね。歴史上、最強の、勇者が誕生する、可能性が……」


「ククク、そいつはいいの~。この調子でがんがん詰めていこう」

「でも、それだとフォルスが大変じゃ」


「シャーレさん、フォルスさんは勇者を目指しています。ならば、とことん支えてあげるべきですよ! それが愛です!!」

「そ、そうかな?」


「過去に、るいを見ない、最強の勇者。私もそのような存在を、目指していました。そして、そのような者が、誕生すれば、人間も魔族も、勇者の前に争いを収めるやも」

「そんな夢みたいなことが? でも、そのためにフォルスに負担が」


「シャーレよ、聞くがよい。フォルスは人にも魔族にも優しい人間じゃ。そのような者が最強となれば、しばしの間、諍いが収まるやしれん。そうなれば、魔族と人間の関係は変わり……おぬしとフォルスの仲を認めやすい世の中になるかもしれんぞ」

「――っ!? わかった、フォルスのために、愛のために、今は心を刃に変えて彼を支える!!」



 と……できれば、これ以上厳しくならないようにシャーレに頑張って欲しかった。

 ラプユスは愛の名の下に可能性があれば追求すべきだというし、レムは自分が目指していた勇者像を俺に重ねて、それを目指し始めてるっぽいし。

 アスカに関しては――シャーレをうまくコントロールし過ぎだろ!!



 こうして、修行という名の狂気の日々が続く。

 死の直前でラプユスに蘇生されるを繰り返す毎日。

 当初はシャーレも心配してくれていたが、繰り返すたびにこのくらいなら大丈夫かな感がでてきてるし。

 まぁ、たしかに強くなっているので文句は言えないんですけどね……。



 これに加え、座学もやらされる。

 学問担当は主にラプユスだったのが、新しく仲間になった吸血鬼のララは意外にも学問に明るいらしい。

 シャーレの話によると、デュセイア家は魔導技術関連に関して有数の名家だそうだ。

 そのため、基本となる学問を全て修めている。

 そういうわけで、彼女を講師として基本となる国語や社会や数学などを学ぶことに。


 あまりの意外さにアスカが『アホの子じゃなかったのか』と驚いて、ララが切れる。

 アスカは空へ逃げて、それをララが追いかける。

 吸血鬼は飛翔能力を持ってるらしい。アスカの方は見た目は少女だけど中身は龍なので造作もないそうだ。

 たけどその飛翔能力に差があるようでアスカの方が速かった。

 ただし、二人とも長時間の飛行は無理だそうだ。アスカに関しては回復次第で可能。



 基礎となる勉強以外の学問は、引き続きラプユスが……。

 それは法律や、より実践的な社会制度に礼儀作法の基礎について。

 


 勉強はこれだけで終わりじゃない。

 レムからは勇者としての心得――これに関しては勇者に憧れている俺としては大変興味深いもの。


 シャーレからはなんでか帝王学とやらを。

 通常、これは地位のある人たちが学ぶものだそうだ。

 中身を大雑把に説明すると、己の家系に責任を持ち、人の上に立つための学問。

 俺の家系はさほどのものじゃないんだけど……。

 アスカはリーダーシップを養う学問じゃなと言ってた。帝王学という大仰な言い方よりこっちの方がわかりやすい。

 


 そのアスカからは今までもおこなってきた、人をどう見るのか? 心をどう捉えるのか? という教えを学ぶ。


 一つの事象に対して瞬時に無数の答えを導き出せ。だが、その答えで満足せずに、答えから問題を生み出し、答えを出し、さらに問題を生み解けという、よくわからないことを教えてくる。

 一言でいえば、人の見る目を養えってことだと思う。多分……。

 これに加え、何故か商売の心得や娯楽に関するマニアックな知識を吹き込んでくる。


 彼女は俺を何者にしたいのだろうか?

 いや、アスカだけではない。

 皆が皆、俺という存在の限界を引き出そうとしているようだ。

 とてもありがたいことけど、学問に関しては経験値十倍なんてものがないから俺の実力そのもの。

 それでもみんなは無理やり頭に詰み込めてくる。

 

 だけど、以前も話したと思うが、思ったより俺の記憶力は良い方だったので、なんとかぎりぎり追いついている……そうであっても、もう勉強はしたくない。

 


 これらを毎日見ていたララが港町で大量購入していた飴玉をしゃぶりながら、休憩時間に声を掛けてきた。

「からころ、ちゅぱ……あんた、大丈夫? 王都に着く前に死ぬか発狂するんじゃない?」

「はは、俺もそう感じてる。でも、せっかくみんなが期待を込めていろんなことを教えてくれるんだから頑張らないと。それに早く強くなって、みんなに追いつきたいから」

「ふ~ん、無理し過ぎだと思うけどねぇ。あんただけじゃなくて、みんなも……」

「へ?」

「何でもない。ま、少しでも疲れが取れるようにあとで甘いお菓子を作ってあげるね」



 学問に引き続きまたもや意外だが、ララはお菓子作りが得意だったりする。料理の腕もなかなか。

 そのため、道中の料理担当はアスカとララが中心。たまにレムと俺。


 アスカは相変わらずの鍋料理中心。ララはお菓子作りが得意なので少ない材料を工夫してみんなへお菓子を作ってくれる。

 レムと俺は単純に肉を焼いたり魚を焼いたりしたもの。

 レムはこれらを傭兵料理と称していた。戦いで失った血や肉を補い、塩分や糖分などの調味料を多めに使用して味を濃くしたもの。


 シャーレとラプユスは料理が苦手。

 二人は旅の間にララからお菓子の作り方を学んでいる。

 今のところ成果はいまいちのようだ。

 俺はララからの気遣いに礼を述べる。


「ありがとう、頼んだよ。疲れた体には甘味が沁みるからね」

「なんか、ジジくさい」

「え、そう?」

「うん」


 ララの返事にがくりと頭を落とす。たしかに十八の青年が言うようなセリフではない。

 それだけ体も心も疲れているんだろうか?

 だけど、これでも以前よりかは余裕がある。

 このままみんなに鍛えられていけば、いずれはもっと慣れて、疲れても年寄りくさいセリフを吐かなくてよくなるかも。


「お~い、フォルスよ。休憩時間が終わったぞ。レムが待っとるぞ」

「やば、アスカが呼んでる。行かないと。それじゃ、ララ。またあとで。お菓子楽しみにしてるね」

「うん、任せて」


 俺はララに軽く手を上げて、アスカたちのもとへ向かった。



――ララ


 疲れを残しながらも、みんなの期待に応えようと駆けていくフォルスの背中を見つめるララ。

「な~んか、おかしいよねぇ。焦ってる感じがする。フォルスだけじゃなくてみんなも……なんで、こんな無茶な教育を? なんだかみんな、何かにき立てられてる感じ。フォルスを早く成長させよう、フォルスの方は早く成長しなきゃって……」


 ララはしばし熟考して、口の中で小さくなった飴玉をかみ砕き、フォルスが腰に提げている時滅剣クロールンナストハをブラッドムーンの瞳で見つめる。

「う~ん、がりがりがり……可能性を喰らう剣、か。だけど、それはアスカがそう言っているだけで、彼女も具体的なことは知らない。ぷらす、みんな、フォルスのことになると変な感じ。フォルスも変な感じ。あの剣の影響? これは暇を見て、調べてあげた方がいいかな?」

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